仕事辞めたい……
声が聞こえる。
「もしもし、聞こえますか」
誰の声だろう、聞き覚えがある。
「聞こえていますね、レガリアさんと塔子さん、それと──」
聞き覚えのある声は私たちに呼びかけているようだ。
「お二方のようですね、時間がないので手短に。そちらで想定外の事態を観測しました」
イライラしているような早口の語り。
「先刻貴女を傷付けたのは回収を免れたこちらの遺物です。本来破壊しておくべき物が貴女の前に現れてしまった。お手数ですが貴女の世界に残った……原本……原石?を全て破壊していただきたい」
妙な夢だ。嫌に意識がはっきりしている。そろそろ起きたい。
声が少しずつ遠く、ぶつ切りになっていく。
「確認したところ残り……にじゅ……残っているようで……全て壊し……」
目が開いた、いやまだ夢だろうか。
「……て破壊していただけ……ば願いを……つ……」
◇
(寒……)
夢と現実の境目、寒さが私の意識をはっきりさせる。
(ここ……どこ……)
地べたに座らされているようで膝が冷たい。
意識が明瞭となるにつれ、腹部から痛みが広がりだした。
痛みと同時に思い出す。
(そうだ私、グラドミスに撃たれて……)
そして今居場所が地下牢めいた場所であること、手足を鎖で繋がれている事に気付いた。
「おーーい!誰か居ないの!」
声を張り上げてみるが大して意味がある行動とは思えない。
(……お腹痛っ!)
グラドミスに原石銃で撃たれた場所から鈍い痛みが響いてくる。
どういう訳か傷は塞がっている。
(原石銃の糸……)
暗闇だがぼんやりと視認できる。腹部から原石の糸が出ていた。
(そういえば隊長の手当をしてたな)
(困った……することが無い)
牢に入れられてわかったのはこの場所は果てしなく退屈であるというだけだ。
流石の原石の糸も鉄は裂けないらしくぼんやり漂っている。
頭の中で不安なことリストを作るのにも飽きたので寝ようかと思った時だった。
(足音……)
鉄の足音、鎧を着た誰かがやってくる。
身を固くしていると黒い鎧が歩いてきた。
(昼間の……?いや、手脚がちゃんと付いてる)
グラドミスが操っているのは間違いないであろうその自動鎧は牢の扉を乱暴に開けた。
そのまま私を掴み引きずるように暗い廊下を進む。
(ここもグラドミスの隠れ家なのかな)
少なくとも昼に忍び込んだ建物ではない。
鎧が書斎のような部屋の床に私を下ろした。
「ご苦労」
灯りが一つ、机の上にしか無い部屋で椅子に腰掛けたグラドミスが鎧に声をかけた。
「……鎧しか話し相手がいないの?」
顔面に黒い槍が飛んできた。怪我は負わないが衝撃が頭と首にかかる、けっこう痛い。
グラドミスは虚な目で私を見ている。
「貴様の頑丈さは常軌を逸しているな」
立ち上がったグラドミスは病人怪我人を通り越し死ぬ寸前といった様子だった。
「死なない人間というのは……なんとも厄介だ」
服も顔も焼け焦げた後が残り、影で形作った右腕は今も崩れていっている。
「へぇ、原石銃はよく効いたみたいね」
机の上に置かれたもう一本の原石銃も漆黒鉄の外装が剥がれていた。漆黒鉄でさえ原石銃の反動を殺しきることは出来なかったようだ。
「どこまでも腹立たしい女め」
「私もアンタが心底ムカつくわ」
お互い嫌いあっているという点で私とグラドミスは同じだ。
「……この重いの外してくれない?腕が上がらないんだけど、もしかして漆黒鉄?そんなに私が怖い?」
鎖をガチャガチャ鳴らしながら挑発するが無視された。
「……時間だ」
グラドミスが崩れかけた右腕を振る。同時に先程私を運んだ鎧が部屋に戻ってきた。手には赤い銃を持っている。
「原石銃……?」
「貴様の銃だ」
鎧が私に銃を向ける。
「頭を撃てば、さすがの貴様も死ぬだろう。だが貴様にはこれからやってもらうことがある」
再び鎧が私を持ち上げ、グラドミスと共に部屋を出た。
「こんどは何処よ?もう帰してくれな──」
「喋るな、腹が立つ」
鎧から出てきた影に口をふさがれた、グラドミスはかなり自由に鎧を操れるらしい。
階段を上がり、ベランダに出た。結構高い位置にある建物のようでベランダから夜のイストサインを一望できる。
時刻は深夜だろうか、街灯が街中を淡く照らすなかなか良い夜景だ。
(こんな状況じゃなけりゃ楽しめたかもね……)
「始めよう」
グラドミスが言うと同時に、彼の背中、頭、足元、から黒い糸のような影が夜空へ飛んだ。
「私は常に影達と繋がっている」
(……あの怪物たちは全部グラドミスの一部だった)
「いよいよ開演だぞ。喜べ騎兵、貴様は特等席で私の劇を眺められる」
(まさか……!)
グラドミスが大仰に手を叩く。
同時に街中から建物が砕ける音がした。
(鎧だ)
昼間見た漆黒鉄の鎧、蒼鉄の鎧、影の人型達。
複数の建物から出たグラドミスの傀儡がイストサインに解き放たれた。
「言ったはずだ」
原石の糸を使ってどうにか逃げようとする私の顔を掴み寄せ、グラドミスが笑う。
「貴様の家族も、友人も、そうだな……故郷も私が奪ってやる」
街に恐怖のざわめきが広がりだした。
「貴様にこの光景を見せてやりたかった」
(悪趣味な奴)
「最後に聞いておこう」
グラドミスが顔をこちらに向ける。
「私に協力する気は?」
思考が巡る。形だけでも首肯すればこの場はどうにかなるかもしれない。いやでも隊長にもロスにも悪いような、私のプライドも邪魔してくるような──。
「フ……貴様の意志など要らんな」
グラドミスの手が私の胴、銃で撃たれた場所を抉った。
「──っ!」
指が傷口を突いて身体の内側に侵入してくる。
「そうか、内側は通るのか」
鉄糸の防壁は突き破られ、グラドミスによって傷口を広げられる。
腹に重い異物感がある。グラドミスの腕から出る影の触手が私の内側を侵食していく。
「さよならだ、確か……レガリアだったかな」
視界だけが正常な中、意識が暗転していく。
◇
「君がグラドミスだね?」
私の前で男が言った。
「はじめまして、私は君の血縁者なんだよ。ようやく見つけた」
男は私を遠い血縁であると言ってきた。
孤児の自分を引き取りたいと申し出てきた男だ。
「これからよろしく頼むよグラドミス……アードミルド」
アードミルド、確かそう男は名乗った。
「今日から、君と私達の苗字だ」
男は私に色々なことを教えた。読み書きに立ち振る舞い、教養、技術、全て必要な事だと男は言った。
「くそっ……どうしてなんだ!どうして母さんを殺さなければならない!」
その日、男は荒れていた。家に帰るなり家具に、壁に、私に当たり、何度も私を怒りの目で見て。
「どうして……貴様ではないんだ……!」
泣いていた。
ある日から、男はずっと家に居るようになった。
「グラドミス、見てみろ」
男は自分の身体から黒い糸を出した。それだけではない、男は糸から黒い鎧を作るようになり、鎧が一式出来るとそこに何かを詰めていた。
「いつかその時が来る、これは準備だ。我が一族の為……いや、私の為、お前の為に……だが、まだ足りない……我々の憎しみは……」
男はよく頭を抱えていた。
家の地下には幾つも鎧が置いてあった。
「見事だろ、一族がずっと準備をしてきたんだ」
その頃、既に男の顔色は病に犯されたように悪く、眠れていないのか目元に隈ができていた。
男は鎧を操って見せた。
「お前も、いつか出来るようになる」
昔、男はよく笑っていたがその頃彼に表情は無かった。
「ハハ……ハハハ……」
その日男が久し振りに笑った。
「どうして今……私の代で……どうしてなんだ……クク……」
男はおかしくなっていた。常に地下に籠り、病人のような顔で頭を抱えている。
手紙は、イグドラ王家から来ていた。
その夜、男は私に話があると言ってきた。
「グラドミス、私は汚い人間だ」
彼は私に黒い籠手を手渡した。
「これをお前に任せる」
真っ黒な籠手は重く、冷たい。
「それはアードミルド家の宝、原石から造られた鎧だ」
男は私を見ている。
「嵌めてみろ……私達は、その鎧を持って家督を継ぐ」
漆黒鉄で出来た籠手は、右腕に吸い付くと突然重みを失った。
「力と記憶、憎しみを引き継ぎ、次の世代へ願いを託す……王家への復讐の為に」
頭の中に、ざわめきが広がりはじめた。
「……私はこんな物を継ぎたくなかった。お前に先代を……母を殺して欲しかった」
私の右腕から、黒い塊が溢れ出た。
「もう、私には何も無い」
黒い塊が、私の物でない殺意が男を覆い、身体を少しずつ引き千切っていく。
「すまない……グラドミス……お前に……呪いを残して……」
男が私を見た。
「お前は……お前の生き方を見つけろ」
男はもう、私の前から消えていた。
その時から、声は聞こえ続けている。
頭の中で、怨嗟の声が響き続ける。
それから王に呼ばれ、兵として戦場に立った。
あの男から教えられた『必要な事』は役に立った。
寝ても覚めても喧しく聞こえ続ける『声』は悩みの種だったが、戦っていると『声』を忘れられた。
戦いは、私の性に合っていた。
『声』が私に鎧の力を伝えてくる。日に日に酷くなってくるその声はいつも同じ事を繰り返してくる。恨みを晴らせ、復讐しろ、王家の奴らを、この国を、一人残らず、滅ぼしてしまえ。
私を育てた男も、同じ言葉を聞いたのだろう。
「準備は続けている」
何年も過ぎ、『声』は私の一部になりつつあった。
「いつか、お前たちの願いを叶えてやる」
◇
私は夢を見ない。
この光景は、塔子の夢──彼女の記憶を除く時に似ている。多分これは、グラドミスの記憶なのだろう。
……夢なのに、意識がはっきりし過ぎている。
(寝てる場合じゃない)
起きてイストサインを守らないと。
意識はあるが、感覚が現世に戻ってくれない。
(どうしよう……もしかして死んじゃったの?)
私は走馬灯を見ているのだろうか、しかし最後に見るのが他人の走馬灯とは。
突然、目前の風景が変化した。
「塔子……塔子……」
誰かが呼んでいる。
病室の音だ。
泣きそうな声で、母が私に呼びかけている。
そうだ、これは私が死ぬ前の──




