まだ帰れてないね……:1
日の沈んだイストサインで車椅子に乗った男が一軒の館に帰り着いた。
イストサインの上層、貴族の住む地域だ。
「お帰りなさいませ、クラウディオス様」
車椅子の男──グレイマンをメイドが迎える。
「ファルナ、帰ったぞ」
「お帰りグレイマン」
出迎えるのは室内だというのに巨大なとんがり帽子をかぶった少女──ファルナだ。
「お疲れ様です、グレイマン殿」
もう一人、騎兵の服を着た大柄な女性がファルナの横に立っている。
「カティア隊長殿か、何か御用かな?」
「ええ、まずは連絡なくお邪魔したことに謝罪を」
「かまわない、そもそも半分はファルナの館だ」
羽織った外套をメイドに任せたグレイマンがカティアとファルナを応接室に通す。
「さて、話とは何だ?」
「原石武器について」
「…………ふむ」
「本日夕刻、イストサインで殺人が行われました」
神妙な顔つきのグレイマンにカティアが畳み掛ける。
「こちらの隊員レガリアとエドガー、それと騎士ファルナレギアの情報を分析するに。犯人はここ数日イストサインで殺人を行っている『原石武器の所有者』であるとこちらは目しております」
「犯人が原石武器使いであるとなぜわかる?」
「グレイマン、レガリアの原石銃は原石武器を探知する力があるみたいなの」
カティアをさえぎり、ファルナが口をはさむ。
「確かか?」
「ええ、今回ではっきりした。それと相手だけど、かなり厄介よ」
ファルナが腕を見せる。彼女は袖が溶けた服をまだ着ていた。
「……グラドミスの件に続いての今回の件です」
カティアがグレイマンを見つめる、その鋭い表情には幾許かの敵意のさえ含まれているようだ。
「前回、我々騎兵だけではグラドミスを止められなかった」
彼女の握った拳、蒼鉄の籠手を嵌めた右腕の金具が軋む音がする。
「騎士達に、騎兵全体へ原石武器の情報開示を願いたい」
「ほう」
「全て、とは言えませんがまず原石武器の特徴、製法、イグドラ管理下にある物の詳細をお聞きしたい」
グレイマンがファルナの方をちらりと見た。
彼女の明るい眼はキラキラと輝き、動きこそしないが雰囲気のみで首肯しカティアを応援している、と言わんばかりだ。
「呑んでいただけるのであれば、イストサイン騎兵は事件の犯人──リーパーと呼称する人物の捜査に全力を尽くします。以上です」
「良いだろう」
一礼し下がろうとしたカティアが頭を上げる前にグレイマンは承諾した。
「……は」
「原石武器の情報開示の件、しかと了解した。明日中央に確認を取る」
部屋の中で驚いているのはカティアだけだった。
「……あ、ありがとうございます。では失礼します」
「グレイマン、送ってくるね」
「うむ」
一礼し、屋敷を出るカティアにファルナが追いついた。
「言ったとおり、でしょ?グレイマンは話がわかるって」
「意外だ、騎士の魔術──原石武器についてはもっと重要な機密だと思っていたが……」
「グレイマンが、すごいの。大事な情報なのは確かだからね」
ただ──とファルナが続ける。
「原石武器の製法に関しては教えてくれないかもねー。私も知らないんだ」
「ん?人の思考に完全に応える色鉄の原石──それを使った武器だとロスは言っていたが」
「ああーそれくらいね、私が知ってるのも」
ファルナが腰に下げた原石剣を見る。
「でも、武器に加工する方法とか、作る場所とか、全然調べても出て来ないんだ。グレイマンなら知ってるはずだけど」
不服げに頬を膨らませながらファルナが言う。
「そう言えば隊長さん、レガリアと仲良いの?」
「は……?何故ですか?」
「敬語じゃなくてよいですよー。レガリアがよく隊長を熱っぽく見てるし、この前隊長に差し入れ持って行くとか言ってた気がして」
「差し入れを貰った覚えは無いが…………私が騎兵になりたての頃、あの子の母親に食べ物を恵んで貰って、それで無意識に目をかけているのかも……知れません」
「……隊長さん、いつから騎兵やってるの?」
「12の時からで……だ」




