激務中こそ息抜きがしたくなるもんです
結果買いに来たのは私行きつけのサンドイッチ屋になった。
「何にする?」
「サンドイッチとポテトフライ、あとコーヒー」
「いつものやつね」
店主が顔見知りなので注文しやすい、量もそれなりで紅茶以外は美味しいこの屋台を私は気に入っていた。
「エドガーは?」
「同じのを」
「隊長さんは?」
「同じで良い」
「そこの子は?」
「ファルナだよ、同じの……コーヒーじゃなく紅茶をお願い」
「はいよ」
隊長達は屋台通りにあるベンチに席を取りに行った。
「今日は静かね」
「朝刊のせいだな、皆警戒して屋台引っ張って来ないんだよ」
隊長の考えは当たっていたらしい。
「4人分のセットとコーヒー、あと紅茶。ミルクは?」
「いらない」
「だよな。お前らは賑やかだね、ゆっくりしていくと良い」
まとめて料金を払い、いつもより多い紙袋を受け取る。
「レガリアー、手伝うわよー」
「ありがとーファルナ、カップ頼める?」
「これ使いな」
店主が大きな盆を出してくれる。
「見ない顔だね、観光客か?それとも新入り?」
よく目立つ大きな帽子を被るファルナを見て店主が言う。
「こちら、マルスサインの騎士ファルナレギアさんです」
「……はい?」
ファルナが手を挙げて挨拶をすると、手に嵌めた漆黒鉄の手甲が目に入る。
漆黒鉄は騎士の代名詞、イグドラ護国の英雄達の象徴だ。
「……持っていきますよ……ってレガリア、その紅茶……」
今更焦ったように店主が言い出した。
「いいのいいの!飲みたいって言ったんだから」
「ん……?紅茶は好きだよ?」
「それじゃあ後で返しに来るから!店長は気にしないでまたねー」
若干顔を青ざめさせた店主を尻目に隊長達の方へと向かう。
「お待たせですー……隊長大丈夫ですか?」
「……ああ、流石に疲れていたようだな」
隊長は頭を抱えながらベンチに座っていた。
この所のイストサインの情勢は隊長にかなりの疲労感を与えていたようだ。
「今日は助かった。お陰で少し気が紛れている」
「隊長働き詰めですからね、偶にはしっかり休憩とった方が良いですよ」
エドガーも珍しい様子の隊長を労っている。
「うんうん、良かったわ」
にこやかに頷くファルナが紅茶の入ったカップを口に運び──
「──っん?ぶっ!」
思い切り吹き出した。
「あっ、やりおった」
虚空に飛び散った赤い液体を見てエドガーが呟く。
ファルナは思った以上に良い反応をしてくれた。
「何このお茶……酸っぱい……鉄臭い……?何か変な味する……」
味は多分出し殻、色は何かの染料──身体に害のない物であってほしい。
コスト削減の為に偽装した、おおよそ紅茶とは言えない飲み物である。
サインエンド辺りで屋台引っ張っていた時からまるで変化がない。
(紅茶だけはどうしてこうなんだろう)
「くくく……」
一方私は思わぬ反応に笑いを堪えきれなかった。
しばらく停止していたファルナがゆっくりとこちらを向く。
「レガリァァ……知ってたんでしょう〜?」
言い逃れができる状況では無い。
「んふふ、あの店で紅茶頼む人居ないからねー。でもファルナ、紅茶好きだって言うからさー、水さすのも悪いかなってー」
ファルナがゆらゆらと紅茶片手に寄ってくる。
早く逃げた方が良さそうだ。
(……あれ?)
後方に飛び退こうとしたが足が動かせない。
「ちょっと待ってどういうこと……って」
私の足を抑えるように足元から小さな煉瓦の剣が生えている。
「騎士殿!こんなお戯れに能力使うなんてそんな」
「エドガー、レガリアを捕えなさい。騎士命令です」
「かしこまりましたファルナレギア様」
背後からエドガーに腕を抑えられた。
「ちょ……ちょっと待ってエドガー、私がこれから何されるかわかってんの?」
「わかんないけど面白そうだから」
「レガリア〜口開けなさい」
ファルナが紅茶を顔にまで持ってきた。
匂いからもう鉄っぽい湯気が立つカップにはまだ半分ほど液体が残っている。
「ちょっと待って……コーヒーあげるわよ?口直しはそれにして残りはエドガーに──うっ」
口の中に不快な酸っぱさと鉄と土臭い味が広がる。
騒ぎの中、隊長はもそもそとサンドイッチを口にしていた。




