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その後の王宮物語 2

二人でイチャイチャしてるだけの話です。

そして彼の目に飛び込んできたのは、大きな窓に掛けられているカーテンに包まって隠れようと必死になっているシェーナの姿だった。


「あら、歩けたじゃない。その調子よ」

「リア=バース、またお前が何かしたのか?」


カナスがじろりとリアをにらむ。しかし、彼女は答えた様子もなく、肩を軽くすくめた。


「ご挨拶ね。せっかくあなたのために仕立て上げて差し上げたというのに」

「何?さっきからお前ら、何を企んでいるんだ?シェーナに余分なちょっかいをかけるなと言ってるだろうが」

「余分な・・・ねえ。でもあなたたち、見ていてとてもまどろっこしいというか、もどかしいというか」

「あぁ?」

「これは、シェーナ姫とあなたのためにやってあげていることなのだから、感謝してほしいわ。まあ、見れば私たちに感謝するわよ。シェーナ姫、これは侍女に片付けさせておくわね」


そう言ってリアはシェーナが今まで着ていた服を手に取る。


「リア様!待ってくださいっ!」

「せっかくだから褒めてもらいなさいな。では、陛下。くれぐれもご無体なさいませんよう」

「おい、ちょっと待て」


カナスまでが静止を求めてもあっさり無視しつつ、リアはさっさと出て行ってしまった。


(ふ、服が・・・どうしよう・・・)


いつも自分をくるんでくれるローブが持っていかれてしまい、シェーナは途方にくれた。

その向こうではカナスもため息をついている。


「何なんだ、あいつらは・・・。おい、シェーナ。大丈夫か?何されたんだ?」


そのまま彼がカーテンで身を隠しているシェーナの方へ近づいてたので、シェーナは必死で主張した。


「来ないでください!」

「どうしたんだ?嫌なことをされたのか?」


その声が半分涙声になってしまったので、カナスの不審が強くなったようだ。

彼はカーテンに手をかけて引っ張ろうとした。慌ててシェーナは顔だけをぴょこりと出す。


「違います!そうじゃないです。だ、だから、引っ張らないでください」

「おま・・・」


顔だけをのぞかせたいつもとは違うシェーナに、カナスは一度息を呑んだ。

それから、くすり、と笑いをこぼす。


「どうした?双子にやられたのか?」


今までとは違う、優しい響きだった。


「う・・・あの、リア様とジュシェとニーシェが楽しそうに・・・。変・・・ですよね?」

「シェーナ、今は俺以外いねえけど?」

「あ・・・ぅ・・・、変で・・・だ、だよ・・・ね?」


二人のときは敬語を使うなという約束をさせられているシェーナは、頬を染めながら必死に言い直した。

するとカナスがよくできたとばかりにシェーナの前髪をよしよしと撫でる。


「ちっとも変じゃねえぜ。むしろすげえ可愛い」

「か、可愛いなんて・・・」

「ああ、こういうとき、可愛いっつーのは褒め言葉じゃねえのか?綺麗の方がいいか?そっちのほうが合うかもしんねえな・・・綺麗になった」

「き・・・綺麗も、違う・・・そんなことないで・・・ない、もん」


耳まで真っ赤にしたシェーナは、黒い瞳を潤ませてぷるぷると首を振る。

そのたびに、髪飾りに付いた鈴がしゃらしゃらと鳴った。


「ああ、その飾りもよく似合うな。お前の髪によく映える」


髪飾りも耳飾りもカナスが直に選んで買ったものだ。

自分があげたものをつけてもらえるのは気分がよく、彼は目を細めた。


「あ・・・カナス様は、つけたほうが、こういうの、つけたほうが・・・好き?」

「特別好きってわけじゃないが、お前に似合うと思って選んだんだから、実際にそれがお前に似合うのを見るのはいいな」

「じゃあ、いつも・・・つけたほうがいい?」

「別にそれはお前の好きにしていい。無理強いするつもりはないからな。・・・お前、口紅嫌なんだろ。さっきから気持ち悪そうにしているぞ」


くっくとカナスが笑って指摘するとおり、シェーナはしゃべるたびになんだか唇が変な感じがして、むずむずと意味なく唇を動かしていた。


「こうやって綺麗にしているお前もいいけど、俺はいつものシェーナも気に入ってるからな。そう無理しなくていいぞ」


どうせぼんやりしているうちに、あいつらにいじられたんだろうと、カナスは笑い続ける。

一応、結い上げた髪を崩さないようにしているつもりだろうが、わしゃわしゃと撫でられているうちに、少し髪が乱れてしまった。

そういうところをあまり気にしないのを見ていると、確かにカナスには「綺麗」に対するこだわりはたいしてないのかと思う。

着飾った状態への慣れなさにもじもじとしてしまっていたシェーナは、ほっと息をついた。


しかし、彼が未だカーテンに隠したままの服を見せろと言ってきたことは、断固として拒否した。



「それだけは、絶対ぜったいぜったいダメですっっ!」


カナスと一緒に寝るときでさえ、一枚で着られる鈴型の長い袖のローブに身を包んでいるシェーナとしては、肩も腕も首周りでさえ露出している状態を見られるなど、耐えられるものではなかった。


異性はダメとか家族ならいいとかそういう問題ではなく、単純に恥ずかしすぎる。

何より、リアや双子の姉妹と比べて遥かに貧弱な体を見られたくはなかった。


「そんなに嫌なのか?一体、何されたんだよ?」

「駄目です、本当に、これだけは・・・っ」

「まあ、そこまで嫌がるなら無理強いはしねえけど・・・。ずっとそこにくるまってるつもりか?」

「あ・・・あの、私の服・・・」


シェーナの激しい拒絶にあきらめたカナスに服を取ってほしいと頼もうとして、しかし、先ほどリアが持っていってしまったことに気が付いた。


「あの、ジュシェとニーシェを・・・」

「あいつら、ラビネを連れてどっかに行ったぞ」


新しい服を持ってきてもらおうとしたのだが、頼みの侍女二人は、大好きなラビネと一緒にいられる口実を有効に活用しているらしい。


「え・・・っと、あの・・・」


どうしたらいいのかわからず、瞳を潤ませるシェーナに、カナスが「シーツを持ってきてやる」とありがたい提案をくれた。

支度部屋の隣は、衣装庫なので、予備のシーツやら毛布があるはずだと言う。

最初は大人しく頼もうとしたシェーナだったが、よく考えればそれは大変申し訳ないことで、カナスにあっちを向いていてもらっている間に自分が取りにいけばいいだけなのではと気が付いた。

大体、衣装庫ならばもっと普通の服もあるはずだ。


「あ・・・あの、カナスさ・・・きゃあっ!?」


早速背を向けたカナスを呼び止めようとしたシェーナだったが、今の靴ではろくに歩けない上にカーテンの裾まで踏んで思い切り転びかけた。

シェーナの体重を受けたカーテンが引っ張られ、ぶちぶちっと吊り下げてある紐から外れる。

しかし、目をつぶったシェーナに、思ったような衝撃はなかった。


「ったく、危ねえな」


おそるおそる目を開けてみると、カナスが絡んだカーテンのせいで受身もろくに取れずに倒れかけていたシェーナの体を半ばで受け止めていてくれた。


「あ、ありがとうございます・・・」

「また、敬語になってるぞ」


ぎゅっと鼻をつままれて、シェーナは「ありがとう・・・」と言いなおす羽目になる。

やっぱりどうにも慣れないのだった。


「しかし、お約束っつーか。お前は本当によく転ぶな」

「す、すみませ・・・ごめ・・・ごめん・・・。あの、実は靴が・・・」

「靴?」

「う・・・ん。底がとても高くて、足がついていないみたいで・・・」


どうにか起き上がったシェーナが、ちらりと足先に視線を向ける。

そして再びカナスを見上げて、彼が呆気にとられた表情をしていることに気が付いた。


「カナス様?」

「・・・・・・・・あいつら」


しかも忌々しげに舌打ちされてはさらにびっくりするというもの。

そこでようやくシェーナは自分を見下ろし、巻きついていたはずのカーテンが解けて肩にぶら下がっているだけになっていることに気が付いた。


「きゃ・・・きゃあああっ!」


悲鳴を上げて、わたわたと再びカーテンに頭からもぐりこもうとする。

しかしぶら下がっていたときとは違い、厚手の大きなカーテンはシェーナの力で上手く持ち上がらず、全部包まれなかった。

泣きそうな顔であっちを隠し、こっちを隠ししようとするシェーナを見かねて、カナスがカーテンを取り上げて、代わりに自分の上着をシェーナの肩に掛けてくれた。


「いくら掃除しててもカーテンじゃ汚ねえだろ」

「あ・・・ありがとうございます」


ぎゅっとその上着の前を掻き合わせるシェーナだったが、だぶだぶなので結局余り隠れていないという事実には気づいていない。


はぁ・・・とカナスは深いため息をついた。


「何が俺のためだ。余計なことばかりしやがって」

「ごめんなさい・・・」

「ん?お前が謝る必要は全くないだろ」


カナスを不快にしたのかと思い慌てて謝ったが、彼は苦笑しただけだった。


「お前んとこの宗教じゃ、男に肌見せたらいけないんだろ。それをあいつらは無視しやがって。嫌だっただろ?きつく言っといてやるから」

「あ・・・い、いえ、家族なら平気、です」

「家族?」

「は・・・うん。だから、リア様たちは、カナス様ならいいだろうって・・・。あの、ごめんなさい」


勝手に家族だなんて、と謝ったシェーナの額を、カナスはぺちりと叩いた。


「馬鹿。お前がそう思ってくれてんなら、それよか嬉しいことはねえよ。そうか、だからラビネは連れ出されたって訳か」


その言葉通り嬉しそうに笑ったカナスを見て、シェーナはさあっと頬をピンク色に染めた。


「でも・・・、こんな、似合ってもないし・・・お目汚しを・・・」

「ああ?似合ってねえことなんてないぞ。よく似合っているし、だいぶ大人っぽくみえる」

「・・・・・・」

「そうだな、こうやって見ると、本当に綺麗という表現のほうがふさわしいな。見違えるもんだ」

「・・・ほんとう?」

「本当だ。リア=バースなんかよりずっと綺麗だぞ」

「そんな、ことは・・・ない・・・けど」


褒められることが面映くなって、シェーナの声はどんどんと小さくなった。

けれど、カナスの言葉に偽りは感じられなくて、嬉しいとも感じる。


「少しでも、似合うって思ってくださるなら・・・うれしい・・・な。これは、リア様たちが私に、と作り直してくれたから」


はにゃっと笑ったシェーナは、必死になって掻き合わせていた手を離して、フレアの少し広がった腰の部分を摘んだ。

すると、カナスはぷいと横を向いてしまう。シェーナはそれに首をかしげた。


「やっぱり・・・あんまり、ですか?」

「いや、そうじゃねえ・・・が」


悲しくなりながら尋ねると、カナスは軽く咳払いして、上着の袖をぎゅっとシェーナの首の辺りで縛った。


「似合ってるし、可愛いとも綺麗だとも思うが、・・・屈むのはやめとけ」

「屈む?」

「ああ、いや・・・そうだな、お前はそのつもりはないか」


身長差か、と呟くカナスの真意はシェーナにはちっともわからない。

まさか、胸がないせいで上からだと見えるという事態になっていることも知らないし、知ったら卒倒するのではないかとシェーナの性格を分かっているカナスが言葉を濁してくれている気遣いも知らなかった。


「シェーナ、手を貸せ」

「?はい」


差し出された手のひらに自分の手を乗せたシェーナは、彼に引っ張られる形で立ちあがった。


「カ、カナス様!」


またしても宙に浮いているような奇妙な感覚に襲われたシェーナは、足を震わせてカナスにしがみつく。

するといつもよりもくっつく位置が違ってなんだか変な感じだった。肩の辺りにまで頭が届く。


「そういや、腕組みたいとか言ってたな」


思い出したように言って、彼はシェーナを自分の腕につかまらせた。

背中を支えてくれる手がなくなって、シェーナは小さな悲鳴を上げながらますますぎゅうっとカナスにつかまった。その必死さにカナスがひそかに笑う。


「おい、目開けろよ」

「・・・・う・・・」

「転ばねえよ。支えてやるし、大丈夫だ」


その言葉に、シェーナはおそるおそるすがりついているカナスの腕から顔を上げた。

いつもよりも近いところに、彼の少し意地悪そうな笑みがあった。


「へえ、だいぶ違うもんだな」


青い瞳で簡単に覗き込まれ、シェーナは真っ赤になる。

逃げたくて離れようとしたが、手を離すことが怖い今はそんなことができるはずもなかった。

仕方なくうろうろと視線をさまよわせるシェーナを、カナスが可笑しそうに笑った。


「何だ、やりたいと言うからやってやったのに。もういいのか?」

「あ・・・そ、そう・・・そっか・・・」


確かにリアたちがしているときはうらやましくて、自分もできたらいいのにと悲しく思った。

そう考えるとせっかくの機会を逃げたがっていてはもったいないような気もしてくる。

シェーナは少し戸惑って、もう一度自分からぺたりとくっついてみた。

抱え込むようにしてくっつく腕は温かい。

不安定に思えていた足元にも慣れてくると、嬉しい気持ちのほうが勝ってきた。


「なんだか、嬉しい」


シェーナは、カナスを見上げて無邪気に笑った。


「もう少し、大きくなれたらいいです。そうしたら、カナス様が近いです。お話もしやすいかも。いっぱい食べたら、背が伸びてくれる、かな?」


楽しそうに未来を夢見るシェーナは、今の自分の頭の高さとカナスの背の高さを手で比べる。すると、突然その手をぐいと引っ張られて強引に唇をふさがれた。


何事かと驚くシェーナだったが、引っ張られたせいでバランスを崩して、彼の肩にすがる以外のことができない。

しかも、苦しくて苦手だと思っている深いキスをされて、ますます頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。


「・・・んん・・・るし・・・」


いつもならドンドンとカナスの胸やら肩を叩くのだが、今日は必死に服を引っ張って主張する。

なのに、普段よりも強引な口付けはいつまでも許してくれなかった。


「・・・う・・・にゃぅ・・・」


子猫のようなぐったりした息が漏れた頃に、ようやくカナスはシェーナの頬と手首から手を離してくれた。

シェーナはそのまま重力に逆らえずにへたり込みそうになる。


「っと」

「・・・・、ど・・・ひど・・・くる・・・し・・・って」


咄嗟に抱きとめてもらったものの、心臓が壊れそうなスピードで脈打ち、息も絶え絶えだ。

非難する眼差しでシェーナがにらむと、カナスは珍しくバツの悪そうな顔をした。


「悪かったよ」


そして濡れてしまっているシェーナの唇を親指でぬぐった。


「とれちまったな。・・・あいつらに何て言われるか・・・」


少しだけ嫌そうに呟いた彼は、同じ手で自分の唇もぬぐった。指先に赤い色が付いていたので、シェーナの口紅が移ってしまったのだと知る。

そのことが、ひどく恥ずかしく感じた。


「あ・・・ひ、一月に、一回くらい・・・やくそく・・・」


気恥ずかしさをなんとかごまかしたくて、シェーナは膨れてかつての約束を主張した。


「・・・ああ、口ふさぐなってやつか?一月くらいしてなかっただろ?」

「そ、そんなことない!この間、お花畑でし、したっ!」


すっかりさっぱり忘れているカナスに、シェーナが涙目で文句を言う。

アレは忘れられない思い出だ。

もう仕事に行くから、と言うカナスに手招かれて寄れば、またしばらく忙しいからという理由でいきなり口をふさがれた。しかもそこにはラビネも双子もいたのに。

ひどいと怒るシェーナを、カナスはこないだ敬語を使った罰、と屁理屈をこねて黙り込ませたのだ。それをなかったことにするなんて、とシェーナはカナスを恨めしげににらんだ。


「そうか?・・・大体、その約束はお前が一方的に言っただけで、俺は了承してなかった気がするんだが」


だから今までは俺の善意なんだ、と主張するカナスに、シェーナは唖然となった。


「意地悪・・・して、楽しい?」

「意地悪?してないだろ。何だ、これは意地悪だと思ってるのか?」


ちょん、とまた唇をくっつけられて、今度はすぐ離れたけれど、シェーナは慌てて手で唇を覆った。


「意地悪でするわけねえだろ、こんなこと」

「う、だ、だって・・・カナス様、よく・・・楽しそうな顔する・・・」

「・・・・ま、何だ。お前の反応を見てるのが楽しくないわけじゃないが」

「ほら!」

「それだけじゃねえんだよ。俺にだっていろいろあるんだ」


むくれたシェーナの額をはじいて、カナスはシェーナをひょいと持ち上げた。

そのまま、椅子の上に座らせてくれる。

もつれているうちに解け、落ちてしまった自分の上着を拾いなおして、彼はまたシェーナに着せ掛けた。


「お前、本当に色が白いな。それにすげえ細い」


また袖を縛るべきなのかとシェーナが自分で四苦八苦していると、カナスがふとそんな感想を漏らす。

シェーナは耳たぶまで真っ赤に染めたが、彼はシェーナの腕を取って、確かめるように肘や二の腕を触ってくる。


「少し力を入れたら折れそうだな」

「あ、あの・・・」


どうしたものかとシェーナは戸惑ったが、カナスがそのままシェーナの腕をどかして上着の袖を二重に縛ってくれたので、大人しくしておいた。


「あのな」


ちょこんと両手を膝の上にそろえて座るシェーナに、ふと真剣な表情でカナスが話し始める。

もちろん、シェーナの表情も引き締まった。


「なんですか?」

「改まられると言いにくい気もするが・・・、あまり人を挑発する格好するな」

「え?」

「お前が分かってねえことはよく分かってるけどな・・・ったく、いつか後悔するぞ」

「はあ・・・」


だが、何を言いたいやらさっぱり分からず、シェーナは間の抜けた声を上げた。


「えっと、やっぱり、だめですか?こういう格好は。そういうことですか?」

「駄目じゃねえけど・・・。よく似合ってるからな。他の男が見たらそいつは殺すが」

「み、見せないです!絶対に!」

「そうしてくれ。こっちの神経がもたん。いや、そういうことじゃなくてだな・・・」


歯切れが悪いカナスは珍しい。シェーナは意外さに何度も瞬きを繰り返して、どういうことかと尋ねた。するとカナスは、はあっと一つ大きなため息をつく。


「・・・頼むから、もう少し常識を身につけろ」

「じょうしき?すみません、私、また知ってなければいけないことがありますか?何ですか?ちゃんと勉強します」

「勉強・・・ねえ。勉強されてもあれだが」

「あれ、って?」

「・・・・・・・そういう格好で男と二人きりでいると、こういう目にあうぞってことだ」

「?カナ・・・、ひゃああっ!?」


シェーナの方に乗り出したカナスが、突然首筋を舐めた。

その感触にシェーナは飛び上がって驚く。

椅子ごと後方へ倒れかけたのを間一髪止めてもらったが、シェーナはぱくぱくと口を動かして熟れたトマトのようになっていた。


「そういう反応するって分かってるから、止めてやってんだぞ。お前、俺に感謝しろよ」

「か、か、感謝・・・な、なん・・・どうし・・・い、いま舐め・・・舐めた・・・くすぐったい・・・」

「お前は時々、悪魔のようだな。人の理性試して、面白いか?」

「あ・・・、え?え?」


戸惑うしかないシェーナに、カナスの舌打ちが聞こえてくる。


「だから、常識が足りねえって言ってんだよ。無理やりやってやろうって気すら失せる。どうせ、できねえんだけどな」


忌々しそうにカナスはシェーナの頭をぐりぐりと乱暴に撫でた。


「い、痛い・・・」

「キスしか知らないお子様は、その続き、双子にでも、リア=バースにでも教えてもらって来い」

「続き・・・?」


しかも彼はシェーナの教育を双子たちに任せるという押し付けに出たのである。


「カナス様、どういうことですか?」

「だから双子に聞けっつってんだろ」

「お、怒ってますか?」

「怒ってねえよ。それよか、お前は・・・また敬語になってるぞ」


不安そうに瞳を揺らすシェーナから話題を逸らし、カナスはシェーナの唇をふさいだ。


「罰則の取立てだな」


涙目でぷるぷると首を振るシェーナに、カナスがにぃっと笑う。


そうやってまたしても上手く逃れるカナスだったが、シェーナを振り回しているというよりも、やっぱりいろいろ振り回されていると表現したほうが適切なのかもしれなかった。



後日。


「カナスさま、何てことをシェーナさまにおっしゃったんですか!」

「何で、私たちに押し付けようとするのですか!」

「別にいいだろ。お前ら、侍女なんだったら、ちゃんと教育しとけ」

シェーナに「キスの後って何ですか?」と何度も尋ねられて困り果てた姉妹が、カナスのところに怒鳴り込んできた。それを彼はしれっと流してしまう。

「あんな純真な方に何をどう教えろっていうんですか!」

「ご自分でご説明すればいいじゃないですか!困ってるのはカナスさまなのですから!」

「・・・っ、困ってねえよ!別に!」

「怒鳴りましたね?」

「ええ、怒鳴られました」

「やっぱり図星じゃないですか」

「カナスさまは、図星のときは怒鳴ってごまかします」

「「自分がしたいからって・・・」」


はあっと二人そろってため息をつかれ、カナスは手に持っていた書類の束を双子に投げつけた。


「何、好き勝手言ってんだ!お前らは!」

「八つ当たりはやめてください」

「そうですよ、ラビネさまに怒られてしまいます」


ジュシェとニーシェは床に散らばった書類を一枚残らず拾い上げて、机に置いた。


「別におかしいことじゃないと思います」

「カナスさまだって男の方ですから」

「でも、だからって私たちにやらせようとしないでください」

「ちゃんとご自分で理解させて差し上げてください」

「・・・・なんでそんなにも嫌がるんだよ」


強固にカナスに説明させようとする二人に、カナスは低い声で尋ねた。すると双子は顔を見合わせて、両手もパチリと合わせる。


「だって、シェーナさまに軽蔑されたくないです。ね、ニーシェ」

「うん、ジュシェ。カナスさまだったら、もう何度もシェーナさまに知恵熱を出させていますし」

「今更何をおっしゃっても、嫌われたりしないでしょうし。たぶん」

「うん、たぶん」

「お前ら!」


カナスは、身勝手なことを言い張る姉妹を部屋から追い出した。

その後も憤りが収まらなくて、彼は気分転換にと近くの回廊に出る。すると今度はそこで、オレンジの小さな実がなった枝を摘んでいるリアに出会ってしまう。


「あら、陛下。ご機嫌はいかが?・・・あまりよろしくないようですけれど」

「・・・うるさい。俺に話しかけるな」

「そういえば、この間のシェーナ姫はいかがでした?とても可愛らしかったでしょう?」


話しかけるなという言葉を無視して話を続けるリアに、カナスはあきらめて応答した。


「余分なことをするな、と言ったはずだが?」

「王宮に身を置かせていただいている恩返しのつもりでしたけれど・・・お気に召さなくて?」

「召すも召さないも、大きな世話だ」

「あら、やはり陛下のお好みは色気がないほうだったかしら?でしたら今度は、もっと幼げに可愛らしく仕立てあげましょうか?」

「だから、うるさい。関わるな」

「ふふ・・・、本当にシェーナ姫のことになられると、余裕のないお顔をされること」


にらみつけたカナスに、リアは余裕の笑みを見せた。


「好きあっているのに、幼すぎるというのは、おつらいですわね」


これ以上リアと話していても不快になるだけだと悟ったカナスは、くるりと踵を返した。

だが、切った枝を抱えたリアはくすくすと笑いながらその後をついてくる。


「なんでしたら、シェーナ姫に夜の手ほどきもお教えいたしましょうか?」


その言葉にかっとなった。

カナスは振り返り、リアの肩をきつくつかんだ。壊すほどの力の強さで。


「てめえ、ふざけたことすると身包み剥いでここから追い出すぞ」


ドスの聞いた低い声に、リアは一瞬黙り込み、それからまたくすくすと笑い始める。


「冗談ですわ。いくら私でもあの幼いシェーナ姫にそんなことはできませんもの。必死ですわね」


どうやらからかわれたようだ。チッと舌打ちしたカナスは、乱暴にリアから手を離すと、さっさと自分の執務室に戻ろうとする。


「そうやっていつまでもジレンマをかかえているよりも、いっそ自分の気持ちに素直になったほうがいいんじゃありませんこと?」

「勝手に言ってろ」


カナスはそれだけ吐き捨てると、大股で廊下を進んでいった。


(どいつもこいつも・・・勝手ばっかり言いやがって)


カナスが苛立って自室のドアをばん!と閉めたあと、残されたリアは肩をすくめていた。


「まどろっこしいわねぇ・・・恩返ししてあげようと思ったのに」


意気地のない男、と極めて不名誉な評価をもらったカナスの苦労はまだまだ続く・・・のかもしれない。


これで、その2としては終わります。最後までお付き合いいただいた方、本当にありがとうございした!


シェーナは故郷であるフィルカと決別しなければ、アキューラで地位を得たとしてもそれを理由にいつまでも搾取される対象になってしまいかねないのですが、それはまた別のお話で…。

読んでくれそうな人がいると思ったら今月中には投稿し始めると思います。たぶん。。

見つけることがあればまたお付き合いいただけたら嬉しいです。


ブックマーク、評価ありがとうございます。次の活動の励みになり、大変喜びます。

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