第6話 謎の怪物
突然空に現れた魔術師、マナギスタ・エルメス・ヴァイスルナ。
彼女は怪物に殺意の目を向けたまま、俺とテラスさんの所まで降りてきた。
「マナさん…どうしてここに…?」
俺はマナさんに問いかける
「前に言っていた用事が済んだからここに来たのよ。そしたらなによこの状況…。いったい何があったの?」
「俺にも何がなんだか…。突然そこにいる怪物が現れて、テラスさんを…」
マナさんは怪物に警戒しつつ、テラスさんの胸にそっと手を添えて魔術を発動した。
彼女の手が緑色に発光している。この色は治癒魔術だ。これでテラスさんは助かーー
「……ちっ、なんでよ…」
マナさんが舌打ちをした。
テラスさんの傷が治っていかない。何故だ。
「無駄だ、もうそいつは死に向かっている。治癒は効かん」
怪物は呆れた声をしながらそう言った。
治癒が効かない。ということはテラスさんはもう…。
「アンタ、私の弟子になんの恨みがあってこんな事をしたの」
「そいつが裏切り者だからだ、マナギスタ」
「なんで私の名前を知ってるのよ。アンタとは初対面だけど?」
「気にするな。こっちが知っているだけだ」
マナさんはテラスさんに治癒魔術をかけるのをやめ、怪物に向けて攻撃の構えを取る。
「まぁいいわ。今からアンタをぶっ殺すわ」
「やれるものならやってみろ」
戦いが起きる。俺は今すぐここから離れるべきだろうがテラスさんをこのままにしておくわけにはいかない。
「イズミ、テラスをお願い」
俺は唾を飲み、今から起こる事に覚悟を決める。
「…」
「…」
マナさんと怪物は無言のまま向き合っている。
マナさんが攻撃の構えを取っているのに対し、怪物はただ立っているだけだった。
「…」
「…」
まだ2人は戦わない。
沈黙が続く。
沈黙が続くほど俺の心臓の鼓動は激しくなる。
そして
「!」
先に仕掛けたのはマナさんだった。
両手を怪物の方へと向け、魔術を発動する。
両手から炎の球が現れ、銃弾のような速度で怪物に放たれた。
ドガァァァン!
炎の球が怪物に当たると同時にとてつもない爆発が起きた。
怪物は回避しようとしなかった。反応できなかったのだろうか。いや、それはない…恐らく、避ける気がないのだろう。
「良い威力だ。人間にしちゃ、なかなかのものだな」
怪物は無傷…ではなかった。多少の傷を負っているが、それでも平気な顔をしている。
「…」
マナさんは次の魔術を発動しようとしている。
「おっと、悪いが次はこっちの番だ」
怪物は両手を重ね、ニヤリと笑う。
「…!」
すると突然マナさんは魔術の発動を辞めて、俺の所まで来た。
「イズミ、決して私から離れないで!!」
マナさんはそう叫び、手をパチンと鳴らした。
「三重結界!!」
周りに三つの結界が張られた。
「ほう、防御に入ったか…。いい判断だが、これを防げるか?」
怪物はニヤリと笑う。
怪物の両手は黒いオーラのようなものを纏っていた。
「全力で防いでみろ」
怪物は両手を空高く上げる
「破滅衝撃」
怪物がそう呟くと同時に両手を地面に叩きつける。
次の瞬間
大地が崩れ、黒い衝撃波が襲ってきた。
俺は思わず目を塞いだ。
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目を瞑ってから何秒経っただろうか。
体には何の衝撃も来ていない。
マナさんが張ってくれた結界のおかげで助かったのか?
俺はおそるおそる目を開ける。
すると周りの景色がガラッと変わっていた。
先程まで綺麗だった草原は一瞬にして崩壊した大地となり、テラスさんの家は粉々に吹き飛んでいた。
そしてマナさんが張っていた結界が二つ無くなっていて、最後の一つには沢山のヒビが入っていた。
「嘘でしょ…なんなのよあの技…」
マナさんはどっと汗をかいていた。
「防いだか、流石だ」
怪物は笑みを浮かべながらこちらに向かって歩いてきた。
マナさんは結界を解除し、攻撃の体制に入る。
「…!」
だが、怪物が突然足を止めて後ろの方向に振り向いた。
マナさんは突然の怪物の行動に警戒しつつ、魔術を発動しようとしている。
「…終わりだ。悪いが俺はここで帰らせてもらう」
「は?」
マナさんは怪物の発言に驚き、魔術の発動を止める。
「目撃者は消そうと思ったが、辞めだ」
怪物は背中の翼を羽ばたかせ、空へと舞う
「テラス、貴様の力だけ貰っていくぞ。お前はそこであのお方を裏切ったことを後悔しながら死ぬがいい」
「…! 待ちなさい! アンタ、ただで帰すと…!」
マナさんが言い切る前に怪物は空へと消えた。
助かったのか…?でもなんで突然あいつは急に立ち去ったんだ…。いや、それよりも!
「テラスさん!」
俺はテラスさんに呼びかける。
テラスさんの胸には穴が空いていた。この状態じゃ…もう。
「うっ…」
すると、テラスさんが意識を取り戻した。
「テラスさん!」
「あ…あぁ、イズミくん…。ロストマグナは…?」
「ロストマグナ…あの怪物のことですか…? あの怪物なら、マナさんと戦ってる最中に突然どこかへ…」
「師匠が助けてくれたのね…。良かったわ…イズミくん無事で…」
「テラスさん! 俺の心配よりまず自分の心配を…! 胸に穴が空いてるんですよ!」
「そうね…でも、もういいわ…どうせ助からないし…」
テラスさんは諦めた顔をしてそう言った。
「テラス…アイツは…ロストマグナっていうのね」
マナさんは呼吸を荒げている。
「師匠…ありがとうございます…イズミくんを守ってくれて…」
「テラス…ごめんなさい。貴方を助ける事はもう…」
マナさんは悔しい顔をしてテラスさんに謝った。
「気にしないでください…」
テラスさんはマナさんを落ち込ませないよう笑顔を崩さずそう言った。
「そうだ…あれを…」
テラスさんは自分の家を見た。
しかしそこにあったのは瓦礫の山。
テラスさんは、あっ、という顔をした。
「……イズミくん…。私は…貴方に一つ謝らなくちゃいけない事があるの…」
すると突然テラスさんは俺の方を向いた
「謝る…?」
「そう…。私はね、歴史に名を残したいとか…師匠に褒められたいとか…そんな理由で貴方を呼んだんじゃ無いの…」
「えっ…?」
「私は…仲間が欲しかったの…。私と同じ仲間が欲しかった…。1人でいる事がとても辛かった…。だから、異世界召喚の魔法陣を作ったの…」
「…」
「ごめんなさい…私の勝手な都合で貴方をこの世界に呼んでしまって…」
テラスさんは涙をポロリと流しながら俺に謝った。
「テラスさん…、俺は貴方といた時間がとても楽しかったです…だから、そんな顔しないでください…」
「ふふ…ありがとう、イズミくん…。貴方は…優しいわ…」
テラスさんの目から光が消えた。
呼吸が止まり、首をガクッとさせ、そのまま動かなくなった。
「テラスさん…」
テラスさんは…死んだ。