48. この上司はフィクションです
その後、先輩は呆けて何も聞いていませんでした。
口をあんぐりと開けて、「目の前の男が何を言っているのか分からない」という感じで、虚ろな目でじっと見ていました。
だから。私が。堀山梨花が、代わりに、何があったのかをご説明します。
――プロデューサーは言いました。「このゲームの開発にこれ以上の予算を掛ける事が出来なくなった」と。
理由は簡単です。開発期間が長引きすぎました。無茶な仕様を固めるために時間を要して、テストプレイにこぎつけてもバグの修正が完了する目処が立ちません。既に設計の段階で大凡の予算を使い果たしていたというのです。
それが本当なのか、私達には分かりません。私達には冗談かどうか判断も出来ないまま、プロデューサーは言葉を続けました。
「人を減らしてみたが、そのせいでどんどん人が居なくなった。もうどこの会社下請けをやってくれないし、自社のプロパーを呼び出すのも出来ない。上からも開発中止の命令が出た。もうどうにもならん」
先日来、人が居ないなとは思っていました。先輩も私も、正直正常な精神状態では無かったので、あまり気にしていませんでしたが。その割に、プロデューサーとディレクターがあたふたと会議室を行き来していると思いましたが、なるほど、裏でそういう話をしていたようです。その下のプロジェクトリーダーが青ざめた顔で居たのもそういう事のようです。
「で、各PCなども売っぱらって赤字の補填に充てる事にした。サーバもだ。別プロジェクトの連中に安く売って少しでも回収する。既に売り手は決まっているから、サーバの電源はこの後落としてデータも抹消しておいてやる。そこまでは手を煩わせないでおいてやるよ。だからお前らは本社に戻って別の仕事を待て。我々はこの後別のところで会議があるから」
そう言って、プロデューサーは立ち上がり、その会議室から出ていきました。後を追うようにディレクターも立ち上がり出ていきます。
「美味しい汁吸えなくなりましたね」
「全くだ。まぁサーバの分で今夜は飲めるだろ」
そんな会話をしているのが耳に入りました。が。
「…………サーバ?落とす?データを消すと?」
先輩はそれどころではありません。
「……ゲームは?ムリナは?クレアは?ニーチェは?全員、消えるのか?」
手に持っていた書類を落として、へなへなと力無くカーペットの床に座り込んで、天井を見上げて。
……薄々気づいてはいたのです。私も、先輩も。
今朝人が居なかった事。
私達以外が彼女らの声を聞きもしない事。
残業してるのが私達だけだった事。
既にこの職場は破綻していたのです。
それは最悪の状況。ですから私達は、そんな不安を振り払うように提案書を作成したわけですが、結局は無駄になったわけです。
「…………なんだったんだ、俺達の努力」
完全に放心状態の先輩を見て、私は何も言えず、ただ彼の姿を見ている事しか出来ませんでした。
だから、この後、何が起きるのか、理解したのは全てが終わった後でした。




