上司の上司が怖い顔して私の前に立ってるんです:1
拝啓、もう起きるくらいの母さんへ
休日行こうって言ってた買い物には行けそうにないです。
今私は縛られた状態で脱線した列車から谷底に落ちていってます。
(落ちていく……)
近づいてくる地面を他人事のように眺めていた。
土の香りがする。
「うう……ぺっぺっ」
口内に入ってきた大量の土を吐き出す、どうも顔から落ちたようだ。
(歯は折れてないわね……)
落下の衝撃で手足の拘束は外れていた。
上を見てみると谷にかかる橋が遥か高くに見える。
(本当によく生きてるな私……)
流石にこれほどの大事故に巻き込まれたのは初めてだ。
(これからどうしよ……)
周りには脱線して落下した列車の車体が地面に突っ込んでいる。
もうイストサインからはかなり離れてしまった、ヴィルヘルム達スパイの件もある。
(最悪線路沿いに帰ろうかな)
辺りはまだ土煙がもうもうと上がっている。
視界は悪いが辺りを少し探ってみた。
すぐ近くの車体の側に誰か倒れている。
「アルフレッド……」
死んでいる。頭から血を流し、下半身を落ちた車体に挟まれていた
数瞬前まで話していた人物が死んでいる事に心がざわめく。
「落ち着け私……落ち着け私……もう帰る……線路歩いて帰る……」
遠くから鉄のぶつかり合うような音がした。
(誰か生きてるの……?)
砂埃や落ちた車両のせいで遠くの様子がわからない。
音は一際煙が酷い場所から聞こえてくる。
鉄の音は先頭車両の方から聞こえてくるようだ。
(近付いてる……でも助けを呼ぶような音じゃない……誰かが戦ってる?)
音はどんどん激しくなり、地響きも感じる。
一際大きな激突音が鳴り響き、周囲の煙が晴れた。
(ヴィルヘルム……?生きてたの?それに……)
もう一つの人影がヴィルヘルムに蒼鉄の剣で切り掛かっている。
その人物は漆黒の全身鎧を着込んでいるが、重さなど意に介さぬように剣を振り、俊敏に動き回るヴィルヘルムと剣戟を繰り広げている。
あの鎧には見覚えがあった。
漆黒鉄、最も堅牢で、最も重厚な色鉄の形態。
緋鉄と蒼鉄より長い時間をかけて鍛造されるその金属は、加工にも膨大な時間がかかる。武器ならまだしも全身鎧となれば1つ作り上げるのに5年はかかるだろう。
そんな鎧を身につけられる存在は一握りしかいない。
「騎士グラドミス・アードミルド……!」
イグドラ最強の戦士達、その1人が目の前に居た。