質問されました。答えたくありません。
グラドミスは無言で私を見ている。
(気まずい……)
私にとって騎士など立場的に雲の上の人物だ。
そんな人物から名指しで呼ばれるなんて──
「谷底で会ったな」
「は……はい」
(幻じゃなかった……)
「あ……あの……騎士様の腕は?」
グラドミスが無言で右腕を上げた。
手袋をしているのではなかった。
義手でもない、かと言って生身の腕でもない歪な形をした物が彼の肩から生えている。
「あ……えっと申し訳ございません!あの時は気が動転していていて」
色々手遅れな気がするするが反射的に謝罪の言葉が出てくる。
グラドミスはこちらの反応を伺ってか無言だ。
「手傷は負ったが、あの後すぐロスの追跡をした。補足は出来なかった」
手を下ろしたグラドミスが私に向き直る。
「君を呼んだのは他でもない、ロスの件についてだ」
「ロス……ヴィルヘルムのことですね」
「奴は複数の偽名を持っている。だが苗字だけは頑なに変えようとしないのだ。ありふれた名だが」
確か私にはトーマスと名乗っていた。
「レガリアと言ったな、ロスから銃を渡されただろう。それは今どこにある?」
銃、ヴィルヘルム・ロスに渡され目前の騎士の腕を粉砕した謎の銃。
「奴が回収したと思ったが、まだ君が持っているようなのだ」
「あ……あの銃は一体何なのでしょうか?」
「今は私が質問している」
きっぱりとした口調だ。
「……カティア隊長に渡しました」
「ああ、彼女もそう言っていた。この部屋にあるとも言っていた」
グラドミスが立ち上がった。
「置き場所も聞いた、だが存在しない。アレは特別な銃だ。私が工房の職人に作らせたこの世に一つしかない銃だ」
苛立った様子で早口で喋り始める。
「貴様はあの銃を使った、持っているなら貴様だ」
グラドミスが私を睨む。
「それだけではない……奴から何を聞いた、何を言われた、どこまで知っている」
焦燥、苛立ち、不安を帯びた眼光。
「言え、貴様は何だ?何故あの場所に居た?何故銃を使えた?ロスは何故貴様に預けた?答えろ騎兵」
詰問に近い声。
「わ……私はただの騎兵で……列車にいたのも、銃を使ったのも、偶然!偶然です」
「偶然だと?」
グラドミスが私の前に立った。
赤い眼が私を見下ろす。
「はい……」
「そうか偶然か」
グラドミスが私に背を向けた、少し落ち着いた様子だ。
「ロスは貴様の隣人だったろう、ヤツから何か聞いたことがあるか?」
同じ質問を隊長にもされた。
「いえ……私が仕事に行く時挨拶する程度で、近所付き合いでウチで作った料理を持って行ったりはしてました」
「そうか、他に奴から聞いたことは?」
「異国の料理をいくつか教えてもらいました……書面ではなく口頭で」
「ふむ、その程度だな?」
首を振り肯定する。
「よくわかった、情報に感謝しよう騎兵殿」
(……もう帰っていいかな?)
話が終わりそうな雰囲気で少し安心する。
先程から緊張で胃が痛いのだ。
「貴様には才能があったのだろう」
「……はい?」
繋がりがわからない話題だ。
「だがそれは平民が持つには過ぎた代物だ」
グラドミスが目の前に来る。
既に私は立ち上がり、彼から逃げるように後ずさっていた。
「返してもらうぞ」
グラドミスが右腕を上げる。
部屋中の暗闇から伸びた影が襲いかかってきた。
「っ──!!」
叫ぶ間もなく、伸びた影に口を塞がれる。
背後の壁を何度か叩いたが、手足も黒い影に掴まれてしまった。
凄まじい力が全身にかかる。
(手足を引きちぎられる!)
「丈夫だな、だからアレを撃っても死ななかったのか?ならば
本当に貴様はただの平民だな」
異形の右腕が私の胸に伸びてきた。
剛力で腕が押し付けられ、鋭い爪が皮膚に少しずつ食い込んで来る。
(誰か助けて!)
心の中で悲鳴を上げた。
突然、扉を破壊したような轟音が響き、部屋が一瞬閃光で包まれた。
その時全身にかかる力が抜けた。
床に倒れ伏し、緊張で止まっていた呼吸を荒く再開する。
「貴様、無礼だな。邪魔をするなと言ったはずだが」
「失礼ですが騎士殿」
隊長が腕に蒼鉄の手甲をはめている。彼女が臨戦体制の時いつも装備している物だ。
「邪魔をするなと言われたとして、部下が強姦されるようならば、例え相手が騎士だとしても止めるのが道理でしょう」
隊長がグラドミスを睨む、だがグラドミスは怯んだ様子すら見せない。
「騎士グラドミス殿、この件は中央に報告させていただく」
「……よかろう」
「そして金輪際レガリアには近付かないでもらいたい。よろしいか?」
隊長の背後にはロックとエドガー、イストサイン騎兵隊のメンバーが居た。
「まあいい、だがここにはまだ用がある。暫く滞在するぞ」
「それについてはご自由に、では我々は失礼します」
隊長が震える私を抱え、会議室から出してくれた。
「レガリア、大丈夫か?」
エドガーが声をかけてきた。手にカメラのような物を持っている。
(さっきの光はこれかぁ)
「一応証拠は撮ったから、三日もしたらアイツ居なくなるよ多分、なりますよね?」
「どうだろうな、騎士とこんな事になるなんて思わなかったからな」
ロックとエドガーは中央に送る証拠を残していたようだ。
「レガリア、下ろすが歩けるな?」
隊長が私を下ろしてくれた。
安心感と一緒に妙な感覚がある。頭がくらくらする、妙な唾液が頬から分泌される。
「……オェェ」
吐いた。会議室に入る前食べていたポテトサラダが出てきた。
「……まずは掃除だな」
今日だけは隊長に恐怖以外の感情を抱けた。




