第28話 ダンゾウという男
「ハァ…ハァ…!」
息を荒げ、今にも倒れそうな体を無理矢理動かし、森の中を走り続ける男『ダンゾウ』。
彼は1人の魔族の大男から逃げていた。
何故だ。何故だ。何故自分が負ける。と心の中で何度も問う。
スピードには自信があった。
相手がどれだけ強かろうと、強力な技を持っていようと、当たらなければ問題はない。
事実。彼のスピードは大男よりも上回っていた。
だが、それだけであった。
巨腕から繰り出される強力な打撃技。
たった一撃で、持っていた武器が破壊された。
事前に仕掛けていた罠は全て発動したが、効果は無し。
強靭な肉体をもつ大男には効かなかった。
攻撃する手段がなくなり、彼に残ったのは『逃走』のみ。
が、巻けない。
どれだけ走っても、背後を振り向くと自分を追いかけてくる大男が見える。
「ハ…ハハ…」
逃走を始めてからどれほど経ったのだろうか。
もう両脚に力は入らない。
呼吸はうまくできない。
「…ハ…ハ…」
暗む視界。
倒れる自身の肉体。
次の瞬間、頭に強烈な一撃が伝わった。
彼の命はそこで終わった。
ーーー
「手前から喧嘩売っといて逃げるのはねぇだろうが」
バルザックは血がついた靴を地面に擦り付けながら、周囲を見る。
「ここ、キキトト大森林か。めんどくさい所に飛ばしやがって。
ま、周りを見た感じ多木領域だから、適当に走ってりゃそのうち外に出れるが…」
そういうわけにもいかないな、と心の中で言う。
(オレの予想だと、仲間は全員バラバラに飛ばされてる。そして相手の人数は少なくとも5人。
ここに飛ばしたのはオレ達を合流させない目的かな。
ただ、そうなると相手側も合流できないと思うが…位置情報くらいは共有しているはずだ)
どうするか。と呟く。
すると──
パキパキ
先程殺した男の体が石になり崩れ始めた。
「うおっ。びっくりした。
ああ、そういやドラ…なんだっけ。まあいいや。
あいつも急に体が石になってたな。どういう仕組みだ?」
石になった死体をジロジロと見る。
すると、ある物が見えた。
「これは…」
どこかで見た覚えのある物だった。
(なんだっけかな、これ)
バルザックはそれを取ろうとするが、すんでの所で手を止めた。
いくら気になる物とはいえ、死体から物を取るのはどうかと思った。
(……)
しかし好奇心には勝てない。
それに今知っておかないと後でモヤモヤしそうで気持ち悪かったからだ。
バルザックはそれを手に取り、付いていた砂を拭き払った。
手に取った物は徽章だった。
徽章には黒いフードを被った男の絵が描かれていた。
(これは…ヤミマトイのか?)
その徽章がなんなのかバルザックは知っていた。
『ヤミマトイ』
魔王軍の部隊の一つで、情報収集や斥候に長けた部隊である。
この徽章はその部隊の隊員である事を示す物。
(なぜこいつが?)
徽章を裏返す。
そこには名前が刻まれていた。
『シジュウノスケ•ダンゾウ』
(シジュウノスケ…ダンゾウ…あのダンゾウか?)
これもバルザックは知っていた。
『シジュウノスケ•ダンゾウ』
ヤミマトイ所属の兵士。
成績優秀、他の兵士からの信頼も厚く、次期隊長候補の1人でもあった人物。
だがそれはあの事件が起きる前までのこと。
ダンゾウは秘密裏に魔王軍の情報を他国に売っていたのだ。
それが発覚したダンゾウはすぐに投獄され、数日後に処刑することが決まった
だが処刑の前日。ダンゾウは消えた。
彼は『囚人358人神隠し事件』の被害者。
つまり彼は247年前の人物である。
(なぜこいつがここに?
…まさか?)
神隠し事件の被害者。それがロストマグナの配下として現れた。
バルザックの頭に一つの考えがよぎる。
(神隠し事件にロストマグナが関わっている?)
バルザックは再度徽章を見つめる。
少し睨むように見た後、彼は徽章をポケットに入れた。
「考えるのは後だ。今はみんなと合流するべきだな」
バルザックは辺りを見回す。
周囲に見えるのは沢山の木。
どこに進むべきかと悩む。
すると──
……バゴォォォン
遠くから雷のような音が聞こえた。
「戦闘か?」
バルザックは音のした場所を目指して走る。
迷いの森で迷ったらどうするかなどという考えは彼の頭にはない。
 




