第44話 記憶から役立つ物
「お前はあれだな。普通すぎるな」
訓練が終わり、ギルドの休憩室で休んでいると、バルザックがそう言った。
「普通…?」
「ああ、剣術も力も普通。
まあ、魔王軍でいう所の新米兵士だな」
失礼な、とは思ったが否定はできない。
けど、日本じゃ普通に暮らしてたら戦いなんてのはまずないからな。
身体を鍛えるのなんて、体力作りの運動をする時しかない。
剣術も…剣道なんてやりたい人しかやらないだろう。
まあでも、これでも頑張ってる方なのだが、実際に言われると傷つくな。
「じゃあさ、なんかいい方法ないかな?強くなれる方法。
バルザックって強いだろ?なにか教えれることあるんじゃないか?」
「そうだなぁ」
バルザックは首を傾げて悩んだ。
「分かんねえや」
諦めの早すぎる答えだった。
「分かんないって…。バルザックって元五大魔将軍だろ?部下の指導とか、そういうのやってなかったのか?」
「オレ、大抵の相手は力任せのゴリ押しで戦ってたからな。誰かに戦いを教えるのは苦手だったから、そういうのは当時オレの補佐役だった、ガンダスに任してたな」
おいおい。補佐役に任してたって…。
それに力任せのゴリ押しとは。いやまあ、バルザックみたいなガタイが良くて、力もある奴がゴリ押し戦法するなんてのは、相手にとって1番怖いかもしれない。
「お前が魔術とか使えたら、戦い方の幅が広くなって、ギリ教えられるかもしれなかったが、お前魔力ないからな」
「バルザックはあるのか?」
「あるぜ。というか、この世界で魔力なしは聞いたことないな。0に近いぐらいの魔力を持ってる奴がいるって話は、何回か聞いたことあるが」
「ふーん。じゃあ魔術は使える?」
「火球と白煙と、あとは簡単な治癒魔術だな。
治癒魔術の方は習得の時以外で使ったことはないがな。
再生能力があるし」
再生能力か。
確か、以前本で読んだな。
魔族と、魔族の血を引く混血には、生まれつき再生能力があると。
再生能力の性能には個人差があり、擦り傷や切り傷などの、軽症だけしか治せない者や、骨折、腕や足などの欠損をも治せる者などがいる。
しかしこの再生能力は万能というわけではない。
再生時には体力を消費する為、本人の体力が全く無い場合、再生はできないという。
その他にも、脳か心臓を潰された場合、再生能力はできないそうだ。
「まあ、今オレから言えることは、実戦を繰り返して、自分に合った戦い方を見つけることだな」
───
以前バルザックと話した内容から、何か戦闘に役立つものがあるのではないかと思いだしてみたが、全くないな。
こういう話は、アルスさんに聞いておいた方がよかったかな。
俺は目の前にいる機械…『ヘブン』を見る。
右手には剣。左手には何も持っていない。
全身には、全体的に尖っている(物理的に)見た目のパワードスーツ…みたいな鎧。
あいつは巨像から出てきた…つまりスピードタイプだ。
ゲームとかでよくある。デカいボスが、第二形態で小さくなって、スピードタイプになるやつ。
いや、まだ戦ってないから、あいつがスピードタイプかどうか分かんないが。
もしかしたら、パワーとスピード、両方を兼ね備えたタイプの可能性もある。もしそうなら、ちょっと厄介だ。
くそ。相手の情報なんも分かんねぇから、どう攻略すればいいのか分かんねぇ。
攻略サイトなんてもんある訳ないし、死にゲーとかでよくやる、コンティニューを繰り返して、相手の動きとか、技を繰り出す順番とかを覚えてボスを倒すなんてことも出来ない。
命は1つだけ。やり直しはない。
…別のことを思い出せ。何か他にあるはずだ。
何か戦いに役立てそうなものが。
───
「イズミくん。ちょっと見てくれるかしら」
テラスさんが居間に入ってくるなり、そう言った。
ソファーに座って読書をしていた俺は、本を閉じた。
テラスさんは、どすんと、勢いよくソファーに座った。
そして、両手を前に出した。
「私の手のひらを見てて」
そう言われ、俺はテラスさんの手に注目した。
すると、テラスさんの右手から、野球ボールぐらいの大きさの水球が現れた。
「次に…こう」
テラスは空いている左手を、水球に近づけた。
すると、水球は形を変え、球体から長方形へとなっていく。
そしてさらに形を変えて、最終的に短剣の形になった。
「どう?」
「……?」
どう。と言われても、いまテラスさんがやった事が、どれくらい凄いことなのかは俺には分からん。
どういうリアクションを取ればいいのか、どういう感想を言えばいいのか、思いつかない。
なので。
「今やった事の解説を…お願いします」
質問することにした。
こうすれば、無言という気まずい雰囲気にならなくて済む。
「まず最初から説明するわ。
私は今、水魔術の基本中の基本の技、『水球』を使ったわ。
水球はその名の通り、水の球を作り出す魔術」
「短剣の形にしたのは?」
「そこを今から話します。
魔術はね、一度作り出した物の形を変える為には、術式に刻まれてる、形状制御っていうものを解除しなくちゃいけないの。
えーと、例えば、私が火魔術の『火槍』を発動した時、魔力を消費して火を作り出すの。その後は術式が、火が槍の形になるように、自動的に制御してくれるの。
さっき発動した水球も同じ。魔力を消費して、水を作り出し、術式が水を球体にしてくれた。
けど、私はその後、水球を短剣の形にした。
術式の形状制御を解除してね。
そうすると、水を制御するのは術式じゃなくて、術を発動した本人がやらなければならないの。
本人が制御をやめたら…こうなる」
次の瞬間、短剣の形になっていた水は、バシャン、という音と共に崩れて、机に飛び散った。
「この、術師本人がやる形状制御って、キツいのよね。
常に意識してないとダメだし、戦闘中の話になると、相手と戦いながら制御しなきゃならないし」
「…それなら、最初からその形にしたい魔術を発動すれば良いのでは?」
「それもそうだけど、これができる人は一流って呼ばれるから、皆やりたがるのよね。私もだけど」
「…マナギスタさんはできるんですか?」
「そりゃあもちろんできるわ。それも高度な形状制御をね。
以前師匠ね。巨大な火球を作り出してそれを大剣の形にしたと思ったら、1日中そのままの形で維持したのよ」
「…すごいですね」
「ほんとにね。あの人息をするように形状制御してるのよ。
私もまだまだ修行が足りないと思ったわ」
マナギスタさんはそんなに凄い人なのか。
会うのが楽しみになってきた。
「ところで、マナギスタさんってけっこう強い方なんですかね?
戦ったら、瞬殺されるほど?」
「……今の私じゃ勝てないわね」
───
これだ。
テラスさんから教えてもらった、魔術の形状制御。
これを使えば、紫電の剣とか作れそうだ。
この力が魔術といえるか怪しいが、やってみたらできるのではないか。
まだ時間はある。試してみ…。
…。
……。
………。
電気ってどう制御するんだ?




