夜勤前は寝るに限るのです。寝ないとやってられないのです
身体が痛い。
視界が暗転し全身の体温が上がる、嫌な汗が噴き出す、立っていられなくなる。
「塔子!?大丈夫?」
母の声、私の意識ははっきりしているが返事を返せない。
(嫌だ)
覚えている、これは塔子が死ぬすぐ前の夢だ。
早く目覚めないと死んでしまう。
死にたくない、早くこの痛みから逃れたい。
サイレンの音、私を呼ぶ声、恐怖。
ぶつ切りにされた塔子の強い感情が、私に流れ込んでくる。
◇
目が覚めた。
寒い。背にじっとり嫌な汗をかいている。
(そっか、家帰ってすぐ寝ちゃったんだ)
鼻をかむたびにくしゃみが出る。くしゃみするたびに寒気が走る。
(風邪ひいてないよね……)
寝覚めが悪い。まだ痛みが残っているような気もするし死への恐怖感も拭えない。
(やな気分……これから仕事なのに)
外を見ると夕暮れ時だった。
(なんだか落ち着かないな)
夜の闇の中でグラドミス達に追われたからだろう。暗闇を見ると胸騒ぎがする。
「……母さん?」
家の中は暗い。着替えてからすぐ寝てしまったせいか戸締りも点灯もしていなかった。
(まだ帰ってこないの……?)
母の仕事は夕方には終わる、いつもなら家で夕飯の支度等をしている頃だが。
「うう……遅いだけだよね」
不安だ。制服に着替えている最中も胸騒ぎが収まらない。
「買い物とかのはず、それか仕事場の人と呑みに行ってるとか……」
思考はぐるぐる周って妄想が暴走する。行き着くのは不安の在処、もしも母が奴に狙われていたら。
(もうグラドミスに殺されてたら……)
考えに至った瞬間、居てもたってもいられず動き出す。
(まだ時間はある、母さんの職場に行って安否を──)
「ただいまー……どうしたの?」
玄関の前、ドアを思いっきり開けようとした瞬間に母が帰ってきた。
「……お……おかえり……どこ行ってたの?」
「買い物」
じゃがいもが沢山入った袋を渡された。
本当に杞憂だったようだ。安心感とともに脱力する。
「どうしたのよただならぬ顔して。今から仕事?」
「いやもうちょっと後……」
「夕飯食べる?」
「いらない、今から隊長と仕事がてらに……」
急に私の意識が別の方向に向いた。家の外の通り、陽の当たらない暗がりに。
(指先から……原石銃の糸が伸びてる)
「レガリア……?」
糸の先、そこに一体人影が立っている。
(……グラドミスの影!)
幻覚ではない。
瞬間、母の手を引いてその場から退散していた。
「どうしたのよ!?」
「変質者がいるの!とにかく人通りの多い場所へ──」
目の前に一体走りこんできた。危険を感じ腕を振るう。
原石銃の糸が影へ絡みつき、動きを抑制する。
(邪魔しないでよ!)
怒りとともに糸を引き払い、さらに家から追いかけてきていたもう一体の影にぶつけた。
二つの影がぶつかり、柔らかい音と共に肉片が飛び散る。
(まずい)
殺してしまった。グラドミスは影が消えた事を察知できる。これが私を探す為放たれた刺客であればものの数分で奴が飛んでくる。
母は脚が悪い、一人で走ることが出来ないのだ。
「レガリア、これってカティアが言ってた騎士の事に関係があるの?」
「え……?うん、そう関係ある」
母は落ち着いている。
「騎兵隊の支部に向かいましょう、あそこなら守ってくれるわ」
「そうだね、わかった」
そうだ、焦る必要はない。逃げこむ場所も守ってくれる人もいる。
母の手を引き、大通りを目指す。
夕暮れ時は過ぎた、空は暗く、黒い。
目指す安全地帯はイストサインの騎兵支部。
早足で向かえば十数分で着くが走れない母と一緒だと時間がかかる。
「この道抜けたら大通りよ、人がいるわ」
(人通りのある方……だけど)
私は気が気でない、頑丈な自分の体なら怪我をすることも死ぬこともないだろうが母は違う。それにグラドミスがどんな行動をしてくるかも未知数だ。
「レガリア、前にいるわ」
新たな影の刺客だ。もうなりふり構っていられない。原石銃を撃つ。
いとも簡単に影が弾け、欠片が地面に溢れる。
(……こんなに脆いっけ?)
昨晩相手取った影達はまだしぶとかった。
「また来たわ……キリがないのね」
更に数体、道の前後からやってくる。倒れた影が更に影を呼ぶように。
(足止めされてる)
間違いない。影達は少しずつ包囲を狭め、動きを制限してきている。
突如、背中を鋭い感覚が走った。私の腕と銃から伸びていた鉄糸が警告するように高速で浮遊し始める。
「どうしたのレガリア?その糸は……」
(何かに反応してる……危険を伝えようとしてる)
思い当たる相手は一人しかいない。
「騎士が……グラドミスが来る」
あの音、夜の闇を裂いて飛んでくる奴の翼の音が今にも聞こえてきそうだ。
「母さんは隠れて、どこか別の場所に──」
「貴女はどうするのよ?」
ダメだ、このままだと心配させるだけだ。
深呼吸し、思考を整える。
「私は今から……敵を足止めする。母さんは先に支部まで行って増援を呼んで」
通りを塞ぐ影を銃で撃つ、脆い影が弾け飛ぶ。
「レガリア、貴女は平気なの?」
心配を隠せていない声だ。
「大丈夫だって」
私は余裕そうに振る舞う。
「知ってるでしょ、私は不死身、怪我もしないよ」
言い放って、笑みを浮かべる。カティア隊長が見せるように。
危機を告げる原石の糸が空の一点を指し始める。もう時間がないようだ。
「また後でね!絶対隊長呼んでよ!」
私は母を置いて、大通りとは別の方向へ向かう。
途中影が私に向かってくる。その全て鉄糸で倒す。糸で影の体を捻じ切り、捕まえ叩きつけ、勢いをつけ切り裂く。
原石の糸も少しずつ私の意識に馴染んでくる。
(……もしかしてグラドミス来ない?)
時間が圧縮されているようだ。大した距離は進んでいないのにもう数十分逃げた気がする。ほんの数分でも何も起こらない時間があれば思考は楽天的になる。
けれどそれは一時の事だ。
(聞こえる)
昨日あの森で聴いた音。私を追いかけてくる恐怖の音。
夜空を裂いて、翼の音を立て、目の前にグラドミスが降り立った。
グラドミスが降り立つ瞬間、原石銃を構える。
銃が熱を帯び弾丸を放とうとする。
だが、引き金を引けない。
「なんで……!」
指に真っ黒な触手が絡み付いていた。
「今度は逃さん」
グラドミスの声だ。
鎧は着ていない、昨夜見た時と同じ姿のようだが服の上から漆黒の手甲と胴当てを装備している。奴の鎧、原石武器の一部だろう。
触手が私を引きずろうとするが原石銃の糸が触手を断ち切ってくれた。
急いで奴から距離を空ける。夜道を駆け、家屋の物陰に隠れつつ様子を伺う。
(相手は戦争の英雄……正面から戦っても勝ち目はない)
「見えているぞ」
暗闇から奴の声が聞こえた。足に触手が絡みついてくる。
「私を誰だと思っている。夜は私の時間だ」
糸が触手を断つ、隠れ続けることも出来ないとなるともう打つ手がない。
「どうしてこんなに私に執着するのよ!」
「用があるのは貴様の力だ」
「武器なら立派な物をお持ちじゃないの!」
グラドミスに糸を放つが触手を何本か切っただけだ。
「貴様は理解していないのだ。どれだけ重要な能力を腐らせているのか」
迫ってくる触手を原石の糸に任せ、グラドミスに銃弾を放つ。
だが、彼の周囲に集う影達が肉壁となり銃弾が届かない。
少しずつだが、私は己の意志で原石銃を扱えるようになってきている。
けれど、初めてこの銃を撃った時、そしてモンドを助けた時のあの威力には届いていない。
(あんまり強過ぎるのは困り物だけど)
この窮地を打開する為にはグラドミスを怯えさせるほどの銃の破壊力が欲しいのも確かだ。
影の触手が減ってきた気がする。グラドミスはこちらを攻めあぐねている様子だ。
(……そういえば、アイツの影って無限なの?)
グラドミスが鎧の力を引き出す時は常に死体や肉片が辺りにあった。
(アイツの周りの影を倒していけば、いつかは息切れする)
自分の周囲を糸に守らせたまま、グラドミスの周りに影達に銃弾を撃ち込んでいく。
(今、奴の戦力を削っておけば──)
「貴様を殺す方法を考えていた」
こちらの様子を伺っていたグラドミスが、口を開いた。
「思い至ったのは、その銃だ」
奴が懐から一丁の拳銃を取り出した。




