だから、もうちょっと頑張ろうって思うんです:1
(じきこの戦いは終わる)
グラドミスは戦場を見渡し、己の勝利を確信していた。
戦力の大半は目前の支部に集まっている。最大の脅威である騎士も傀儡の物量に押されつつある。
(ファルナレギアも脅威ではないな)
先程まで果敢に切り掛かってきた筆頭騎士は漆黒鉄の鎧に囲まれ動けていない。ゾディアは目眩しの爆炎を辺りに撒き散らしているだけだ。
騎士でも物量には押し負ける。
数多くの戦場で勝利を収めてきたグラドミスの結論だ。
「このっ……邪魔よこの鎧共……!」
ファルナレギアの足元、砕けた鎧達から溢れた血溜まりに影を這わせ奴の動きを封じる。
「なっ……何よこれっ」
漆黒鉄の鎧が彼女に折り重なった。
「潰れろ、ファルナレギア。貴様の剣は漆黒鉄に届かない」
この戦いの為に、何年も準備を重ねてきた。同僚の騎士は脅威だが、彼らに対する備えも機能した。
(残るはゾディアか)
この調子であれば最低でもイストサインは落とせるだろう。
街の住人を皆殺しにすれば新たな傀儡も作れる。
(後に残った障害といえばロスと──)
背後から砲撃でも放ったかのような音が響いた。
「……貴様か、レガリア」
自分の物になるはずだった。漆黒鉄すら破壊できる原石の銃。
その銃を持つのは年端もいかない不安げな表情をした少女。
「貴様は本当に邪魔な女だな」
気に入らない。
覚悟の決まっていないその表情も、銃を構え震えている手も、単なる騎兵でしかない平凡な装いも気に入らない。
この女は異物だ。自分の戦場に必要な存在ではない。
突如ファルナレギアを抑えていた鎧が跳ね飛ばされた。その場からファルナレギアが顔を出す。
(狙いは鎧か、奴を助けたか)
銃を持つレガリアの左腕は表面がほとんど炭化している。表情は痛みを堪えるように歪み、まともに照準すら合わせられない様子だ。
「さて、貴様はどうすれば死ぬのかな?」
不死身を自称する敵と戦うのは初めてではない。
過去にどんな傷を負っても一瞬で治る兵士と戦った事がある。
そいつは傷口から傀儡の肉を注ぎ込むと破裂して死んだが、同じ技は通用しなかった。
「とりあえず、埋めてやろう」
今回は窒息死だ。レガリアの足元、ちょうど血溜まりが出来た場所へ影を這わせる。
彼女の全身を覆う程の血肉の塊が被さる瞬間。
「ほう」
レガリアの周囲を周る細い糸が肉を断ち、影魔法の成形を崩した。
(奴め、原石の力に慣れ始めている)
もっと早くに殺せていればこの最高の時間に居合わせる事もなかったのだ。
レガリアの周囲を鎧で包囲する。
(奴の武器は原石銃のみ、連射が効かなければこれで──)
「がぁっ!」
背中に強烈な一撃を受けた。漆黒鉄の鎧越しにも伝わる、骨まで響く打撃。
「……っ!ロスゥ!」
「……こんばんは、グラドミス」
漆黒の杖を携えた老年の男、自分を最初に裏切ったメトラタからの刺客。
今日、最も自分が殺したい男。
槍を作り再び構えたロスを刺し貫こうとするが。軽く受け流される。
そのままロスは距離を空け、杖を大振りした。
「よく来たなぁ!決着を付けようか!」
余裕ある表情で立っているが、奴も無傷というわけではない。
戦闘で負ったような傷が服越しにもわかる。
ここで全員殺そう、全てを断ち、新たな戦いを始めよう。
「いや、もう沢山だよグラドミス」
自分の背後に何かが落ちた。
目を凝らすと奴が地面に突き立てた杖から、白輝鉄の糸が伸びている。
振り向くと、『そいつ』と眼が合う。
赤く光る銃を構えた女。
あの女、レガリアだ。
銃口は、真っ直ぐ自分の胴に向けられている。
「……死んで」
冷たい声と共に銃声が炸裂した。




