もう定時で帰れる気がしません
「……外れか」
貯蔵庫の中には、大量の色鉄。どれも加工前で原石色鉄特有の色味──光を反射し黒をベースに極彩色に色が移ろう物が積まれている。
原石武器の手がかりを探し、これはと思った貯蔵庫に当たりを付けたが、どうやら外れのようだ。
ここはイストサイン西部の村。ほとんど炭鉱の採掘と貯蔵の為にあるような場所。
「言ったろ?この町じゃ確かに色鉄の採掘も貯蔵もするが、加工の為の設備はねぇよ」
つい最近出来たばかりの村らしく、いかにも開拓者と言った若い労働者が私達を案内する。
炭鉱が深く掘り進められ、色鉄の供給が増えれば、この村もいつかは街になるのだろう。
「この辺で最近妙な事件は起きなかったか?」
カティア隊長がこの村を案内してくれた男に尋ねた。
村長と紹介されたが、筋骨隆々なその姿は村長というより炭鉱の親方だ。
「いーや、平和なもんだ。ウチの者はみんな穏やかでさぁ。騎兵さん方が出張ってくるような一大事は何もねぇよ」
一応炭坑の入り口にも案内される。
「ここで珍しい原石が発掘された事は?」
「んん?色鉄なんてみんな同じだろ」
今のところ本当にただの村だ。
「……そうだ、この男を知らないか?」
隊長がロスの写真を渡す。
「んん……?すまねぇが心当たりはねぇなそもそもこんな爺さんが炭坑に来るとは思えねぇな」
ごもっともである。
ふと、列車に乗る前駅員に聞いた言葉を思い出した。
『あの辺で最近落盤が起きたんだよ』
「あの、村長さん。この村の近くで最近落盤事故が起きたと聞いたんですが、何日前くらいかわかります?」
「ああ、それならわかる。ちょうど5日前だ」
「場所はわかりますか?」
「……ちょっと待てよ嬢ちゃ……騎兵さん。まさかそこに行くって言うんじゃないだろうね?」
案内したくなさそうだ、なんと答えたものだろうか。
「村長さん、話によっては向かう事になる。今は手掛かりが一つでも欲しくてな、どう言った場所か教えてくれないか」
隊長が助け舟を出してくれた。物凄く有難い。
「わかったよ、ただ笑わないでくれよな、その落盤があった炭坑ってのはな、掘ったは良いが色鉄が出ないってもんで結構深く潜ったのに閉鎖しちまったんだよ」
ここで少し村長が頭を抱え出した。
「しかしなぁ、そう言う場所には付き物なんだが……その炭坑、幽霊が出るって言う噂が立ち始めたんだ。人の形だけをした黒い幽霊……まあ噂話なんだがね」
「ほら、着いたよお二人さん」
夕暮れ、太陽が沈み始める頃。
私と隊長、案内を頼んだ村長三人で、落盤の起きたという炭鉱に来ていた。
「これが入り口か」
カティア隊長が指した入り口は、ただ木材で封鎖されただけでなく、山の方から落ちてきたと思われる土砂によっては蓋までされていた。
「あーあ、こりゃ酷えな。土砂退けるのにも3日はかかりまさぁ」
隊長が腰のホルスターから何かを取り出した。
……この時点で嫌な予感がする。
「村長、この炭鉱はもう使う事はないんだな?」
「え?ええまあ、元々封鎖してあったし、ここまで埋まっちまったら……」
「村長、レガリア、この辺りを爆破する。離れて耳を塞いでおけ」
隊長が服の袖を捲り、彼女の右腕が露わになる。
そこには暗く濃紺に輝く手甲が嵌めてあった。
彼女がイストサインの技術者に作らせた。大砲と鎧、色鉄の技術を集結させた逸品だ。
「おお、こりゃ見事……こんな見事な色の蒼鉄見たこたねぇ」
何処から取り出したのか、既に隊長はサングラスを付けて肘に付いた弾倉にカートリッジを詰め込み始めていた。
車中で見せられたものとは違うが、これから何をするかの想像は難しくない。
「眺めてたければそこに居てもいいが……目だけには気をつけろ」
隊長が炭鉱の入り口に近づき、手を正面に向ける。
「いやぁ、こりゃ凄いものが見れそうで……」
「言ってる場合じゃないです隠れますよ!」
急いで村人を集め木陰に逃げる。
何かの弾ける音がした。
しかし思ったよりも小さい。もう大丈夫かと、木陰から顔を覗かせた瞬間。
大量の土砂が壁となって私の顔を塗り潰した。
続いて音。森中の鳥が驚き飛び立って行くほどの轟音。
「うわぁぁぁぁ目がぁぁぁぁ!」
「……何やってるんだレガリア」
痛みはないが、目に砂が張り付き気持ち悪い。
指で拭うとびっくりするほど砂が落ちてきた。
「嬢ちゃん顔真っ白だぜ、目ぇ見えるか?」
炭鉱の入り口の土砂やら岩やらは綺麗に取り除かれていた。
「ふむ、上手くいったな。封鎖まで綺麗さっぱりだ」
手甲から白輝鉄糸が飛び出し、カートリッジを排出する。色鉄製のカートリッジに施された加工式は完全に焼け焦げて原型を留めていなかった。
イストサインは金属が主産業、もちろん採掘も各地で盛んだ。
『言うこと聞かなかったら炭鉱送りにするぞぉ』
子供の頃のトラウマ、母の脅し文句が頭に浮かぶ。
先程の幽霊話を信じるわけではないが、過酷で人死が頻繁に起こる炭鉱に対しイストサインの住人が持つ印象は明るい物ではい。
「騎兵さん?まさかこの中全部調べるって訳じゃないでしょうな?」
村長が心配そうに声をかけてきた。
無理もない、時刻は夕暮れ、陽が沈みだした頃だ。
彼も早く村に戻ってゆっくりしたいだろう。
「入り口周辺を見るだけでいい、人の形跡を調べるだけだ」
有無を言わさず隊長はランタンを持ち、炭鉱へと進む。
私もランタンを構え、隊長に続く。
「嬢ちゃん、苦労してんだな」
苦笑しながらでも、村長は付いてきてくれた。
怪しげな痕跡は、すぐ見つかった。
(見つかるなよ……)
その瞬間、村長と私の意識はきっとリンクしていた。
「血痕に見える、新しいな」
坑道の床、線路に通る箇所にべっとり赤いものが付いている。
「村長、しばらくここに人が来ていないのは確かだな?」
「ああ、半年前この辺は完全に引き払った」
「……古い血痕には見えない、最近この辺で怪我をした者は?」
「多少のけがは日常茶飯事ですが、これは……」
床の赤黒いシミは出血と考えればかなりの重症だ。
「もう少し進んでみよう。村長、この先はどうなっている?」
「一本道ですよ、枝道はあってもほとんど広げてねぇ」
坑道を進んでいくとさらに多くの血痕が辺りに点々と現れる。
「ここで戦闘が行われたのは間違いないな」
「……隊長、ここが例の場所なんでしょうか」
原石武器が作られ、ロスが奪い去った場所。
ここがその現場なら、彼は人を大量に殺しながら逃走したことになる。
「……ほぼ確実だな。後は証拠を、加工が行われた場所を見つけるんだ」
暗い坑道、ランタンで先を照らし進む。
「……誰だ」
隊長が何者かに気付いた。
灯りの先に一つの影が姿を現す。
光に照らされた瞬間、影がとびかかってくる。
「危ないっ!」
とっさに身体が動き、先頭を進んでいた隊長の前に立つ。
瞬間体に刃物が当たる感触。そして打擲の音。
私を切りつけた影の頭が隊長の拳によって吹き飛ばされる。
「……あまり無理をするなよレガリア」
「嬢ちゃん大丈夫かい!?怪我してねぇよな?」
ランタンで隊長が殴りつけた影を照らす。光を浴びた影が昨日と同じように溶け、床にシミを作った。
先程から見かけるシミと全く同じものだ。
「……影魔術、なるほど影で傀儡を作る技か」
以前見た、騎士グラドミスの背から生える黒い翼を思い出す。
グラドミスが人を殺し、彼の背に現れた赤黒い腕型の翼。
地面に広がる赤黒いシミを見つめる。
ほのかに腐臭のするそれを見て、嫌な汗が背筋を垂れた。




