下手に帰る期待持つよりもう泊まり込むって意気込みで仕事するのが気持ちも軽くなります:3
目の前が真っ暗だ。
「新たな原石武器がどのような物かと思えば……期待はずれも甚だしい」
グラドミスの声だけが聞こえる。無理もない、顔面が地面にめり込んでいるのだから。
「よもやこのような小娘に腕をもがれるとは」
頭を掘り起こし、グラドミスを見据える。
私の生活を掻き乱し、悪評ばかりが流れるこの男に対し、私は苛立ちを感じていた。
「騎兵、貴様は自身には何の価値もないが貴様が隠し持つ原石には大層価値があった」
脅すように背中の翼を蠢かせながら、グラドミスは語る。
「今はまだその片鱗も見えないが、力が目覚め、扱いを心得れば騎士共に対する切り札となる」
「グラドミス……貴方は本当に騎士を……イグドラを裏切ろうとしているんですか?」
「……なるほど、ロスから聞いたか」
グラドミスの意識が、少しこちらに向いた。
「ええ、メトラタの亡命を画策している事も、他の騎士を殺す為に原石武器を作らせた事も!」
「そうか、そこまで聞いたか。だが奴に語った言葉も全てではない」
グラドミスが大仰に手を振り上げる。
「目的はメトラタへの亡命ではない。革命だ!私はイストサインを中心に私の軍隊を作り上げる。メトラタでもイグドラでもない新たな勢力だ」
彼は舞台俳優のような仕草で滔々と語る。
「私の影を使えば、あらゆる人間は私の操る傀儡となる!私が騎士として得た力、一夜にしてメトラタの軍勢を滅ぼした力だ!私なら烏合の衆のメトラタを滅ぼし、イグドラを我が手に収めることすら出来る!」
(コイツ、正気なの?)
どんな力を持っているにせよ、個人で可能な事だとは到底思えない。
「騎兵、貴様は私の庇護下に置いてやろう。貴様の原石武器は複製が可能だ、そのように設計した。私の兵達全員が装備できるよう。我が軍勢は破壊の限りを尽くし、そして──」
突然、グラドミスが言葉を切る。
思考にでも詰まったのか、先程からずっと輝いていた眼が少し虚になっている。
「そうだ、やるのだ、私がこの国のくだらん貴族共に鉄槌を……奴らを殺してやる……」
明らかに普通の様子ではない。
「……貴様、騎兵よ、私に仕えろ」
頭痛でもするのか、頭を押さえたグラドミスが語りかけてくる。
──背後、炭鉱の方から小さな爆発音が聞こえた。
「貴様の家族、友人は助けてやろう。ここで決めろ、従わなければ貴様の大事な者達から──」
一際大きな爆発音が背後から私を襲った。砂埃が辺りに立ち込める。
「目を閉じろレガリアッ!」
カティア隊長だ。
声を聞いた瞬間目を固く結んだ。
発砲音が響き、瞼越しにもわかる強い光が辺りを照らす。
「ぐぅっ!なんだこれは!」
隊長が私の手を引き、森の方へ駆ける。
去り際にグラドミスを一瞥する。
彼の右腕は光を浴びたせいか形を維持できずに地面に溶け出していた。
「走れレガリア!少しでも奴から離れるぞ」
隊長が私の手を握り、森をかける。その先には村長が走っている。
夜の森、一寸先には暗闇が広がっているが、力強い隊長の手に引っ張られるのには不思議な安心感があった。
(アイツに仕える……)
去り際のグラドミスの提案が頭をよぎった。
(死んでも嫌だわ)




