理由はわからないんですけど仕事中の外食は気分が上がります
時間帯もあってか、店内はそれなりにごった返している。
カウンターすぐのテーブル席に陣取っているロスの方へ私は近付く。
「どうもトーマスさん」
「今はアンドリューと名乗ってるんですよ」
「じゃあもうロスでいいです」
「ああ、みんなそう呼んでくれますよ」
あくまで警戒しつつ、彼の前の席に着く。
(別人みたい)
白髪頭を黒く染めただけでも大分印象が違うが、肌まで化粧で若く見せているようだ。
「とりあえず何か注文しません?」
「正直貴方と一緒に食事したいとは思えないんですけど」
「いやね、もうかれこれ2時間注文もせずに座ってるんですよ。店主の視線が痛くてね、奢りますので何か頼みません?」
「……ポテトサラダとキャベツのスープを頼みます」
「オーケー、すみません店主さん」
ロスが店主に声をかけた。
それとほとんど同時にカティア隊長が店内に入ってきた。
(上着脱いでる)
最低限目立たないようにしているようだ。
「さて、何について話しましょうかね」
「……聞きたい事は沢山あるんですが本当にこの場所で良かったんですか?人でいっぱいですよ」
「居酒屋の与太話なんて誰も真面目に聞きはしませんよ。そもそも噂程度なら広まってもいいんです」
隊長がロスの真後ろの席に座った。
「正直なところあの銃を渡した時、君とグラドミスが相打ちで死んでくれればいいと思ってましたよ」
早速の唐突な発言に脳が混乱する。
「私を殺すつもりだったんですか?」
「はい、あの銃を試射した者は例外なく全身が焼け爛れて死にました。君を除いて、ですが」
「あの銃は、グラドミスが作らせて貴方が盗んだと。彼本人から聞きました」
「ほう、それじゃ随分と焦ってるんですね彼」
ロスが笑みを見せる、心底愉快そうだ。
「アレはね、レガリアちゃん。グラドミスが私に作らせたんですよ」
「……え?」
「彼はメトラタのスパイである私に、漆黒鉄の鎧を破砕できる銃を設計させ作らせたんですよ。メトラタへと亡命し、イグドラの騎士達への切り札とする為に」
思わず隊長の方を見てしまった。
正面向いて座る隊長も驚愕の表情を浮かべていた。ついでにシャツに真っ黒なシミが付いている。
(コーヒー吹き出したの……?)
「イグドラは王政の貴族社会です。平民の貴方ならよくわかるでしょうが、貴族かそうでないかで社会からの待遇は露骨に違う。そして、貴族間の格差の方はもっと陰湿で根深い。グラドミスは貴族であり騎士ですが優先権は低く、国の運営に関われない。メトラタならそういったしがらみを断ち切り、彼自身の力を一個の武力として扱うことができる。よって亡命の道を選んだわけです」
「いやいや!あまりに突飛すぎる話です!そもそも本人がそんな話したんですか!?」
「はい、あいつ馬鹿ですから。笑いながらペラペラしゃべりましたよ。腹立ったんでその目の前で例の銃盗んでやりました」
(そういえば私を殺そうした時もおしゃべりだったような……)
「三度も戦争したお陰か、今メトラタとイグドラは情報戦のつつきあいがある程度で平和ですからね。戦争で名を上げた元平民出のアードミルド家だから、もっと暴れて成り上がろうって事なんでしょうね」
頭が痛い、イグドラ護国の騎士のこんな情報を知る羽目になるとは。
「話が逸れました、あの銃についてですね」
ロスが卓上に置かれているランプを指でつつく。
緋鉄がフレームに使われ、ガラス越しに白輝鉄が仄かな光を放っている。
「見事なものですね、このランプ。ガスやアルコールではなく施された加工式を元に白輝鉄が光を出している」
最近よく見かけるランプだ。アルコールほど燃料を食わず、ガス灯のように大きくないので手持ちの灯りとして人気だ。
「レガリアちゃん、色鉄についてどこまで詳しいですか?」
「え……?加工によって変質する便利な金属……程度の認識ですけど」
「まあそんなものでしょうね、色鉄の原石については?」
「小さな物なら見た事あります。でも加工前の色鉄は不安定、漆黒鉄みたいに重い物。白輝鉄の特性が出て人の意識に敏感に反応する物さえあるって聞きます」
鋭く尖った色鉄の原石が人を貫いたという話は工房の事故でもよく語られる。
「そうですね、色鉄の原石は不安定。ですがね、非情に稀に存在するんですよ。完全に安定した色鉄、漆黒鉄以上の堅牢さを持ち、白輝鉄よりも自在に人の意志で操れる色鉄が。例の銃はその色鉄の原石を素材に作られたんです」
ロスが私の眼を見る。彼は複雑な表情を浮かべていた。
「レガリアちゃん、君の身体は原石によって書き換えられたんですよ」




