上司の上司が怖い顔して私の前に立ってるんです:3
赤黒い翼と、白輝鉄の鉄糸がぶつかり合っている。
私は腕の千切れた機関士の青年の様子を見ながら列車の陰で2人の戦いを見ている。
(早く終わってよ)
どちらが勝つとかは関係なく、ただこの修羅場から早く抜け出したかった。
鎧から生えた黒い翼はグラドミスの意志で動くようで、断続的にヴィルヘルムに攻撃を仕掛けている。
一方ヴィルヘルムは翼の攻撃をステッキで弾き、鉄糸で切り裂き対応し続けている。
(両方人間をやめてるわ……)
少しずつ、グラドミスの動きが鈍くなり出した。
鎧の端々に白い鉄糸が絡みついている、鎧の関節や手足の軸の部分に鉄糸を巻き付けグラドミスの行動を阻んでいるのだ。
気付いたグラドミスが翼を振り乱し、逃れようとするがヴィルヘルムがステッキで翼を殴りつけ、更に鉄糸を絡み付ける。
「なに……!」
グラドミスが宙に浮いた、ヴィルヘルムは鉄糸を鎧だけでなく周りの車両にも回していたようだ。
ヴィルヘルムが私の元に来た。
彼を前に私は身構える。
「レガリアちゃん、君を傷つける気はありません」
ステッキを地面に刺し、宥めるようにヴィルヘルムが言う。
「君はその子を連れて、グラドミスから隠れなさい。奴は人を殺してあの術を使う」
グラドミスは既に動き始めていた。
彼の脚元──影から尖った杭のような物が生え、鉄糸を千切っていく。
「貴方の銃です、護身用に」
ヴィルヘルムが私のホルスターに拳銃を入れた。
「次に会ったら……敵ですよ」
「残念ですね、君は良いお向かいさんだった」
私は青年を背に担ぎ、できる限り離れた車両に向かった。
腕を失った青年を担ぎ、落ちた貨物列車の最後尾近くまで来た。
(この貨物車、扉が開いてる)
大量の色鉄を積んでいた貨物車の扉が壊れている。中に隠れられそうだ。
「う……うう……痛い……」
背中の青年が目を覚ました。
千切れて痛々しい腕の止血はしたが、血は服越しに染み出続けている。
青年を色鉄の入った木箱の上に下ろす。
「君は……?」
「私はレガリア、騎兵です。もう安心してください、救助に来ましたよ」
本当は巻き込まれただけなのだが。
「お……親方は……アインズは……?」
「大丈夫です、大丈夫ですから」
「あの……列車の前に……突然黒い鎧が居て……そいつから腕がどんどん出て来て、後ろから来た変な奴がブレーキを……それで列車が落ちて……俺は火室に手を……ああ……ああああ!!!」
(まずい、パニックを起こし始めた)
青年の顔を両手で包み、眼を覗き込む。
「大丈夫です、助けが来ましたよ、ゆっくり呼吸をして、ゆっくりです、こっちを見てください、大丈夫です、大丈夫ですから、安心して」
焦点のずれた目が少しずつ私の眼を見つめ始める。
(落ち着いてくれたかな……?)
彼の眼が突然恐怖に見開かれた。
「あああああ!!そいつだ!!後ろにいる!!」
後ろを振り返る。
蒼鉄の剣を持ったグラドミスが、少しずつ近づいて来ていた。
私の背の倍以上はある巨漢の影が近づいてくる。
反射的に私は銃を構えていた。
「……止まってください」
「騎兵か、安心していい、私は味方だ」
鎧の脚を少し引きずっている、怪我か鎧の関節でも砕けたか。
「どうして、殺したんですか」
銃を構えながら、問い質す。
「あの機関士です……貴方が頭を砕いて殺した!」
「勝つために必要な犠牲だった」
気にした風もなく、近づいてくる。
「……ヴィルヘルムは?」
「死んだとも、私が勝利した」
「何故……ここに居るんです」
「……何のことかな」
グラドミスは歩み続けてくる。
「イストサインに来た情報は他のどこより早かった」
拳銃の撃鉄を起こす。
リボルバー型のそれは私の持っていた物ではなかったが、ほとんど同じ造りのようだ。
「何故、その情報を掴んで国境の付近まで先回りが出来たんですか」
「その情報は私が発信源だ、あの賊は一刻も早く始末しておきたかったのでね」
グラドミスが私を見る、もう腕一本程度の距離だ。
「騎兵、名前は何という?私は騎士グラドミス・アードミルド、味方だ」
いや、正確には私を見ていない。
彼の目線は私の持つ拳銃に向けられている。
「私はイストサインの──」
言い終わる前に、グラドミスの背後からヴィルヘルムが飛びかかった。
「──っこのっ死に損ないがぁ!!」
グラドミスが蒼鉄の剣を振る、しかしヴィルヘルムのステッキは容易くその剣をひしゃげさせた。
「貴様ァァァァァ!!」
グラドミスの鎧の隙間に、ヴィルヘルムが鉄糸を差し込んでいく。
私を見たグラドミスが手を伸ばしてくる。
彼に殺された、あの機関士の姿がフラッシュバックする。
眼前に伸びてくる甲冑の腕に照準を合わせる。
その時、私の銃と腕が一体化したような感覚がした。
無意識のうちに引き金が引かれる。
拳銃が放ったとは思えない、雷鳴が轟くような音がした。
私の放った弾丸はこの世で最も堅牢と言われる漆黒鉄の鎧を破壊し、グラドミスの腕までも粉砕していた。
「ガァァァァァァ!!」
グラドミスが咆哮した。
(痛い……腕が痛い……)
両腕が焦げている。
表面のほとんどが炭化し、乾いた皮膚がひび割れ、黄色い液が滲み出ている。
生まれて初めて負った怪我だ。
(痛い……こんなに痛いの……?)
ヴィルヘルムが無表情に、私の前に立った。
目の前にしゃがみこみ、視線を合わせた。悲しそうな眼だ。
「残念です、レガリアちゃん」
ヴィルヘルムが銃を取ろうとする。
しかし、今や赤く輝き赤熱する拳銃は私の手から離れようとしない。
「……驚いた、君が使い手だったんですか」
強い眠気が私を襲い始めた。
(私……死ぬのかな)
「また会いましょう、愉快なお向かいさん」
(嫌……死ぬのは嫌……)
意識が沈んでいく。