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歌姫は悪意に萎縮する

一方、シェーナはといえば。


(綺麗な人たち・・・)


群がるようにカナスを取り囲む美しい娘たちを見て、すっかり意気消沈していた。

とぼとぼと引き返すシェーナに、慌てて姉妹が声をかける。


「シェーナさま、せっかくカナスさまにお花をもってきたのではないですか」

「お渡ししなくていいのですか?」

「・・・いいです」

「ですが、せっかく・・・」

「鉢のお花が咲いたくらいで、お忙しいところをお邪魔してはいけませんから」

「お邪魔ってあんなの、ただデレデレしてるだけじゃありませんか!」

「そうです!まったくなんでああ殿方というのは節操がないのでしょうか!」


カナス本人がいたら、いつデレデレした!?とキレるところであろうが、あいにくとその場には不在だった。


「シェーナさまは特別なのですから、もっと堂々となさっていればよいのです」

「ついでに怒ってしまえばいいのです。そうすればカナスさまは大慌てしますよ」

「あら、それ面白そう。血相を変えて飛んでくるわね、きっと」

「でしょ?」


勝手な妄想ににたにたしている双子に対して、シェーナは暗く沈んだままだった。


「無理です、そんなこと・・・」

「どうしてですか?カナスさまはシェーナさまを一番に思ってらっしゃいますよ」

「シェーナさまを一番に優先してくださいますよ、絶対に」

「・・・そんなことないです」

「シェーナさま!どうしてそんなことをおっしゃるのですか?!」

「シェーナさまは自信をお持ちになるべきです!」

「・・・・・。二人とも、これを片付けておいてください。私はお散歩してきます」

「じゃあ私が付いて・・・」

「一人で平気です。一人にしてください」


シェーナは追ってこようとしたニーシェを拒絶し、とぼとぼとした足取りのまま中庭の方へ歩いていく。その背を見送った双子の視線がひどく心配げなことを知りつつも、シェーナは振り返らなかった。

着いた先の中庭で、シェーナは水がめを持った女性の彫刻が中心にすえられている噴水の端にちょこんと腰掛けた。

静かに水が流れる音だけを聞いていると、何故だか涙があふれてきそうになる。

振り払っても振り払っても先ほどの光景が消えない。

皆、とても綺麗な人たちだった。リベカも美しいと思ったが、それに負けず劣らず、むしろさらに気品にあふれていてまぶしいくらいに美しいと思った。

薄茶色のきれいな波を描く柔らかな髪、深みのある茶色のさらさらの長い髪、銀のようにも見える光をはじく灰色の髪。瞳だって、緑や赤やカナスと同じ青だっていた。着ている服だって高い染料で染めたのが明らかな艶やかな色で、金をあしらった豪華な服ばかり。

でもそれを着こなせているのは、彼女たちが女性らしい見事な体つきだからだ。


瞳も髪も真っ黒で、肌も不健康にも見えるほど白く、ただローブにばかり包まっている色のない自分とは大違いだった。

それ以外の服もカナスが用意してくれた色の綺麗なものがたくさんあるけれど、ローブもなく人前に立つことはやっぱり耐えられなくて着ても仕方がない。

なにより、あんな風に綺麗に見えないだろう。

痩せた枝のような自分の体型を思い出して、

はますます落ち込んだ。


“こんなみすぼらしい娘がフィルカの姫だと!”

“そなたのような醜きものを・・・”


美しい姫が好きだったという前王スロンの言葉がよみがえった。

嘲りだけを与えられたシェーナと、そのスロンの目にとまった麗しい姫たちではまるで勝負にならない。

比べることすらおこがましいと思えてくる。

シェーナはローブの下でまだ折れそうに細い自分の腕を持ち上げて、ずきっと胸が痛むのを感じた。

重くなれ、もうちょい太れ、とカナスはよく言う。

もしかしたら、彼もシェーナをみすぼらしいと思っているのかもしれない。

だから、あんなことを言うのかもしれない。

でも、シェーナとしては頑張って食べているつもりなのに・・・ちっとも体重が増えていかないし、背も伸びてくれない。


(このままでは、愛想をつかされるかもしれない・・・)


それは、ぞっとシェーナの背筋を凍らせる想像だった。


(嫌だ。嫌!捨てられたくない・・・!)


好きだと、彼は何度も言ってくれるのに。それを信じたいのに。

シェーナの心がまた、不幸に飛びつこうとする。それみたことかと、何かがあざ笑っている気がする。お前なんか、とまたそんな声がする。


(違う、駄目・・・駄目・・・!カナス様を疑ったら駄目なのに・・・)


「う、歌・・・そうすれば、元気が、出る・・・かもしれない・・・」


シェーナは人のために歌う存在。

けれど、この頃は歌っていること自体が楽しくなってきた。それは、カナスが、他の聞いてくれる人たちが喜んでくれるから。義務じゃなく歌えばいいと思えるようになったから。

だから歌えば少しは気分が晴れるのではないか、とシェーナは思いついたままに小さな声で歌い始めた。

喜快のためにと作った歌。

けれど、シェーナの音はちっとも軽快で明るくならない。

むしろ、重く陰鬱さすら感じさせるほどだった。歌っていてもちっとも楽しくならない。


「いやあね、何、この滅入るような歌は」


すると突然、見知らぬ声が割り込んできて、シェーナは苦しい歌をやめた。

振り返れば、先ほどカナスの周りにいた美しい姫たちがずらりと4人並んで立っている。

驚いたシェーナはぎくんとすくみ上がった。

彼女たちは雉羽の美しい扇や七色の組紐を垂らした檜の杓子で口元を隠しながら馬鹿にした目つきで、座っていて余計に小さく見えるシェーナを見下ろしている。


「“歌姫”とは本当に噂だけのようね。小さいコマネズミのような子供じゃない」

「白いからハツカネズミのほうが似合うのではなくて?」

「あ・・・」


シェーナはひどい人見知りで、引っ込み思案だ。

悪意も露に近づかれれば、萎縮してほとんど声もでない。うつむき、ますます縮こまるシェーナを彼女たちはあざ笑った。

「まるで、私たちがいじめているとでも言いたいみたいね」

「このような気の弱いことで、宮中、務まるかしら?」

「まあ、いいのではなくて。籠に入れられたリアヤは美しくさえずっていればそれだけでいいのですから。楽なご身分でうらやましい限りですこと」


「・・・リアヤ・・・?」


それがこの間教えてもらった鳥の名前だと気がついたシェーナは、自分がただ飼われている小鳥にすぎないのだと嫌味を言われているのだとしばらくしてから気がつき、瞳を凍えさせた。

また、“歌う”ことだけがシェーナの意義だと言われる。

それ以外になんの価値もないのだと思い知らされる。どこにいってもそれは変わらずに、ひどく悲しかった。


(仕方ないんだもん・・・私は、他に何もできないから・・・)


ぎゅっと唇をかみ締めたシェーナの視界に、突然ふっと薄茶の髪が映った。

ぎくりとさらに身をすくめるシェーナの頬に、赤い爪が目立つ絹のように滑らかな手が触れる。

促されるままに顔を上げれば、透明度が高く、緑を帯びているようにも見える茶色の瞳がシェーナを覗き込んでいた。

綺麗なカールをしたまつげがびっくりするほど長く、くっきりとしたつり気味の二重の目には迫力がある。猫を思い出す彼女の顔は、気が強そうで、悪く言えば意地悪そうに見えた。


「あら、近くで見ると思った以上に乳臭い顔をしているわね。それに、瞳も髪も真っ黒なの?珍しいは珍しいじゃない」

「まあ、闇色の髪?わたくし、見たことがないわ」

「っ・・・いや・・・!」


シェーナは抵抗したが、石灰色の髪を持つ女性がシェーナのフードを扇で引っ掛けてぱさりと背に落としてしまった。

シェーナ自身大嫌いな髪を日の下にさらされ、彼女は必死で髪を隠そうとする。

フードをかぶりなおそうとしたシェーナの手を、今度は赤茶の髪の女性が掴んだ。


「本当に真っ黒なのね。ペリエのよう」

「ペリエ?聞かない名前ね」

「鳥の名前よ。鋭いくちばしと大きな羽をもっていて、動物の死骸をあさったりゴミをあさったりする真っ黒い鳥。夜の闇に溶ける不吉の吉兆よ。死を運ぶとも言われるの」

「確かに、不気味ね。肌は真っ白なのに、髪も瞳も真っ黒。葬儀屋の色ね」

「葬儀屋。そうね、私も何かに似ていると思っていたのだけれど、埋葬のときに詔を読む“死導師”の色だわ。確かに、死の色だわ」

「気持ち悪い。こっちまで気が滅入るわ」

「・・・・っ」


“呪われた子”


その言葉がまたよみがえり、シェーナから顔色をなくさせる。

死ななければいけない、殺さなければいけない、災いしか招かない忌み嫌われた存在。

赤い爪をもつ女はシェーナに触れているからその震えが分かったのだろう。


「なあに、とって食おうというわけじゃあないわよ」と、鼻で笑ったが、シェーナは必死で身を硬くしただけだった。

けれど女はなんの遠慮もなしに、シェーナのローブを引っ張った。その下には白いワンピースのような服を着ているが、検分でもするようにじろじろと見回して、あはは、と女が急に笑った。


「乳臭いのは顔だけじゃなくて、体もなわけね。幼いといえば聞こえがいいかもしれないけれど、細っこい貧相な体つきなだけじゃないの。ねえ、アナタ幾つなの?“歌姫”様?」

「たしか、16とか聞きませんでしたこと?」

「ええ、それくらいでしたわ」

「まあ、16歳?ほとんど変わらないじゃありませんの。わたくし、せいぜい12、3歳かと・・・。16でそれとは・・・心中、お察ししますわ。ふふっ」

「それでは、ドレスひとつ着れませんわよねえ」


くすくすと忍び笑いを漏らす彼女たちの言葉が、ちくちくと痛い。

好きで育たないわけじゃない。

もらった服を着れないわけじゃない。


シェーナだってこれでも頑張っているのだ。少しずつ、少しずつ、食べれるようになったのだ。

でも、いつまでも体は小さいままで、骨ばったまま丸みを帯びてくれず、胸だって膨らんではくれない。

何をどうすれば彼女たちのようになれるか分からない。

シェーナだって、この髪と瞳の色が嫌いだ。

皆から嫌われる真っ黒い色なんて大嫌いだ。

だから、せめて体つきくらい、彼女たちのように綺麗になりたい。なのに・・・。


「・・・っ・・・」


涙がつぅっと頬を伝ってきて、シェーナは慌ててごしごしと目尻をこすった。

その手が拳だったためにますますシェーナの外見を幼く見せているとも知らず。


「あらあら、泣いてしまわれましたわ」

「わたくしたち、何も意地悪をしたわけではないのに、泣かなくてもいいではないですの」

「見た目だけじゃなくて心まで子供なのねえ」

「泣かなくていいのよ」


不思議な茶色の目を持つ年上の女が、爪をおそろいの赤い口紅を引いた唇で猫なで声をつむぐ。しかし、その次にシェーナの耳元でこぼされた言葉は、ぞっとする響きを持っていた。


「いいわね、アナタは。泣けば許される環境で生きてきて。生温い環境に守られて生きてきて。本当に、うらやましいわ」

「―――!」


固まったシェーナの目の前に、怒りに燃える冷ややかな目があった。


「優しい陛下に言いつけなさる?そうね、そうしたければすればいいわ。臆病者はそうやって陛下の影にとりすがって生きていけばいいわ。でも、私は出て行かない。どんなことがあっても、絶対に、ね」


強い意志を秘めた瞳。揺らがない強さ。困難に屈しない強さ。

シェーナにはないもの。そして何より彼女を美しく見せるもの。


赤い爪がシェーナの頬をつん、とつついた。


「ほら、泣いたら駄目よ。可愛い顔が台無しになってしまうわ」


一見心配したようなその言葉に、シェーナは息を呑んだ。怖い、とそう思った。


「まあ、リア様、いつからそんなにお優しくなったのかしら?」


耳元で交わされていた会話をしらない他の女性たちが、訝しそうにリアと呼ばれた薄茶の髪の女性を尖った声で咎める。

すると彼女は、にっこりと笑ってかがめていた腰を伸ばした。


「まあ、だってこのように男性も知らないような幼い姫君が泣いていては可哀想ではないですか」

「ま・・・」


リアの言葉に、他の令嬢たちは口元を覆い、頬を隠すふりをした。


「下品なこと。そのようなことを、口に出すものではないですわ」

「あら、皆様のご心配は同じではないんですの?考えていることは同じ。あの方のご寵愛をいかにしていただくか。下手にカマトトぶると嫌味ですわよ?どうせ、生娘でないことは知れているのですし」

「あ、あなた・・・言っていいことと悪いことがっ!」

「悪いこと?前王の名もなき愛人、それを人に知られるのが恥ずかしいのでしたらさっさとお帰りなさいな。そんな程度の覚悟で、“シアン”を望むような男性から寵愛を勝ち取れると思って?私は奪って見せるわ。そうしなければ、この私のプライドが許せないもの」


しん、とリアの語気にその場が静まり返った。

するとリアはくるりと振り返ってシェーナへローブを返す。


「多少の覚悟はしていたわ。“歌姫”は民衆、兵士からは英雄扱い、陛下は溺愛と評判で、それは少し見ていただけで分かるほどだった。幼い外見をしていても陛下がそれを好きなら仕方ないことかと思っていた。でも見ればわかるとおり、“歌姫”はまっさら。手をつけられたあとなんてまるでない。それは陛下が、別にこの子が趣味というわけではないことを意味しているの。だったら、むしろチャンスはあるってことじゃない。それなら、こんな怯えてばっかの子に意地悪をしなくてもいいって思った。それだけのことよ」


呆然としているシェーナのリボンまできちんと縛りなおし、リアは赤い唇の端を上げてシェーナに笑いかけた。


「ねえ、歌姫様。アナタは、一緒にいられるときはいつも陛下に抱えられていらっしゃるわね。少しの距離でも大切に大切に扱われていて、本当に微笑ましいことと見ていたのよ」


だが、その笑みはたくらみめいていて、シェーナの鼓動がどんどん嫌な音を高めていく。


「でも、それってアナタは本当に対等に扱われているのかしら?」

「・・・・ぇ・・・」

「まるで親子みたいなんだもの。庇護者と被庇護者とでもいうのかしら。大切にされているとは思うけれど、とても愛し合っている恋人同士とは思えないわ」

「っ!」

「あら、これも怖がらせちゃったかしら?ごめんなさいね、私がそう思っただけだから。気にしなくていいのよ?」


くすくすと悪意のある笑い声をこぼして、リアは踵を返した。


「結局、リア様が一番怯えさせているんじゃないのかしら?」


残された女性たちが呆れた声を出した。


「まあ、でも・・・シェーナ姫、私たちもそう思いますわ。“シアン”よりも、娘のほうが似合いますわよ」

「それでは、ごきげんよう」


だが、彼女たちもまた、嘲笑を残して去っていく。シェーナはぎゅうっと膝の上に置いた手を握り締めて、必死で涙がこぼれないように我慢した。


(・・・泣かないもん・・・。子供じゃない・・・私、子供じゃないから・・・・)


そのときにかみ締めた唇を切ってしまって、苦い味だけが口の中に広がった。


ブックマーク下さった方どうもありがとうございます!

お伽噺〜の方に番外編を1つ追加したのでよければそちらも見てみて下さい♪

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