休日なのに連絡入れてきて仕事に駆り出すの本当にやめてください
ずいぶん昔の記憶を夢で見たような気がする。
懐かしさを感じつつ私──レガリアは目覚めた。短めに切った灰色の髪を掻きつつねぐらの二段ベットから降りる。下ではまだ母が眠っている。昨夜は遅かったのだろうか。
窓の外を見ると街のメインストリートが広がっている。時計を見ると6時前だ。それでも商店が暖簾を上げ始め、工房のある通りの建物の煙突から蒸気が上がっている。
ここはイストサイン、職人たちの住む鉄と蒸気の街。
生まれてから18年の間、私の住んでいる街だ。
ベットから降りて普段着に着替える。今日は休日だ、仕事で着る騎兵隊の制服やら拳銃やらは必要ない。
気持ちのいい朝だ。二階建ての家の上階から下に降り、窓を開け朝食を作る。涼しい風が窓から部屋に入り、淹れたての紅茶の香りが心地よい。食卓の上にはトーストとサラダが置いてある。
今日は休日、煩わしい仕事は無く、一日中好きなことをしていられる──
「おはようレガリア、残念だが休暇は終わりだ」
ドアが開き、冷たい北風が部屋中の温度を奪っていく。
外には濃紺の軍服を着た長身の女性が立っていた。
「カティアたいちょう……?今日私は非番であります……」
「つべこべ言うな、時間がない。すぐさま制服に着替えて支部に来い。以上」
いつもと変わらない有無を言わせぬ口調、彼女はカティア、私の所属する騎兵隊の隊長だ。
濃い紫色の髪に銀色の瞳、溜息がでるほどの美人だが一度でも面と向かって会話をした者は二度と自分から近寄ろうとしない、顔つきも言動も厳しい人なのだ。末恐ろしいことに私の上司だ。
「返事は?」
彼女の眼だけがギロっと動き私を睨んだ。
「はい……了解であります……」
私の休日は終わりを迎えた。
「本日、この町に潜むスパイの居場所が割れた」
10分後、私は街の中央近くの騎兵隊支部に来ていた。私以外の人員は隊長を抜き4人、会議室に使われている室内の空気は張り詰めている。
「スパイの名はヴィルヘルム・ロス、鉄工所に勤めている。」
顔写真がコルクボードに張られた。
(……え?この人向かいに住んでる……)
どう見ても顔見知りの顔がボードに張られていた。
「日付が変わる直前に事態が判明した。奴は隣国メトラタのスパイである可能性が高い。そして目的は我が国の色鉄の加工技術であると考えられる」
色鉄、加工によって色と特製を変化させる金属だ。
「色鉄の技術は民間、軍事問わず国内で最重要の技術遺産だ。絶対に他国への流出は防がねばならん」
カティア隊長が写真の顔を指さす。にこやかな表情を浮かべている白髪の男性、毎朝出かけるときに挨拶してくれる老人に間違いない。
「10年前、こいつは我が国に入り込み各地で諜報活動を行っていたようだ。こいつは今日メトラタから来た旅行者とこの街で接触することが判明している」
隊長が新たな写真を取り出しボードに張り付けた、今度は中年くらいの男だ。
「旅券ではアルフレッド・グライスと名乗っているが、既に偽の旅券であることがわかっている。今回の任務はヴィルヘルムとこの旅行者を接触させずに捕獲、もしくは殺害することだ。我が国の技術の流出は何としても避けねばならん」
カティアがボードを叩きながら言い放つ、仕事中心の堅物軍人らしいきっぱりとした物言いだ。
「ヴィルヘルムは現在夜行列車でこの街に向かっている、潜伏場所に戻ってくるのだろうが具体的な場所はわかっていない。それと残念ながら関係各所への連絡が終わっていない。伝書バトは飛ばしているが……」
(お向かいさんなんですけど……潜伏先って私の家の前……?)
「とにかくスピード重視だ、あと30分もしないうちにでヴィルヘルムの乗った列車が到着する。2人ずつ3チームに分かれイストサイン駅の出入り口と列車の乗降口からヴィルヘルムを補足する。ロックはエドガーと組め、カスピアンはブランドンと、レガリアは私と来い」
怖い人と同じ組になってしまった。
「駅の人払いは済んでいないが発砲は許可されている、いいか?絶対に民間人は巻き込むな、抵抗したなら迷わず殺せ。以上」
帰っていいですか、とは言えない雰囲気だった。