今はオフ、今はオフ……なんでだろう、胃が痛い
「どうもこんにちは、仕事は休みですか?」
まるで友人と接するかのように気さくに話しかけてくる。
「……隊長が休みにしてくれたんです」
「良かったですね、ちょうど君を探してたんですよ」
「待ち合わせの時間には早過ぎると思うんですけど」
「話がしたいんですよ、昨日グラドミスと会いましたよね?」
この男、昨日起きた事件をもう知っているのか。
「……どうしてそう思うんです?」
「思うわけではなく、私の情報網に引っ掛かってきたんですよ。小規模の騎兵の出動があった事と、昨晩はグラドミスが館から出てた事がね、後は類推です」
「あのー、ロスさんの情報網について詳しく教えていただけません?」
「うおっほん、その話は置いといて。レガリアちゃん、原石武器が目覚めましたね」
ロスが私の左腕を差す。
「……」
仕方なくホルスターから銃を取り出し、袖をまくる。
「ふむ、そんな風に」
原石銃、元は鉄製だったが今や色鉄の輝きを放つ中口径のリボルバー拳銃。そして血管の辺りから生えて私の意志で動く白輝鉄の糸。原石に侵食された結果生まれた私の武器だ。
「ロスさん、これは貴方が作ったんですよね?」
「ええ、グラドミスが用意した原石を私が銃にしました」
「……色々聞きたいです、この銃についても、原石武器についても」
「もちろんいいでしょう、ただ日中に訪れたい場所があるんですよ。話は歩きながらでどうです?」
嫌なお誘いだ、情報収集も大事だが自由時間をこれ以上奪われたくないというのが本音だ。そもそもこの男に着いて行って危険はないのか。
「用がある場所ってどこです?遠いんだったら断りますよ」
「グラドミスの屋敷です」
「……は?」
イストサインは大きく三つに分けられる。産業の中心地である工業区、市民の生活の場である居住区、そして貴族達が住む街の上層、通称貴族区だ。
テラス川の上流を沿って立ち並ぶ貴族区の家々は雰囲気が良いイストサインの名所になっている。
「ほら、もう着いた。大した距離じゃなかったでしょう?」
ロスが杖で目の前の家を指す。
(私何でコイツについて来たんだろ)
昼時偶然出くわしたロスからは原石武器の話を少し聞くだけで退散するつもりだった。それがいつのまにか他国スパイの空き巣に同行している。
「騎士が住むにしてはなんか、地味な場所ですね」
煌びやかな建物が並ぶ貴族区の一画、というには薄暗い場所だ。二階建てだが背の高い建物に辺りを囲まれていて庭も狭い。とても国を代表する戦士の住む場所とは思えない。
「こういう地味な雰囲気の場所は貴族に人気があるんですよ」
「えー?どうしてこんな場所欲しがるんですか?」
「男の貴族が、後ろ暗い遊びを楽しむのに人気なんです」
聞かなければよかった。でも聞いたお陰で何を目の当たりにしても落ち着いていられそうだ。
軋んだ音を響かせる門扉を通り過ぎ、狭い庭を越えドアの前に着く。
「ちょっと待ってくださいね」
ロスが小さな針金を鍵穴へ差し込む、手慣れた様子で針金を動かすとドアが開いた。
「ロスさん、前にここへ来た事は?」
「ありません、この場所を掴んだのがつい二日前のことなのでね」
玄関に置いてあった燭台を持ち、ロスはずかずかと暗い室内へと入っていく。
(……私、入って良いのかな)
相手がグラドミスなので感覚が麻痺していたが今している行為は歴とした犯罪である。本来ロスとも敵対しているのだ。
(なんだか嫌いになれないんだよね、ロスさんのこと)
隣人であった時間が長いからだろうか、会話していてつい日常を感じてしまう。
(まあ、一応は協力してグラドミス倒すって方針決めたし、いいかな)
少なくとも私はグラドミスを嫌い抜くことに決めている。
ロスについて行くように、暗い屋敷の中へ足を踏み入れる。嫌いな相手の私生活を暴くのに暗い歓びを感じているのも確かだった。
薄暗がりの中で何かを見つけた。人影だ。
「おっと、見張りが」
ロスが杖を一振りすると杖先から放たれた糸が人影を縛り上げていた。ロスの持つ杖の機能だ。
「気をつけてくださいね、彼らが消えればグラドミスに知らせが行く」
「知ってるんですか、この……この人たちについて」
「言葉を濁さなくて良いです、元は人間でも今は死体ですよ」
壁に貼り付けられた影はじっとこちらを向いている。侵入者に対したグラドミスの備えだろう。
「グラドミスは死体を材料にして己の武器へと変える。奴の原石武器の力です」
「奴の原石武器についてどれくらいわかってるんです?」
「あとは、日光に弱いくらいですかね。一時は協力関係でしたがお互い信用し合っているわけではなかった。君の方が奴の能力について詳しいのでは?」
広間のような場所に着いた。ロスがガス灯に火を灯し部屋全体を明るくする。
「アイツ空飛べますね」
「ああ、初めて会った日も飛んできてましたね。君も生で見たんですか?」
「……昨晩、グラドミスと戦いました」
「ほう、よく無事でしたね」
「カティア隊長のお陰です」
「それだけじゃないでしょう」
部屋を物色しながらロスが私の腕を指差す。
「君の原石も昨晩目覚めた。今の君は何が出来るんですか?」
「……わかんないですよ、ちょっと糸飛ばしたり銃が熱くなったりするくらい」
「その銃撃ちましたか?漆黒鉄の破壊を見据えて調整したんですよ」
「……奴の鎧にヒビを入れてやりましたよ」
「ほう」
ロスが嬉しそうにこちらを見た。少し興味がこちらに移ったようだがすぐ視線を外す。
私も広間を眺めるが殺風景な空間があるばかりだ。人が生活している形跡もない。家具は埃が積もった机や椅子のみである。
「その銃はメトラタの大砲を元にしたんです。とある要塞に置かれたその大砲は騎士の鎧を破壊した」
ロスが本棚すら置かれていない壁を叩きながら説明を始める。
「砲身に使われた加工式を元に銃を作ったんです。ただ試射した撃ち手がが悉く死んでね、持て余すところだったんですよ」
ロスが扉を叩くのをやめる。
「奴には、何か考えがあったようですが」
そのまま壁にかかる燭台に触り、傾けた。彼の正面にある壁が下りて、新しい空間が広がる。
「そうそう、こういう場所があるんですよ」
満足気にロスが呟いた。
隠し通路の先には石造りの階段があった。
「暗いですね、足を踏み外さぬよう」
石造の壁に階段、暗さも相まって非常に閉塞的な印象を受ける。先には一体何があるのだろう。
「ロスさん、グラドミスは革命の為に原石銃を作らせたと言ってました」
「革命、なるほど。亡命は建前でしたか」
「……そんなこと出来ると思いますか?いくら死体を兵士に出来るといっても」
「計画次第だと思いますよ、イグドラ相手にどこまで戦うのか見ものですが」
地下を降りていくと巨大な鉄の扉の前に着いた。
「おやおや、蒼鉄とは随分と厳重ですね」
「開かないですよ、何かあります?」
すぐさまロスが杖を持ち、扉の閂に鉄糸を纏わせた。
「……離れて、階段の方へ」
「壊すんですか?空き巣がバレますよ?」
「何があるか気になるじゃないですか」
既にロスは扉を破壊しにかかっていた。扉の周りのレンガが崩れ始めている。
(生き埋めになるかも)
咄嗟に扉から離れ、階段の近くからロスの行動を見守る。
あの老体のどこにそんな力があるのか、扉が少しずつ持ち上げられつつある。
(ロスも、原石武器に侵食されてるのよね)
あの力も原石由来の物なのだろうか。
しばらくするとレンガが崩れ、蒼鉄の板が床に倒れた。
ロスはすぐさま地下室の奥へと入っていった。
辺りには土煙が立ち込め視界が悪い。
「なるほど、革命を画策するだけの事はある」
「何があったんです?」
ロスがなにかを見つけたようだ。扉の先には思ったよりも広い空間が広がっているらしい。
「量は少ないが、質はとんでもない」
「何見つけたんで……」
部屋の奥はまさに武器庫と言った有様だった。
銃、剣、鎧、何人分あるのだろうか、どの武器も色鉄製だ。
漆黒鉄製の鎧も五体並んでいる。
「これ全部グラドミスの……?」
「個人で集められる限界と言ったところでしょうか、しかしあの成り騎士がここまで……」




