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歌姫は手を差し伸べる

それから毎日、同じ時間に庭に向けてシェーナは歌った。いつもリアが同じ時間にそこにいるからだ。

聞いているかどうかは知らないけれど、耳障りだったらはっきり言うと思うので、とりあえず続けている。しかし。


「・・・シェーナ、お前は宮の機能を止めたいのか?」

「え!ち、違います!そんなつもりではまったくないです!」


だが、その時間になると、“歌姫”の歌が聞こえるということで、人々は手を止めて聞き入ってしまう。しかもその後は大概、思い出し泣きをする人間が多くて、しばらくは仕事が手に付かないらしい。


「ごめんなさい・・・」

「怒ってるんじゃねえけど。歌ってもいいが、せめてもう少しやる気の出る歌にしてくれ」

「はい」


前の晩にカナスに苦笑されてしまい、シェーナはその日、いつもと違う歌を歌った。

すると珍しく、扉を叩く音が聞こえてくる。

「はい?」


ニーシェが用心深くドアを開けると、そこにいたのはリアだった。


「リア様!?」


鍵盤を叩いて立ち上がったシェーナに、リアはにらみを聞かせた。


「うるさいわ!耳障りなのよっ!」

「・・・っ?」

「シェーナさま!」


シェーナの前に、ジュシェとニーシェが立った。途端にリアはひるんだが、「とにかくやめて!」と吐き捨てて出て行く。


「あ・・・・・・二人は少しそこにいてください」


シェーナは慌てて、その後を追った。シェーナの走りは遅いが、歩いているリアに追いつくことは造作なかった。


「待ってください。すみません・・・お気を害しましたか?」

「害さないと思っているわけなのかしら?」

「い、いえ・・・あの、お怒りでしたらもっと前に怒られると思っていたので・・・」

「!う、うるさいわね!あの歌だったら聞いてもいいと思っていたのよ!」


リアがむっとした様子で文句を言い、シェーナは逆に驚いてしまった。


「あの歌・・・“希望”の歌ですか?あれなら少しは聞いてもいいと思ってくださいますか?」


そして次の瞬間に、ぱあっと笑顔を浮かべる。すると今度はリアのほうが戸惑った。


「な、なによ・・・その顔は・・・」

「よかったです。リア様は聞いていてくださったのですね」

「・・・来ないで頂戴」

「え・・・あ、あの・・・っ」


しかし、リアが歩を速めて先に行ってしまうと、シェーナはあきらめてその場にたたずんだ。だが、シェーナはさらにその先に別の人影を見つける。


「あらあらあら、随分と仲がよろしくなったようですわね」

「リナリー殿。それにキルベナ殿とラーラ殿まで。おそろいでどうかしたのかしら?」


リアがシェーナに向けていた戸惑いを消し、鮮やかな色の唇で笑みを浮かべた。


「リア様こそ、随分シェーナ姫とご懇意になられたご様子で」

「ほんに。一番“歌姫”に当たりが強かったと思っておりましたが、すっかり評判の歌に心を奪われてしまったのかしら?」

「いい物を耳にしていなかったんでしょう?陛下に一流の楽団も呼んでいただけなかった程度の方ですもの。仕方のないことだわ」


くすくすと悪意ある調子で笑っている彼女たちに、リアは表情をすっと消した。


「そうね。あの方は金ばかりがかかる見栄っぱりの姫君を競わせるのは疲れる、たまには落ち着いた娘がよいとこぼしておりましたもの。それはさぞ楽しかったことでしょう」

「なんですって!?」


4人仲良くしていたと思えば、内部でかなり揉めてたらしい。あまりに赤裸々な罵りあいにシェーナは震え上がった。

ジュシェとニーシェを置いてきてしまったことを後悔し始めても、足が動いてくれなかった。


彼女たちはまだ、言い争いを続けている。

そして、挙句にはリアがラーラに手をあげた。ぱん!と痛そうな音が響いて、シェーナは目をつぶる。

今度はラーラがやり返し、リアの胸にかかっていた金色のペンダントを引きちぎった。


「何をするのっ!?」

「あら、薄汚れたものに触ってしまいましたわ。嫌だこと」


ラーラは本当に嫌そうに顔を引きつらせ、それをゴミのように床に捨ててしまった。磨かれた床を転がった金属は、そのまま滑ってバルコニーの柵から落ちてしまう。


「なんてことするのよっ!」


リアが怒りに任せて再び殴りつけようとしたけれど、その前にラーラが扇を投げつけて応戦した。ひるんだ隙に、リナリーが結託してリアを突き飛ばす。リアは床に倒れこんだ。


「今までのお返しですわ。いい気味だこと」

「これに懲りて年増が威張らないでいただきたいものだわね」


目を燃やしてにらみつけるリアに、他の3人は笑う。

シェーナだけがおろおろとして、ようやく近づこうとした。


「あの、だいじょ・・・」

「シェーナ姫。そんな方は放っておけばいいのよ。恩を売ったところでいいことはありませんわ」

「そうよ。嫌味を言われるだけですもの」

「ちっとも感謝されませんことよ」


確かに助けたからといってリアが優しくなるとは思えない。

しかし、結局シェーナは見捨ててはおけなかった。姫君たちが去った後、シェーナはそっとリアに手を差し出した。


「お怪我はないですか?どこか痛いのなら、ジュシェたちに・・・」

「放っておいて!」


けれどやっぱりその手はぱしりと叩かれてしまう。


「それよりもあれを・・・」

「大切なものなのですか?」

「うるさいわね!話しかけないで!その偽善ぶりがうっとおしいのよ!!」


怒鳴りつけられ、シェーナがびく、となったところで、どこからともなくジュシェたちが現れた。

シェーナの命どおり口をださないよう隠れて見守っていたが、このままでは激昂したリアがさらに手を出しかねないと判断したからだ。


「シェーナさま、大丈夫ですか?」

「お怪我は?」

「・・・っ?!どこから・・・、いえ、アンタはそうやってぬくぬく守られていればいいじゃない。私にかまうんじゃないわ」

「また・・・!」

「侍女風情がうるさいわ!さっさとその娘を連れて行きなさいよ」


リアは打ち付けた肩をかばいながら、一人廊下の先に向かっていった。

残されたシェーナが呆然としていると、ニーシェがため息をついた。


「だから申し上げましたのに。シェーナさま、もう関わらないほうがいいですよ」

「そうです。何かあってからでは遅いですから」

「・・・・・・はい」


しゅん、とうつむいたシェーナはそれでも何か決意した目をしていた。


***


次の日。


「シェーナさま!」

「シェーナさま!どこにいらっしゃるのですか?」


温かくなってきた昼に、双子の焦った声があちこちで響いていた。

それを聞きつけて、シェーナはかがんでいた体を起こす。頭上で、がさりと葉が鳴った。


「はい?」


乾燥地に多い、背丈の高い草陰から顔を出すと、二人はあきらかにほっとした顔になる。


「シェーナさま、よかった」

「黙っていなくなられるから驚きました。何をしていらっしゃるのですか?」

「すみません、探し物をしていました」

「探し物ですか?でしたら、私たちがいたします」

「シェーナさまは待っていてください」

「でも・・・」

「でも、じゃありません。シェーナさまのお姿が見えずどれほど心配したことか」

「すみません。お昼で明るいですし、宮の中なのでいいかと」

「よくありませんよ」

「どれほど肝を冷やしたことか」

「ちょっとの間のつもりだったんですけど・・・ごめんなさい」


そこまでの心配をかけたのかとシェーナは慌てて頭を下げた。

何も現状を知らないシェーナには、いまいち危機管理が足りなかった。


「もういいですよ。それで、何をお探しですか?」

「えっと・・・それは・・・」


シェーナはそこで言いよどむ。素直に言ってもよいものかどうか悩み、視線をそらしたときに、ふと草の根にきらりと光るものを見つけた。


「あ!ありました!」

「え?どれです?」

「ジュシェの足もとです。踏んだらいけないので動かないでください」


立ち上がってしまうと草に隠れてよく見えない。

シェーナは四つんばいになり、それを拾い上げた。

金色の丸いペンダントトップ。リアが昨日ラーラに落されてしまったものだった。


「よかったです。見つかりました」


ほっと息を吐くシェーナは、地面に手や膝をついていたせいで土で汚れてしまっていた。

それでも嬉しそうな顔をするシェーナに、双子は優しい笑みを浮かべる。


「よかったですね、シェーナさま」

「大切なものなのですか?」

「はい、きっと」

「きっと?」

「リア様は、昨日とても困っておられました。だから、きっとすごく大切なものだと思うので・・・あ・・・」


リアによい感情を持っていない双子には黙って返すつもりだったのに、ついつい馬鹿正直に話してしまっていた。

途端に双子がため息をついた。


「シェーナさま、関わらないでくださいとおっしゃいましたのに」

「それも、そんなにお汚れになってまで・・・。シェーナさまがお優しいのは大変いいことですが」

「それでもお人よしにも限度があります」

「もっとシェーナさまは御身を大切になさってください」

「・・・でも、本当にリア様が必死そうでしたから。これだけは・・・。きっと悲しいと思います。大切なものをなくされては」


それでもシェーナが必死に言い募ると、ジュシェとニーシェは同じタイミングで苦笑した。


「それがシェーナさまなのかもしれませんね」

「本当に、お優しくて、お心が清らかで」

「そんなシェーナさまが大好きですよ」

「私も、シェーナさまが大好きです」


説教から一転、いきなり褒められてシェーナはきょとんとなったが、それでもすぐに破顔した。


「ありがとうございます。私も、二人が大好きです」


シェーナの言葉に、双子もまた嬉しそうに笑う。


「それにしても、土汚れが付いてしまいましたね。先にお体をお清めしましょう」

「まあ、騒がしいと思えば」

「陛下のご寵姫が随分お汚れになって、みっともないこと」

「王宮の品位が疑われてしまいますわ」


突然、とげとげしい言葉と嘲笑が、回廊の方から聞こえてきた。

振り返れば、予想通りラーラたちがいる。ただ、その中にリアの姿はなかった。


「そういえば先ほど、リア様も地面に座り込んでいましたわね」

「よほど地面がお好きなようで」

「そんなみっともない真似、わたくしにはとてもできないわ」


悪意に満ちた言葉に、シェーナは身を縮こまらせる。

すると、立ちふさがったジュシェたちの視線があきらかにあの恐ろしいものへと変化した。

それにいち早く気がついたシェーナは、昨日の二の舞になるまいと二人を先に静止した。


「ジュシェ、ニーシェ、行きましょう。部屋に戻りたいです」

「「シェーナさま」」


ちょっとよろけてしまったが、一人で立ち上がり、彼女たちとは反対の回廊へ向かう。慌てて双子もその後を追ってきた。


「シェーナさま、黙っていることはありません」

「そうです。あのような無礼、耐えなくてよいのですよ」

「いいんです。いがみあうことは悲しいことですから。黙っていたほうがいいです」

「しかしですね・・・」

「あ、リア様です」


なおも不満に唇を尖らせる双子だったが、シェーナは視線の先にリアの背を見つけて駆け出した。

「シェ、シェーナさま!」

「待ってください!」


しかしシェーナは静止の声を聞かずに、薄汚れた姿のままリアに話しかけた。


「リア様、待ってください」

「・・・何?そんな汚い姿でよらないでくれないかしら?汚れがついたらどうしてくれるの?」

「あ、ご、ごめんなさい。でも、これを早くリア様にお渡ししたほうがいいと思って」

「アナタからもらうものなんて何もないわ」

「でも・・・これは、リア様のものではないですか?昨日落された・・・」


シェーナは、丸い金の塊を手のひらに乗せてリアに差し出した。

するとリアの目が見開かれる。


「・・・どうしてアナタがこれを・・・」

「よかったです。やはりリア様のものだったのですね。どうぞ・・・あ、よ、汚れてしまっていますね。すみません」


シェーナは自分のローブの袖でごしごしとそのペンダントを磨いた。

それでも鈍いきらめきしか取り戻さないそれを、リアに「どうぞ」と再び差し出す。

リアは黙って受け取り、その表面を指先で撫でた。

そして、かちりと横についていた小さな突起を押して、蓋を開く。中に色あせた鉛筆画、デッサンのようなものがはいっていた。

見たことがないからくりのつくりに、シェーナは不思議そうにしていたが、あまりじろじろ見るのはよくないと黙って踵を返そうとした。


すると、何故かリアがシェーナを呼び止めたのだ。


「・・・アナタ、これを探していたの?そんなに泥によごれてまで?関係ないのに?」

「そうです、シェーナさまはあなたなんかのために」


その問いかけに答えたのは、ジュシェだった。


「まったく恩もないあなたのために、シェーナさまはわざわざお一人で探されていたんです」


ニーシェも、敵愾心丸出して言う。シェーナは焦ってしまった。


「いえ、あの・・・とても大切なものみたいでしたから・・・。私も昔、大切なペンダントを落してしまってすごく悲しかったことがあるんです。だから、きっとリア様も同じ気持ちだろうなって思って・・・それだけです。ジュシェ、ニーシェ、行きましょう」

「「はい」」


「失礼します」と頭を下げて部屋に戻ろうとするシェーナの後を、頭も下げずに双子が付いていく。


「・・・・・シェーナ姫!」

そんなシェーナの背に、呼び声がかかった。シェーナ、とリアの声が、初めてシェーナの名前を呼んだ。

驚いて振り返ると、リアはそっぽを向いたまま、ぼそりと呟く。


「その・・・感謝するわ。一応・・・ね」

「リア様・・・」


ますますシェーナの目が驚きに見開かれるのを見ると、リアはふん、と鼻を鳴らしてどこかに行ってしまったが。


「何ですか、あの態度は!」

「全くもって腹が立ちます!」


双子はそんな不遜なリアの態度に怒っていたが、シェーナはふわっと小さな笑みを浮かべる。ほんの少しだけでも、リアが感謝を示してくれて嬉しかった。


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