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王は自嘲する

「いえ・・・あの、び、びっくりして・・・」

「何で今更驚く?」

「それは・・・あの・・・、まだ・・・そう思っていてくださったんだなあと思って・・・」


ぼそぼそとしゃべるシェーナの声は下にむけられすぎて聞き取りづらい。

しかし、これは重要なことだ。

話しやすいようにと思って、カナスは人の波から少し外れた屋台と屋台の間に移動した。


「なんだ、それ。俺がいつ、撤回するなんて言ったんだ」

「あ・・・、いえ、言ってない・・・ですけど・・・」

「じゃあ何故そんなことを言う?」

「・・・・・」

「シェーナ、ちゃんと話せ。分からないだろうが」


しかし、一度促してもシェーナは黙ったままだった。

カナスはふぅっとため息をついた。そうしなければ苛立った声がそのまま出てしまいそうだったからだ。

ため息が嫌いなシェーナがびくりとなったことも知っていたが、とりあえず自分のささくれた感情を落ち着かせたかった。


「あのな・・・、怒ってるわけじゃねえぞ。でも、お前が言わないと分からない。本当は俺といるのは嫌なんじゃねえか、とか思う。俺だって不安になることはあるんだ。お前限定だけどな」

「い、嫌なわけがありません!カナ・・・っ!」


複雑な表情で本音を吐露すると、シェーナは弾かれたように顔を上げて首を振った。

しかし勢いついでに先ほど注意したこともすっかり忘れていて、カナスはまたしても桜色の唇をふさいだ。


「こら、呼ぶなつっただろうが」


顔を離して頭を小突くと、シェーナは顔を真っ赤にして、何度も壊れた人形のように頷く。

本当にわかっているのかとの疑いが生じたが、照れて焦っているシェーナをみているのは面白いので、不問にしておいた。


「あの、・・・ス様といるのが嫌なわけじゃ、絶対にありません。ずっと一緒にいたいです」


その上、きっぱりとした口調で言われれば、先ほど来の胸の気持ち悪さも晴れる。


「なら、何をそんなに驚くんだ」

「でも・・・それは、私が思っているだけのことなので・・・」

「あ?俺はお前に言わなかったか?お前を“シアン”にすると」

「で、でも!・・・それは、その・・・」

「何だよ、はっきり言え」

「・・・・・・・本気じゃ・・・ないんだろうって」


ひどくつらそうな声で、シェーナは言った。


「・・・。誰が言った?」


おおよその見当はついていたが、こみ上げた怒りに一段低くなってしまった声で問いかけた。

ぎく、とシェーナが顔色を失くす。

そんなシェーナの頭をくしゃりと撫でて、カナスはもう一度問うた。


「・・・ラーラ様、とキルベナ様が・・・」

「あいつらに様なんてつけなくていい」

「でも・・・私よりも年上で、ご身分が上です」

「お前は隣国の王女だろうが」

「私は・・・シャンリーナですから」

「シェーナ」

「・・・すみません」


また、シェーナの自己卑下。卑屈になりやすいシェーナにイラついてしまうのは、それを超えるだけの自信をつけさせてやれない自分に腹が立つからだ。

縮こまるように肩をすぼめたシェーナのために、カナスは腰をかがめた。


「あいつらに、何て、言われたんだ?」


ここで、お前はそうじゃないと言っても堂々巡りになるだけだと知っている彼は、ひとまず苛立ちを棚にあげて、できるだけ感情を押さえ込んだ声で尋ねた。

すると、シェーナはおずおずとしながらも、答えてくる。

いつもこうやって穏やかに問えればいいのだろうが、あまり気の長くないカナスは得意ではなかった。


「シアン、にするのならば・・・即位・・・したときに、すればよかったはずだ、と。私は、誰に反対されているわけでもない“歌姫”だから・・・簡単だったのに、それをしなかったのは、本気じゃなかったからじゃないですか、と聞かれました。私は・・・答えられませんでした・・・」

「シェーナ、それは理由が・・・」

「それに、キルベナ様が・・・シアンはとても仰々しい位で、キルベナ様のおばあさまのご兄弟がシアンを持ったことがあって、でも、とてもお金がかかって、大変で、皆から不評だったと言っておられました。途中で仲が悪くなってもどうしようもできなくて、あてつけのように放蕩にお金を使って、王宮が混乱した、と。だから、その先誰ももたなかったのに、現実派のカ・・・様がそんなことするわけがないだろうって。私は、よく、分からないですけど・・・」


確かにそういうことがあった。

だからこそ、シアンは有名無実と化していて、カナスとて制度を廃してしまうべきだと思っていた。

けれど、今は違う。

しかし、それを伝える前に、シェーナがあの笑っているのに笑っていない顔で言ったのだ。


「あの、私、カ・・・えと、あなたが嘘をおっしゃったと思ったわけじゃないんです。嘘をつくような人じゃないって、優しい人だって知っています。だから、最初に私を守ろうとしてくださって、そう言ってくれたって言葉を信じています。・・・でも、それは、あのときが大変だったからで、今はもう落ち着いているし、危険なこともないから・・・そんな必要がなくなったんじゃないかって思って。落ち着いて考えてみれば、そんなことまでしなくてもいいなって思うのは当たり前だと思います。私にそんな価値があるわけでもないですし、だったら、それはそれで・・・」

「馬鹿!違うに決まってるだろ!」


その言葉にぷつん、と耐えていたものが簡単に切れた。

まだ、伝わっていない。

シェーナに対する気持ちを自分なりに伝えてきたと思うのに・・・そう思えば思うだけ、現実に打ちのめされた。

その上、シェーナが震え上がるのを見て、ますます苛立ちが募る。

小さい子供をいじめているような気になり感情がささくれた。

こんな風になりたいわけじゃないのに、いつも怒ってしまう。

余計にみじめになると分かっているのに。


シェーナの肩に置いていた手から彼女の怯えが伝わってくる。

カナスは「くそっ」と毒付いて、反対の手の平に額をうずめた。


「何でわかんねえんだよ、お前は。俺は・・・何をしたらいいんだよ。どうしたらお前に伝わるんだよ?」

「ご・・・めんなさい・・・私・・・ごめんなさい」

「ちげえよ。謝るな。そうじゃなくて・・・」

「ごめんなさいっ、怒らないでください。ごめんなさいごめんなさい・・・」

「・・・シェーナ」


また、だ。

また、シェーナを怖がらせている。


どうして上手くいかないのだろう。笑っていてほしいと思うのに。つらいことから守ってやりたいと思うのに。


シェーナを傷つけるのは、怯えさせるのは、他でもないカナス自身やカナスの周りのせいで、彼女がいつまで経っても自分を好きになれないのもおそらくカナスが原因で。

そんなことはよく分かっている。

シェーナは自分のそばにいないほうが幸せなのではないかと思うことなどしょっちゅうだ。


けれど、手放したくない。それが一番強い気持ちで、譲れない。

守ってやりたいとか笑っていて欲しいとか、そんな自分のエゴに嫌気が差す。


(分かってる・・・けどよ)


カナスは、一つ深くて大きな息を吐いた。ここで自分こそが冷静にならなければならない。

そうでなければただの我侭だ。自分のせいだということを棚上げして、上手くいかないからと駄々をこねる愚者だ。


「大きい声を出して、悪かった」


カナスは気を落ち着かせてから、シェーナの頬にそっと触れた。

壊れ物を扱うように優しく。


「俺は怒っているわけじゃない。ただ、自分が情けなくて、八つ当たりをしただけだ。ごめんな、シェーナ」

「情け・・・?あ、ごめんなさい・・・」

「だから、謝らなくていい。ただ、これは覚えておいてくれ。俺はお前を誰よりも大事に思っている。だから、重要なことはちゃんと俺がお前に言う。嘘をついたりごまかしたりはしない」


カナスは言い含めるようにゆっくりとした口調で、シェーナに伝えた。


「だから、お前も少しは俺を信じろ。俺じゃなくて、他の奴の言うことに惑わされるな。いや、不安に思ってもいいから、そう思ったのだったら俺にちゃんと聞け。そうしたら、いつも否定してやれる。お前が不安に思うことはないのだと、ちゃんと説明をしてやれる」


分かったのか分かってないのか、理解できない表情で、シェーナが見上げてきた。

戸惑っているのかもしれない。それとも、やはり信用されていないのだろうか。


大人ぶっているが、実際はカナスだって不安なことだらけだ。

シェーナについてはいつも。

だから、今だってシェーナの思っていることがつかめなくて、気が滅入りそうだった。


そもそも抱き上げることを嫌がられてから、ずっと嫌な感情が付いて回っている。

それらをごまかすようにカナスは、もう一度シェーナの黒い瞳を覗きこんで言った。


「だから、お前はもう、あいつらの言うことに耳を貸すな」

「・・・・・・・でも」


長い沈黙の末、シェーナがぼそりと反論のきっかけをこぼす。

表情は平静のままだったが、その瞬間カナスはぎくりとした。


「でも?なんだ?」

「・・・でも、私・・・私では、大人と子供に見えると・・・それは、カ・・・あなたもそう思っているのではないですか?」

「大人と子供?」

「さきほどのお店の人も、兄妹といいました。・・・私は、やっぱり子供にしか見えないですか?」


突然シェーナはまつげに涙が絡むほど瞳を潤ませて、問いかけてきた。


「なっ?何で泣くんだ?子供って、何が言いたいんだ?」


カナスは焦ってシェーナのこぼれかけの涙を親指でぬぐう。

すると余計にしくしくと泣かれてしまった。


「シェーナ・・・おい、泣くな。どうしたんだ?俺が気に入らないことを言ったのか?」


それには首を振るので、ほんの少しだけほっとする。

だったらどうしたのだと問うと、涙声のままシェーナは言った。


自分は頑張って食べても、いつまでも小さいままで、他の女の人たちのようになれない。

体力だってないし、歩くのも走るのも遅い。

それどころか、会話するのだって理解できるのが遅いからあんまり成り立たないし、しかも分からないことも多くて、常識もないと思う。

皆が優しくしてくれるのは嬉しいけれど、花冠のような簡単なものすら作れず、人の手を煩わせてばかり。

こんなだから、子供だといわれても仕方がないと知っているけれど、でもシェーナはシェーナなりに頑張っているつもりで、なのにちっとも成果が見られないことがつらい。

子供だと言われたくないのに、どうすれば違う風になれるのかが分からなくて苦しい、と言う。


「カナス様だって、すぐ私のことを小さな子供のように扱います。一緒に、並んで歩くんじゃなくて、すぐに抱き上げるし・・・。そ、それって大人同士に、見えない・・・子供に対する扱い、じゃないですか・・・」

「・・・ちょっと待て。お前、もしかして、それが理由で俺が抱えたことを怒っていたのか?」

「別に、怒っていたわけじゃ・・・ないです。何か、嫌だっただけです」

「それを怒っているというんじゃねえのかよ。・・・そうか、それで嫌がったのか・・・なんだよ」


ははは、とカナスの口から乾いた笑いが漏れた。気が抜けて肩を落とすと、シェーナが余計に悲しげな表情になる。


「ごめんなさい・・・私、また変なことを言ってしまいましたか?ごめんなさい」

「違う。俺が・・・」


その先をどう伝えようか迷い、結局カナスはシェーナを無言で自分の体に引き寄せた。

上手く説明できない気がしたし、気恥ずかしさもあったからだ。

ささいなことに不安をあおられ、無様に声を荒げた。

カナス=フェーレともあろう者が。


(本当に、こいつのことだけは・・・)



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