35. 倉庫内の儀式
「もう少しだな」
フラッド・シャフィーレが妻であるアクティ・シャフィーレに話しかけた。
「はい、貴方」
彼女は恍惚の表情で、階下で行われている儀式の様子を眺めている。
順調に例の杖、『エグゼンプションロッド』は完成しようとしている。幾度目の光景だろうか分からないが、ともかくここまでは安定して成功するようになってきた。
彼は以前からずっと不満を抱いていた。完全世襲制の王家、魔界との対立、貧困層と富裕層との格差、この国には様々な問題が渦巻いている。にも関わらず王家は何も手を打とうとしない。この状況においても未だ王家、特に王子は恋愛に現を抜かす。これについては私も不満がある。彼には、フラッドの娘という確かな婚約者が居るというのに!!
無論、まだ噂というレベルではある。が、噂が流れるという時点でろくでもないというのは間違いない。何せ私にもその話が回ってくるくらいなのだから。
彼はどうやら娘に対しても苛立っている。カエに任せすぎたのかもしれないだの、不甲斐ないだの、結婚がちゃんと実行されれば、より平和的な方法によって良い国にするという事も或いは出来たかもしれないだの。
それに関して、私は一言二言文句を言いたかったが、この場においては一度飲み込む事とした。仕方あるまい。どうやら彼には、自分の娘の素晴らしさが分かっていないようであるが、元よりかなり凝り固まった性格をしているので、それをアレコレ言ったところで聞く事はあるまい。
シグニに関してもそうだ。何故彼女と別れる必要があるのか。私には全く理解が出来なかった。何度繰り返しても、それだけは理解が出来ない。あれだけ素敵でエキセントリックな性格をしている彼女を――最近は少し落ち着いたが――見捨てる必要が何処にあるというのか!!私は思わず手摺にガンと手をぶつけてやりたい衝動に駆られたが、周りの人間達の目を考えてそれは控える事にした。
ともかく、当面はやはりこの『エグゼンプションロッド』に頼る他無い。これがあれば、『世界の法則』にアクセスし、本来実行出来ないような行為――それこそ世界を一度滅ぼす程のリセット魔法――を発動出来るし、何なら、彼女を変える事だって出来た。
しかしそれでも、この世界は正しく動かない。
その理由を探るためにも、この杖は必要なのだ。
「完成致しました」
フラッドの部下がそう言ってきた。全ての準備が整ったという事だ。
「うむ。……目が虚ろだが、大丈夫か?」
「は、い。問題、ございません。世界の真理が、今、見えているのです。ああ、世界は、こんな、こんな形をしていたのですね。これは素晴らしい、縺昴@縺ヲ縲√↑繧薙※諱舌m縺励>」
フラッドの部下は一瞬意識を失うと、世界の真理に繋がる言語を口にした。
「今、なんと?」
フラッドが問うと、部下は目に生気を取り戻した。
「……いえ、うむ、はい、何でも、ございません」
このやり取りも幾度か見た。毎回そうだが、やはり気味が悪い。明らかに禍々しいオーラを纏っている。杖も、それを持った彼も。出来ればこの杖は使いたくない。
「すぐ、に、お使い、に、なられます、か?」
辿々しい口調で問いかけてくる。
「……い、いや、まだいい。持っていてくれ」
フラッドはそう言って、部下に杖を預けた。それでいい。毎回そうだが、彼はあの杖を持つことを恐れている。本能があの杖を避けたのだ。まだ、それでいい。肝心な時に使えばいいのだ。
「貴方?」
「大丈夫、大丈夫だ。すぐに、覚悟を決めます」
彼は妻よりも私に向けてそう言った。
すぅ、と息を吸って、大きく吐き出す。
「よし」
と言って杖を取ろうとしたが、上の方で何か音がして、彼は手を止めた。
「……なんだ?」
こんな事”過去”には無かった。私は入り口の方を見ると、
ドォン!!
突然入り口が爆発した。
「……は?」
私は思わず唖然としてしまった。何が起きたというのか。
だが直後に聞こえてきた声に、私は更に唖然となった。
「その杖を取るのはお待ちになってくださいまし!!」
――その声は忘れもしない、私の愛しき人の声であった。




