ネガティブを打ち消すのはポジティブではなく、没頭である。どっかのお笑い芸人がそう言ってたと彼女は教えてくれた:3
煉瓦造りの建物、その屋根の上にすとんと飛び乗った。覚束ない足元に対し、思ったよりも重力を感じる。
(……響いてないよね?)
民家の壁を登ってきたのだ。スリムと自覚している自分の体重に壁が負けることはなかったが足音が住人の耳に入ったかもしれない。
(ファルナはもっと綺麗に飛び乗ってたのにな)
私の屋根への上がり方は軽やかに飛び乗るというより、ロープを使った泥臭い登攀だった。
しかしながら、屋根から見渡すイストサイン、中でも建物のひしめくサインエンドの風景はなかなかのものだ。
(下見ながら屋根伝いに移動すれば、捜すのも効率良いよね)
上ってしまえばあとは簡単、糸を足元に張り体を支えつつ歩けばいい。
(私も慣れたもんだねぇ)
少なくとも一月前、私が原石銃に浸食される前は白輝鉄の糸をこんな風に扱えなかった。
(普通、だったのにな)
一か月で、私の人生は一変したのだ。
私──レガリアの人生はいたって普通のハズだった。
身体が頑丈すぎるのは置いておく、そもそもこの体質は非常に役に立つ。私は恵まれている。
産まれは平民、いたって普通の母子家庭。父はいない、戦争で死んでしまったらしい。
初等教育を終えた後、自分の将来を対して考えていなかった私は騎兵学校に入れられた。淡々と勉学に励み淡々と訓練して淡々と進学する。塔子の助けもあったのか成績は良かった。
(赴任先に地元希望して、運よく配属されて、ここでゆっくり……)
治安維持のため街を見回り、事件があれば対応し、もしもだが戦地派遣があれば素直に従う。
(……18年もしてないから、さすがに何も起こさないでしょ、メトラタもイグドラも)
少なくとも、私が勤めている間に大きな事件は起こらない。平和に人生は過ぎていく、そう願っていた。
(…………)
いつのまにか、ジルを探すのではなく自分の足元ばかり見ていた。
(将来のことなんて……あんまり考えたことなかったな)




