第51話 侵入者
「誰だ貴様、どこから入ってきた」
剣を黒髪の女に向けてスキャルは言う。
そしてその言葉で、イズミとバルザックは目の前の女が侵入者であると即座に判断した。
「…ハハ」
女が笑う。
ある者が見れば『狂気』、ある者が見れば『無邪気』、そう思うような笑顔をしていた。
「…!」
バルザックは座った姿勢のまま、机の端を掴む。
そしてそのまま、机を女に向けて、ちゃぶ台返しのように思いっきり投げた。
「いきなり戦闘態勢か。 いいね」
女は臆することなく、右手を動かした。
右手以外の身体は動かさずに、自分に向かってくる机をコンと叩いた。
ドゴン!!!
部屋中に鳴り響く轟音。
まるで爆風に吹き飛ばされたかのような勢いで跳ね返される机。
「うげっ!?」
返された机の直線上にいたのはイズミ。
全身に机が強打し、吹き飛ばされた。
彼は椅子から立ち上がる途中であり、避けることができなかった。
もっとも、この距離では避けることなど無理であるが。
机とイズミは共に飛ばされ、部屋の壁を突き破り、下へと落ちていった。
「…」
「…」
スキャルは剣を構えた状態で女を警戒する。
バルザックは落ちていった和泉仁を助けに行こうとした。
がその時、身体が、脳が、戦いの経験が『やめろ』と判断した。
理由は、あの女である。
強者であるバルザックは理解した。
この女はヤバい。
いや、ヤバいという言葉では言い表せない。
暴力や殺戮の塊だ。
立ち姿で分かる。こいつはガチで強い。
もし今イズミを助けにいけば、この女に殺されていた。
「もう一度言う。 貴様は誰だ」
スキャルが女に問う。
「…私の名前はマシュラ。
ロストマグナの仲間…と言えばいいかな?」
マシュラが答える。
『ロストマグナ』という名前にスキャルとバルザックが反応した。
「なんの目的でここに来た」
次の質問をマシュラに問う。
マシュラはその言葉につまらない、という風にため息をついた。
「分かんない?
お城に無断で入る。
盗みかカチコミしか理由ないでしょ」
瞬間、バルザックが仕掛けた。
即座にマシュラの間合いに入り、渾身の正拳突きを顔面に当てた。
だが。
「いいね。やっぱ戦いはこうでなくっちゃ」
ビクともしなかった。
マシュラの頭部は1ミリも動かなかった。
まるで巨大な柱のように、彼女の身体は直立不動であった。
次に仕掛けたのはスキャル。
彼は横払いの一閃をマシュラの左脚に当てた。
が、斬れなかった。
皮一枚すら斬れていなかった。
しかし、スキャルは斬れなかったということよりも、別のことに驚いた。
マシュラの肉体の感触であった。
剣から伝わってきたのは肉というよりゴム。
切れないゴムのような、そう感じるものであった。
「じゃ、次は私の番ね」
マシュラが両手を動かす。
拳を強く握る。
右手をスキャルの顔面に、左手をバルザックの腹に。
強烈な一撃を当てた。
「ぐっ…!?」
「ガッ…」
スキャルの鼻の骨が折れ、そして鼻から血を垂れ流しながら吹き飛んだ。
吹き飛んだ先には多数の本棚があり、彼はそれにぶつかった。
本棚が倒れ、収納されていた本達がバタバタと床に飛び散った。
バルザックは攻撃を喰らった瞬間、脚に力を入れ、吹き飛ぶのを耐えた。
が、ダメージを耐えることはできず、膝を付き嘔吐した。
(アイツのとは違う…!)
何が違うのか。
それは威力であった。
あの時喰らったマナの拳は力強く、重いものであった。
だがマシュラの拳はそれ以上。
力と重さの威力が段違い。
マナの拳を『槍』と例えるなら、マシュラのは『砲弾』だ。とバルザックは感じた。
「何? もうダウン?
面白くないなぁ」
ため息をつくマシュラ。
そして左手をバルザックに近づける。
(まずい…! やられる…!)
なんとか体勢を立て直そうとするバルザック。
だが腹に受けた攻撃のダメージがまだ治っておらず、思うように立てない。
「ん?」
すると突然、マシュラの手が止まった。
バルザックは(なぜ止めた?)と疑問に思いマシュラの方を見ると、彼女の視線は自分を見ていなかった。
視線の先は、イズミと机が突き破った壁の穴。
その穴の向こうに、1人の少女が見えた。
マナであった。
ーーー
マナとリリスが異変に気づいたのは、魔術師部隊の訓練所へ向かう途中に、資料室の部屋から机とイズミが壁を突き破って来たのを目撃した時であった。
マナは落下していくイズミと机を見た瞬間、身体強化魔術で全身を強化し、地面を踏み抜き、猛スピードでイズミの元まで接近した。
そして、彼が危うく地面に激突する前に、左手でイズミを、右手で机をキャッチした。
キャッチしたその後、マナはすぐに両足に『風壁』を作り、それを足場にして空中ジャンプをした。
穴の中を見る。
倒れた本棚の上で気絶しているスキャル。
膝をつき、うずくまっているバルザック。
そしてそのバルザックに何かしようとしている、見知らぬ女。
状況とするべき事をすぐに理解した。
「オラァ!!!」
マナは空中に浮いたまま、身体を一回転させ、その勢いで机を女に向けて投げた。
「おっ」
女はすぐさま右腕を上げ、豪速で向かってくる机の軌道を逸らした。
今度は反対方向の壁を突き破り落ちていく机。
1、2秒ほどしてゴシャンと、壊れる音が聞こえた。
マナはイズミを脇に抱えたまま壁の穴から資料室へと入る。
そして、少し遅れて操人形魔術の鎧と共にリリスも資料室に入った。
「で? あんたは誰?」
マナは睨みつけながらマシュラに指を刺して言った。
「また説明するのも面倒だから、この男に直接聞いて」
マシュラがバルザックに蹴りを入れた。
「グオハッ!!」
バルザックが直線に吹き飛ぶ。
それをリリスが受け止めた。
「バルザック、大丈夫なの?」
「大丈夫だリリス。ちょっと吐いただけだ
おいマナギスタ。アイツ、ロストマグナの仲間だ」
マナの目がカッと開いた。
そして即座に攻撃体制に入る。
両手を合わせ、手のひらの中心に岩槍弾を作り出す。
形は鋭い螺旋状。
魔力を圧縮させ、硬度と威力を上げる。
「……」
だがすぐには撃たなかった。
この距離でも避けられる可能性があったから、タイミングを見極めて放つ…というわけではなかった。
マナは疑問に思った。
それは目の前の女が微動だに動こうとしない。
避けようとする気配も見せず、ただ笑っていた。
一体何を考えてるのかと思った。
不気味だとも思った。
「来ないの?
大丈夫。避けないよ」
さあ来いと言わんばかりに、マシュラが自身の胸を叩く。
マナはそれを見て、お望み通りにと岩槍弾を発射した。
ヒュンという風切り音を立て、岩槍弾がマシュラへと向かう。
発射から着弾までわずか0.2秒。
バゴン!という衝撃音と共に、岩槍弾はマシュラの胸の中心部に着弾した。
…が、貫けなかった。
マシュラの胸には、かすり傷すら付いていなかった。
「…は?」
それを見て、マナはただ、呆然とするしかなかった。
手を抜いたはずはない。全力だ。
普通であれば心臓をえぐっていた。
なのに。それなのに。傷一つ付いてないのはどういうことだと。
マナの頭の中はそれでいっぱいであった。
「弾速と威力は良いけど、私の身体にダメージを与えるほどではなかったな。
けど、良いよ君。この中で、総合的に見て君が1番良い。
愚泥くらいの実力はあるんじゃないかな」
グデイって誰だよ。と思いつつ、マナは次の攻撃に入る。
しかし。
「流れ的に私の番でしょ」
マシュラが右腕をヒョイッと動かす。
その動きに合わせて突然、巨大なタコの触手が床下をメキメキと突き破り、現れた。
「なっ!?」
予想外の攻撃。
咄嗟に床に伏せて回避する。
「グハァ!!」
背後からバルザックの声がした。
そのあとすぐ、隣から何かが壊れる音が聞こえた。
(やられたわねアイツ)
マナは後ろを見た。
リリスは無事だ。マナと同じく、床に伏せていた。
スキャルはまだ気絶している。
脇に抱えているイズミも。
(この状況…キツイわね)
マナは額に流れる汗を拭う。
目の前の女はヘラヘラと笑っている。
(リリスと共闘でいけるかしら…?
クソ、イズミかスキャルのどっちかが目を覚ましてくれれば)
眉をひそめ、唇を噛む。
どうにかしてこのピンチを切り抜けなければと思った。
その時だった。
マシュラの背後で何かを振りかざす男が現れるのを、マナは見た。
「脳天破壊波怒!!!!」
ゴーダである。
彼は両手で金棒を強く握り、マシュラの後頭部目掛けて全力で振った。
ゴン!という鈍い音が鳴った。
「…なっ!?」
ゴーダは驚愕した。
全力で放った攻撃であるにもかかわらず、目の前の敵が平然と立っていることに。
マシュラはまたもや直立不動であった。
バルザック、スキャル、マナ、ゴーダの4者による全力の攻撃。
どれもマシュラには効かなかった。
「力任せの攻撃はあんまりよくないよ。
ロストマグナみたいにもっとインパクトを出さないと」
マシュラはゴキゴキと首を鳴らす。
それと同時にアズライル、アルス、リエナの3人がゴーダのあとに続いて、資料室に入ってきた。
4人は城下町に行こうと、城門まで行く途中、資料室から戦闘音のようなものが聞こえてきた為、ここに来たのである。
マシュラは周囲を見渡す。
前にはマナとリリスと気絶しているスキャルとイズミ。
後ろにはゴーダとアズライルとアルスとリエナ。
「うーん…この人数相手にこの部屋はちょっと狭いかな」
マシュラは両手を胸の中心まで上げた。
そして両手を、物を掴む直前の形で止めた。
「広くするか」
次の瞬間、マシュラの両手の中心で何かが集まった。
その何かがなんなのかは全員分からなかった。
空気? 魔力? 何かの物体?
だがそんな事を考えている場合ではないと全員が思った。
この時、マナ達の行動はバラバラであった。
マナはイズミを抱えて、壁の穴から脱出しようとした。
リリスは操人形の鎧を使って気絶したスキャルを回収し、マナと一緒に壁の穴へ向かった。
ゴーダは、マシュラの行動を防ごうと再び金棒を振り上げた。
アズライルは闇影操魔術で自身の影を伸ばし、マシュラを呑み込もうとした。
リエナは資料室から脱出しようと、すぐさま扉へと走った。
アルスは脱出するよりも早く、あれが発動すると理解し、盾で自分の身を守った。
「確か、こんな感じだったかな」
マシュラの技が発動する。
溜めが始まり、完了するまで僅か1.5秒。
彼がする時よりも僅かに早かった。
マシュラが発動する技。
それは『 』を圧縮させ、その後一気に解き放つことで広範囲に衝撃波を放つ技。
溜める時間が長いほど、威力と範囲が上がる。
マシュラの溜めはたったの1.5秒であったが、ここ一帯を吹き飛ばすには十分であった。
その技をマナ達(五大魔将軍を除く)は既に経験していた。
その技の名は
「破滅衝撃」
圧縮された『 』が解き放たれる。
衝撃波が壁を、天井を、家具を吹き飛ばし、そしてこの場にいる全員に襲いかかった。




