第19話 冷たい恐怖
ロストマグナの配下。
その言葉を聞いた瞬間、俺たちは戦闘態勢に入った。バルザックは初めてロストマグナの配下と戦うためか反応に遅れた。
ドラハママはアルマジロのような姿をしている。
背中には甲羅があり、太陽の光のせいか、甲羅はギラギラと光っている。
あの甲羅は恐らく鋼かなにかだろう。
奴の身長はマナと同じくらいだ。とても小さい。
そして奴の両手にある2本の短剣。長さは大体20センチ。刃の形状は波のような形をしている。
アレに斬られるとヤバいと感じてしまうほどに不気味な形状だ。
……何故だろうか。
負けるという不安をあまり感じない。
それもそうか。
マナ、アルスさん、バルザック。
強すぎるこの3人がいる状況で負けるのはほぼないだろう。
だが、油断は禁物だ。
「さぁ、いくぞ!」
先に動いたのはドラハママ。
バッと身体を丸め、ボール状の姿になった。
そして、
ガガガガガガ!!!
急速に回転をし始めた。
全力でアクセルを踏んだ時の車のタイヤのように、物凄いスピードで回転している。
「火球」
次に動いたのはマナ。
マナは火球をドラハママに向けて4発撃った。
しかし、物凄いスピードで回転する鋼は火球を全て弾き、こちらに向かって転がり始めた。
「…! 獄炎球!」
マナの両手から巨大な炎の球が発射された。
火球とは比べものにならないほどの大きさ、そして燃え盛る炎。
獄炎球は、回転しながらこちらに向かってくるドラハママと衝突した。
バァァンという大きな爆発。
爆風で吹き飛ばされるのを耐えながら正面を見る。
「…チッ!」
マナが舌打ちをする。
ドラハママの回転は止まらなかった。
獄炎球をものともせず、こちらに向かってくる。
「おいおいやべぇぜ! 全く止まらねぇ!」
バルザックが焦りながら大剣を構える。
「皆、前に出ないで」
マナはそう言うと右手に地面を付けた。
「…泥地海」
瞬間、正面の地面がわずかに揺れるのが見えた。
ボドン!!!
それと同時にドラハママが急に沈んだ。
マナの魔術によって、前方の地面は泥と化した。
ドラハママは回転を続けているが、泥と化した地面では移動することができず、どんどんと沈んでいく。
「さてと…あいつが回転を止めるまで待つわ」
マナはそう言うと腰に手を当て、体を軽く上に逸らしてストレッチを始めた。
「あ? なんでだよ。今なら攻撃が当て放題だぜ」
「確かにその通りだけど、あいつの鱗、結構硬いわ。
あの状態のまま攻撃しても意味ないわ」
「なるほどな……お、止まったぜ」
ドラハママは回転を止め、人型の状態へと戻った。
「貴様…わしの自慢の甲羅を汚すとは…」
ドラハママは泥と化した地面から出ようと前へ歩き始めた。
ぬかるんだ地面のせいか、足を動かすたびによろめいている。
7歩ほど歩いた後、ドラハママは泥の地面から出ることができた。
「よし、オレがやるぜ」
バルザックが大剣を手に、前へと出た。
「腹パン喰らってゲロ吐かないように気をつけなさいよ」
「嫌なもん思い出させるな! めちゃくちゃ痛かったんだぞあれ!」
軽くトラウマになってたのかあれ。
まぁ、ゲロ吐くぐらいだから誰でもトラウマになりそうだが。
「回転だけがわしの得意技だと思うなよ」
ドラハママは2本の短剣を手に持った。
「…短剣か。ならこっちの方がやりやすいな」
バルザックはそう言うと、手に持っていた大剣を地面に置き、拳を構えた。
「素手だと…? 笑わせてくれる」
ニヤリと笑い、短剣を構えて1歩2歩と、じりじりと近づくドラハママ。
「…」
バルザックは拳を構えたまま、動かない。
次の瞬間、ドラハママの身体がブレた。
それと同時にバルザックが動いた。
「…なっ!」
ドラハママは左手の短剣でバルザックの首を掻っ切ろうとしたが、バルザックは右手で彼の左手首をパシリと掴み、食い止めた。
「遅いな」
「…くっ!」
ドラハママは右手の短剣をバルザックの腹へ向けた。
ゴン!!
「……ぐふぅぉ!!」
だが刺そうとする前に、バルザックが右足蹴りでドラハママの腹に一撃を入れた。
ドラハママはそのまま吹き飛び、地面へと転がった。
「…くそ!」
よろめきながら立ち上がるドラハママ。
両膝に手を当て、呼吸を整えようとしている。
「…あ?!」
すると、ドラハママはある事に気づいた。
先程まで持っていた2本の短剣が無くなっていた。
一体どこに?
俺はドラハママの周りを見るが、短剣はどこにも落ちていない。
「これなーんだ?」
するとバルザックは左手を上に掲げた。
左手に掴んでいたのは2本の短剣。
ドラハママの短剣だ。
恐らく、腹に一撃を入れた瞬間に、短剣を奪ったのだ。
なんという神技だ。
「なっ! 貴様! 返せ!」
「無理」
バルザックは左手に力を込め、2本の短剣を粉々に砕いた。
「さて、次は何をするんだ?」
「ぐっ!」
ドラハママはその場から逃げた。
武器は無くなった。また回転攻撃をしようしたところでマナの魔術で塞がれる。
勝ち目がないと判断したのだ。
ゴンッ!
が、逃げた瞬間ドラハママは何かにぶつかり後ろに倒れた。
「逃げても無駄よ。結界を張ったから」
いつの間にかマナが結界を張っていた。
バルザックの方に集中していたから気づかなかった。
「マナ、ロストマグナの情報を吐かせる?」
アルスさんがマナに問いかけた。
「いや、無理よ。前回それをやろうとしてどうなったか忘れたの?」
そうだ。
ケマガの時、あいつは体が石になって死んだ。
今回も情報を吐かせようとしたところで、同じことが起きるだろう。
「やっていいか?」
「構わないわ」
「よし」
バルザックは大剣を拾い、ドラハママへと近づく。
「く…くく…くくく…」
するとドラハママが突然笑い出した。
やけになったのだろうか。汗をかきながら笑っている。
「わしを倒したところで、良い気になるなよ!
お主らじゃ、ロストマグナ様には勝てん!
ロストマグナ様はとても強いお方だ!
貴様らじゃ相手にならん!
魔王軍最高戦力の五大魔将軍を一撃で倒せる程の力を持ってらっしゃる!
数週間前に…五大魔将軍のガンダスという者を一撃で倒したのだぞ!!!」
「 は? 」
瞬間、身体が急に震え始めた。
どっと汗をかき始めた。
マナとアルスさんも俺と同じように身体が震えていた。
ドラハママはこの世のものとは思えないものに遭遇した時のような顔をしていた。
この場で震えていない者が1人いた。
その者は恐怖を撒き散らしていた。
一歩ずつ、まるで死のように、ドラハママに近づいていった。
バルザックだ。
「おい…今…なんて言った…もう一回…言え」
「ひ…ひ…」
バルザックが今どんな顔をしているのか分からない。
いや、見たくない。
見れば一生頭に残ると思ったからだ。
「…うぐ」
すると突然ドラハママが苦しみ始めた。
バルザックの恐怖のせいではない。
違う何かだ。
パキン
するとドラハママの全身が石になり、そのまま砕け散った。
「おい…何勝手に死んでやがる…。もう一回…言え」
バルザックは、砕け散ったドラハママの身体を見下ろしている。
「……バルザック、そいつもう死んでるわ」
「…クソが!!!」
バルザックは思い切り石を蹴った。




