第54話 狂気で正常の力
目が覚めた時、知らない天井が見えた。
身体に痛みはない。
重いやだるいといった状態もない。
辺りを見回すと医者のような格好をした魔族の人達が、あっちこっちを歩き回ったり、俺と同じように倒れている人を治療していた。
「あっ! イズミ目が覚めたのね!」
するとマナが俺の顔を覗き込んできた。
「…今どんな状況?」
おそらく俺が気絶している間に何かとんでもない事が起こったのだ。
カームが「埋まっている」と言っていたし。
マナがこの場にいるということは何か知っているはずだ。
「簡潔に言うわね!
マシュラ、破滅衝撃、吹き飛ばされて、瓦礫の山、魔王と対決、魔王軍が追いかけてる!」
うむ。
なるほど。
そうか。
端折りすぎてて全く分からん。
ワン モア プリーズ
ーーー
今度は詳しく説明された。
マシュラが破滅衝撃を放って、城が半壊した。
そんで俺たちと、城を巡回していた兵士たちが巻き込まれて瓦礫に埋まった。
今は救助作業と、救助した者たちの治療をしている。
そしてマシュラの方は、どうやら現在、魔王ホーエムと戦っているそうで、バルザックと4人の五大魔将軍と魔騎士団が魔王の救援に行っている。
という状況だそうだ。
「アルスさんとリエナは?」
「2人とも救助されて、今治療を受けてるわ。
イズミ、身体の方は無事でも、念の為しばらくは安静にしてなさい」
「マナは?」
「救護隊の人達の手助けをしているわ。
上位の治癒魔術が使えるからね。
それじゃ行くわ」
マナはそう言うと急いで走って行った。
ーーー
魔王ホーエムはマシュラと激しい戦いを繰り広げていた。
それはもう天変地異というほどに激しかった。
どちらかが拳を振れば、強い嵐が巻き起こり。
どちらかが大地を駆け抜ければ、地割れが起き。
両者の技が激突すれば、巨大な衝撃波が起こった。
(この者…強い!)
ホーエムは驚いた。
今自分が戦っている女…マシュラが予想以上に強いという事に。
戦闘開始後、マシュラは狂ったように笑っており、戦闘中は「楽しませてよ!」「もっと来い!」「さあ、どうした!」と言った言葉を連呼しており、ホーエムはマシュラが狂戦士のような者だと思っていた。
だが違った。
マシュラは狂ってなどいなかった。
それが分かったのは彼女の戦い方であった。
美しいフォームであった。
見惚れるような身体の動きであった。
技は達人のように精密で、綺麗で、そして正しい型だった。
ホーエムは理解した。
マシュラは狂ってないどいない。
狂っているように見えて実は正常だ。
この狂気こそが彼女の当たり前なのだと。
(…そろそろけりを付けねばこちらが不利!)
ホーエムはグワっと腕を伸ばし、マシュラの胸ぐらを掴んだ。
そして体を一回転させ、その勢いでマシュラを空に向けて投げ飛ばした。
その後すぐ、右手に魔力を極限まで流し込み、集中させ、圧縮した。
圧縮された魔力は球体から棒状へ、最終的に槍の形に変わった。
魔力魔術『魔力極槍投撃』
自身の魔力を槍の形にし、それを相手に向けて投げ放つ技。
なんてことない普通の技。
熟練の魔術師であれば誰でもできる普通の技。
だが、魔王であるホーエムの莫大な魔力量と出力であれば、必殺技になりうる。
「ぬん!!!」
落下していくマシュラに向けて力強く投げる。
音速の槍投げ。
ビュンという風切り音が鳴る。
「おっと」
マシュラは身体を捻らせ回避をしようとする。
だが、間に合わず、左腕が吹き飛んだ。
「…ハハ。
アハハハハハハハハ!!!!!」
マシュラは苦悶や苦痛の表情をせず、ただただ笑った。
攻撃を受けたことに笑ったのではない。
痛みで笑ったのではない。
自身の肉体を貫かれたことに笑ったのだ。
「いいねいいね!
これだから強者との戦いは面白い!!!」
マシュラの破壊された左腕が一瞬にして再生した。
(あれは肉体再生…!? なんという異常なほどの再生速度じゃ!)
「お返しだよ!」
マシュラが右腕を伸ばす。
すると突然、何もない所から突然、6本の巨大なタコの触手が現れた。
触手は不規則な動きで、そして乱暴に、ホーエムに襲いかかった。
ホーエムはそれを回避し続ける。
僅かな隙間を見つけ、そこを掻い潜り、距離を離していく。
だが離れようとしても、触手が同じスピードで追いかけてくる。
激しい攻撃の嵐により反撃はできず、ただ避けることしかできなかった。
(まずいの、このままでは……ん!?)
ホーエムは視界の端で何かが動くのが見えた。
そしてそれが見えた次の瞬間、殴り飛ばされた。
マシュラであった。
触手を目眩しに、ホーエムに近づいたのであった。
「ぐふ…!」
遠くまで吹き飛び、ゴロゴロと地面に転がるホーエム。
今の一撃で、意識が朦朧としていた。
だが、倒れるわけにはいかない。
無理に足を動かし、立ち上がるホーエム。
マシュラの追撃はなかった。
遠くからニヤニヤと、ホーエムを見ていた。
「楽しいね。楽しいね。
楽しくなってきたよ!!!」
何が楽しいのだと、ホーエムは心の中で文句を言った。
こんな戦いが楽しいのはお主のような者だけだと思った。
「んじゃ。テンションも上がってきたし、あれを撃つ絶好の熱だね!!!」
マシュラが両手を伸ばし構える。
(あれは、魔力か…?)
マシュラの両手で何かが集まっていく。
ホーエムはそれを最初、魔力だと思った。
だがすぐに魔力ではないと理解した。
ならばあれはなんだと。
あの女の手に集まっているあれはなんだと疑問に思った。
そう考えていたその時、6本の触手が彼女の背後から現れた。
大きさは先ほどよりも小さくなっていた。
触手の太さは人の腕サイズほどになっていた。
触手は彼女の両手を補助するかのように、触手の先端を、マシュラの両手に向けていた。
マシュラの両手に集まるそれの勢いが増した、
(よく分からんが、あれはまずい!)
ホーエムは右手と左手のそれぞれに、魔力を溜めた。
全速力で、全力で、全開で、魔力を両手に流した。
マシュラよりも早くと。
そしてすぐに溜まった。
魔力魔術『双球射魔力弾』
両手に球状の魔力の塊を作り上げ、それを相手に向けて放つ技。
これも、ホーエムの魔力量と出力であれば、必殺技となる。
溜まった瞬間、即座にホーエムは撃った。
だが、遅かった。
もし最初に、マシュラの両手に集まるあれがなんなのか考えずに、攻撃の準備を始めていれば間に合っていたかもしれない。
だが、後悔しても遅い。
ホーエムは自身の愚かさに嘆いた。
「破滅大砲!!!」
マシュラの大技が放たれた。
紫色の巨大なビーム。
地面を抉り、ホーエムが放った魔力弾をあっという間に掻き消した。
そして、防御する暇もなく、ホーエムはマシュラの大技を喰らった。
魔力魔術:自身の魔力を火や水といった物に変換せずにそのまま扱う魔術。
高い魔力のコントロールが必要な為、魔力操作の練習としてよく使われる。
魔力の消費は他の魔術と比べてやや高い。




