45. デウス・エクス・マキナの前触れ
「よ、ようやく……ようやく見つけた……」
女は目の前のキーボードを打つのを止めて、ふぅと深い息を吐いた。
「ここだ……これのせいだ……」
そして再びキーボードを打ち出し、テストを走らせ、そして修正が完了した事を確認した。その速度は通常の人間のそれではなく、まるで腕が四本くらいあるかのような、凄まじい速度である。
当然である。彼女は人間では無い。それは文字通りの意味である。形状こそ人間ではあるが、そもそも種族的に人間ではないのだ。
「もう本当、これのせいで、恐ろしく酷い目にあった……。もう少しで魂の管理者クビになるところだった。……とりあえず直さないと」
彼女はテストまで完了させたそのプログラムを本番環境へと適用せんと、古いキーボード――新生命惑星製造完了記念に作り出した、四十六億年物の愛用品――の[ENTER]キーを押そうとして、
「待て待て待て待て待て待ちなさい」
別の女性が割り込んできた。
「なんですか先輩。止めないで下さい。元を正せばこれもまた貴方のせいじゃないで――」
「そんな事は分かってるわよ。でも実行するならちゃんと準備が必要よ」
「テストはしましたよ」
「間違って転生した魂の処理がまだでしょ」
「……んあー」
最初の女性は頭を抱えた。
「……どうするのが一番いいでしょうか」
先輩と呼んだ女性に対し、彼女は尋ねた。
「私としては穏便に済ませたい、とは、思っているのですが」
「まぁ、……一旦殺すしかないんじゃない」
「嫌ですよ!!」
女性はわなわなと手を震わせて言った。
「この私に手を汚せと仰っしゃりますか?!」
「落ち着きなさい。少し待ってればいいじゃない。転生先はゲームのAIなんでしょ?AIの死といえばリセットなり電源OFFなり何なりそういうので定義出来るだろうから、早い内に一度魂が解放されるでしょう。そうなるのを待てばいいのよ」
「まあ……そうですね」
「で、全員分の魂が揃ったところで処理する、と。それで万事オッケー。でしょ?」
「はぁ、まぁ」
「んじゃあとよろしく」
先輩と呼ばれた女性は足早にその場を立ち去ろうとして、
「待って下さい」
足首をガッと捕まれ転んだ。
「ふぎゅ」
「それだけで済むとお思いですか」
最初の女性が若干の怒りを込めながら言った。
「……いや、うん、……まぁ悪かったわよ。私が渡したプロトタイプのバグなわけだし」
「何件目だと思ってるんですか!!」
最初の女性が指折り数えだし、やがて数えるのを止めた。
「多すぎるんですよストレア先輩のプロトタイプは!!」
「仕方ないじゃないの。バグ有りでもいいからって言ったのはクレアでしょ」
「んぐぐぐぐ……」
クレアと呼ばれた女性は歯ぎしりする。ストレアと呼んだ女性の言う事は事実である。魔法世界の需要が多いと踏んだクレアが、ストレアに魔法有りの世界も作れるワールド・プロトタイプを借りて実装したのがこの世界を含む平行世界群であった。しかし問題は、そのプロトタイプの質か余りよろしく無い点である。ストレア自身もバグ取りの真っ最中のものを渡したし、更にそこに色々と手を加えたせいでバグが増えてしまっている。
「……はぁ、まあ、そうなんですけれど」
クレアは肩を落とした。
「まぁそう気を落とさないの」
そう言うとストレアは指を弾いた。
「今日は気分がいいから、転生者への特典、私の権限で用意してあげる」
同時にクレアの手元にカタログのようなものが出てきた。
「助かります」
カタログを見ながらクレアが言う。中には次のようなものが書かれている。
・時価百万の現金
・好きなキャラクターを具現化する権利(要相談)
・まあまあいい家に転生する権利
・そこそこ良いスキルを持って転生する権利
・それ以外の出来る限りの願いを叶える権利(上に上げたもの以下のものに限る)
「……しょぼくないですか」
「世界のバランスを取るならこんくらいで留めないと」
「ま、そうですね」
そう言って彼女は、渡された二冊の本を懐へとしまった。
「んじゃ後はよろしく。私もプロトタイプの修正大変なんだから」
手を振るとストレアは消えた。
クレアは何とも言い難い気分に追いやられたが、しかし結局は彼女に頼りすぎた自分の責任である。
「はぁ」
深い溜息を吐いてから、彼女は魂の監視へと戻った。




