望まぬ来訪者に王は辟易する
それから数日後。
シェーナたちが住む宮は、急激に様変わりをしていた。
この上なく不機嫌な顔をしたカナスは、吹き抜けになっている広い応接間でイライラと指で椅子を叩いていた。
身の回りの世話を任せている侍従で乳兄弟でもあるグィンからの報告を受けながら、反対の手で頬杖をつき、苛立った目を隠そうともしない。
それがよく分かっているグィンは、びくびくと体を縮こまらせていた。
「本日は、以上です。何かご質問は・・・」
「別に、ない」
「そ、そうですか。あとは、ラビネ様が直接お話になるそうで、お戻りになるまでもう少々お待ちを・・・」
グィンの言葉を最後まで聞かず、カナスの椅子の周りをぐるりと囲んだ女の一人が高い声をあげた。
「まあ!でしたら、わたくしが琴でもお弾きいたしますわ。是非、お聞きになってくださいませ」
「それよりも、詩読みはいかがです?私、吟遊詩人になれるとお褒め頂いたこともございますからぜひ、陛下のために作らせていただきたいです」
「そのようなつまらぬものよりも、楽団を集めていただければ、私が異国の踊りを披露してご覧にいれます。陛下にきっとお気に召していただけると思いますわ。衣装もほら、このとおり」
「まあ、そのように回りくどくお気を引こうとするなど無駄なこと。陛下には“歌姫”がついておられるのですから、どうせ敵わないというのに。それよりも陛下、幼い“歌姫”様ではご満足いただけないことはございませんこと?」
「・・・・・・」
一番年上(とはいってもカナスより3、4歳上なだけときいている)で、妖艶な微笑を持つ女が、触れるか触れないかぎりぎりのところまで、長く赤い爪をもつ手でカナスに近づいた。
カナスはさっと避けて、立ち上がる。
「グィン」
「は、はい!」
「ラビネはどこだ?こちらから出向く」
「え・・・、はっ。ただいまご案内いたします」
「ええ?ラビネ様がお戻りになられるまでお待ちになっていればよろしいではありませんか」
「そうですわ。陛下は働きすぎです。たまにはお休みになられませんと」
引きとめようとする女たちへ「暇などない」と感情を殺した低い声だけを残してカナスはその場を後にした。
しかし、側近以外を入れない自室に戻った途端、ラビネはグィンの頭を掴んでぎりぎりと締め上げたのである。
「い・・・い~っっ!!!」
とどめに、声にならない悲鳴を上げるグィンの痛そうな顔を見て、カナスはふぅっと耐えていた不愉快さを息で吐いた。
「誰だよ、朝の予定は広間で聞くものって決めたのは」
「それは、えーと、昔ながらの議会規則ですね。公務の予定は皆で共有し迅速にと」
「その場に、寵姫なら入れていいと決めたのは」
「・・・・・・・・・前王です」
どうせあの父は執務を放り、女を侍らせることしか頭になかったのだ。
「即座に廃止しろって言ってるだろう」
「一応、法に、のっとって・・・その議案ができるまでは」
「何の意味がある!」
「い、意味はないですけど・・・だって書いてあるんですよ」
「消せ」
「そうは言っても文官たち、頭が固いんですよ」
「んなもん、あのくそおやじなんて一言でやれって言ってやったに決まっているだろ!なんでできねえんだよ!」
「強硬にやってやれないこともないですが・・・。でも、丸々消しちゃうと、シェーナ様も今後必要になったときに出られませんからこっちに都合がいいようにうまくやるようにとラビネ様がおっしゃってましたし」
「・・・・・」
カナスは頭を抱えた。
大体「寵姫」という定義もなしに規則を作るなと当時の文官に言いたい。あの父に無理やりやらされただけなので都合よくとれるように投げやりにやったのだろうとは想定が付いたが。
「うっとおしい」
「そ、そうですね。・・・私は怖かったです。姫君ってあんなに笑顔で嫌味を言い合えるものですか?見ていて震えが走りました」
心底つぶやいたカナスの言葉に、グィンも全面的に同意する。
「・・・もはや、男の関心を引く以外できないんだろ」
カナスの嫌悪を浮かべた表情に、グィンは僅かに意外そうな顔をする。
「その、・・・カナス様は・・・あの姫君たちには、同情しないのですか?」
彼の周りに集まっていた若く美しい4人の女性たち。
それはかつて、カナスの父、スロンに囲われ、国を、帰る場所を失ってしまった姫君だった。
カナスは父の所業を強く憎み、そしてその欲望の犠牲とされた女性たちにひどく同情する傾向にある。
同じように父親に囚われていた最愛の姉を救えなかった、その贖罪を果たすかのように。
「あ?」
「だ、だって・・・あの姫君たちのことはひどくお厭いのようですから」
「当たり前だろ。周りの目がなきゃ、とっくにここから追い出してるぞ。あんなアバズレども!」
「だ、駄目ですよ!そんな言い方をしたら!」
「どこが悪い?俺は、市民権を与えてやるしそれで困らない程度の生活を保障してやるから自由に生きればいいと伝えたはずだ。そう伝えたよな?」
「はい!はい!そ、それはもう、一言一句間違えずに!」
じろりとにらまれてグィンは首を縦に思い切りよく振った。
「それがなんだ?あのクソじじいから解放されて喜ぶかと思えば、いままで通りの豪華で優美な生活がしたいから出て行かないだと?てめえらみたいな位もない愛人なんか無一文で放り出されても文句が言えないところ、わざわざ気を遣って市民権も生活の資金もやるっつったら、贅沢がしたいから承知しねえだと?おまけに名目上は俺の愛人だから、出て行く筋合いはないだと?!」
「カナス様!お、落ち着いてくださいっ!」
「これが落ち着けるか!俺に落ち着いてほしかったらあいつら追い出して来いっ!」
「私に言われても・・・」
「お前がしっかりしねえからだろ!」
「私も頑張ったんですよ、他は必死で説得したんですよ。十何人もいるなかで、4人くらいは大目に・・・」
「見れるか!」
怒り狂ったカナスに足を蹴られ、グィンは痛みに悶絶した。
これは相当に頭にきているな、と付き合いの長い彼は、冷や汗が止まらなくなる。
「とにかくあいつらが、古参の貴族の奴らと結びつきでもしたら厄介だ。なんとか穏便に出ていかせろよ」
「わ、私がですかっ!?」
しかし、無茶ぶりが過ぎる。グィンは確かにカナスの乳兄弟ではあるが、末端貴族の血筋で身分としてはさほど高くない。しかも先の戦いで隻眼となり、軍務の正式な役職からも遠のいてしまっている。つまり、高貴な血筋を相手にする力はさほどない。
「俺が追い出したら何の解決にもならねえじゃねえか。俺が欲しいのは“シアン”だけだ」
「分かっていますが・・・」
“シアン”すなわち王禦妃とは、アキューラの王族が一生に一人だけ迎え入れる女性で、側女すら持たずその后だけを愛するという宣言、称号だ。
それだけの寵愛をうける“王禦妃”は王とも王子とも異なる、独立の地位を与えられ、たとえ夫が亡くなって、政治に携わることはなくとも地位は揺らがない。一生敬われる地位を与えられる極めて特殊なもので、めったに宣告されることはない。
けれど、カナスは出会ったときから他国の姫であるシェーナを守るために、この地位を与えようとしていた。
しかし、それだけの特別な地位は、現存する王族、そして王の妃である後宮の全員に祝福を受けなければならない。
しかし、名目上は“カナスの妃”として認知されてきたことを逆手に取る強欲な彼女たちは絶対にシェーナがシアンとなることを認めやしないだろう。
かといって、そのために愛人(この場合そう呼ばれている人たち)を一方的に追い出せば、それは“シアン”の即位に猜疑の芽を残すことになる。
いくらカナスがもともと自分の愛人なんかじゃないと言い張っても、それはシェーナを溺愛するがゆえと思われるだけ。
民衆やカナスの側近からは人気のあるシェーナだが、ただでさえ格式や伝統を重んじる古くからの家柄から風当たりが強い。
そんなシェーナには一切の負い目を残したくない。
ここは丁重に辞退し真実を話してもらうのがいいのだが、権利を主張して憚らない彼女たちはここまで押しかけてきて、絶対に無理だというのにカナスに取り入ろうと必死である。
もちろん、裏では貴族たちが手を引いているのもわかっている。
それでも、かくも女の欲というのはすさまじいと、カナスは辟易していた。
「ラビネ様のほうがよいのではないですか?」
「俺もあいつも忙しい。お前がやれ」
「そ、そう言われても・・・私、一回説得に失敗しているのですが・・・」
「そうだ。だから挽回のチャンスをやると言っているんだ。嬉しいだろう?」
「ううう嬉しくありませんが?!」
「いいから、やれ。できなかったらこれから先、無能と呼ぶ」
「そんなぁ」
情けない声を出したグィンにふいと背を向けて、カナスは部屋から出て行こうとした。
だが、ドアノブを掴んだところでくるりと振り返る。
「それと、シェーナに余計な心配をさせるようなことをするんじゃないぞ。もしも、あいつらが勝手な振る舞いをするようなら脅してでもすかしてでもやめさせろ」
「貴族女性相手にそんな無茶な」
「まあ、いざとなったら“消して”もかまわん。まあ、双子がシェーナを守るだろうからそうは心配してないがな」
「あっ、カナスさ・・・」
厄介ごとだけを押し付けてさっさと出て行くカナスに、残されたグィンががっくりとうなだれたのは言うまでもない。
誤字ご指摘ありがとうございましたm(_ _)m