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王は計略に胸を痛める

王宮の一室では、治療を受けたカナスの椅子の周りに、グィン、ラビネそしてイリヤがいた。

恐怖と罪悪感に泣きじゃくっていたシェーナがようやく眠ったという報告を聞いて、初めてカナスは話し合いの活路を開いた。


「さて、今回のこと、どうみる?」

「まずはお詫びを。御身をお守りするという至上命を遂行できず、暗行御使分長として申し開きの言葉もございません。本来であればこの場にはせ参ることすら恥ずかしく・・・すべての責任はこの私にあります、部下たちへの処分はどうか・・・」


ルナード族特有の黄色みがかった緑の瞳を伏せ、彼は跪き深々と頭を下げた。


「イリヤ。あの街に出かけ、護衛を困難にしたのは俺の我侭だ。お前たちはできる限りのことはしていた。それを咎める気はない。それよりも何か情報は得たか?」

「はっ、寛大なお言葉、眞にありがたく存じます。襲撃者どもを厳しく調べましたところ、きやつらめはラグー人でした」

「ラグーか。随分昔の話ですね」


ラビネが眉をひそめた。

ラグーとは、もう2世代も前にアキューラに併合された国だった。

当初は衝突が絶えなかったようだが、ここ何年も争いはなく、現世代はほとんどアキューラ人として育っているくらいだ。


「陛下が前国王の侵略地を次々と自治化しているのに対し、ラグーの民にはその権利が与えられなかったことを恨んでいたそうです。とはいえ、ほとんどのラグー人はそのようなことを望んでおりませんから、ほんの一部の過激派でしょう」

「そうか」


いつでも不満の種はくすぶっている。

その程度の反逆にいちいち目くじらを立てる気はない。

カナスは鷹揚に顎を引いただけだった。

欲しい情報はそこではないとばかりに視線を向けると、イリヤはその意を汲んですぐに続きを話し始めた。


「きやつらめは、あの街にひそみ、もともと王都で騒ぎを起こすつもりだったようです。しかし、今日の昼ごろ、突然隠れ家に見知らぬ黒マントの男がやってきて、陛下がこの街にお忍びで来ている、狙うなら今だと持ちかけてきたそうです。半信半疑で出向いたところ、確かに陛下であったと確認し、犯行に及んだ模様です。その話を持ってきたのがあの自害した男。確認させました」

「あの男は?」

「肌の色から、南の国の者ではないかと。それ以上は」


首を振るイリヤに、「そうか」ともう一度呟いた。

そう簡単に何かが分かるわけがない。


「何故、カナス様の動向がばれていたのでしょう?ディーヌに向かうことは、近衛すらほとんど知らぬというのに」

「つけられていたとかですかね?」

「いいえ、そのような輩がおりましたら、私どもが見落とすわけがありません」


グィンの主張に、イリヤはありえないと首を振った。


「それにタイミングもおかしいですしね。カナス様方がディーヌについてから一刻。ラグー人たちの隠れ家を探し、その所在を確認し・・・見つからぬよう後付けしていたのでは到底準備が整うとも思えません。やはり待ち伏せしていたと考えるのが妥当でしょう」


ラビネもイリヤに賛同する。


「では、やはり・・・」

「ああ。情報をもらした奴がいるな」


場は一気に静まり返った。


「安心しろ。俺はこの場にいる誰も疑ってはいない。これくらいで気取られるほどの馬鹿ではないと信じているからな。グィンは別だが」

「な・・・、この非常事態になんてことを言うんですか!」

「大丈夫だ、お前は抜けているところがあるが馬鹿正直だから裏切らないと信じてはいる」

「・・・嬉しくありませんよ、そんなことを言われても」


一瞬、信じているという言葉に感動しかけたグィンだったが、やはり小馬鹿にされているとしか思えずに顔をしかめた。

そんな冗談を交えつつ、カナスはため息混じりに言った。


「人間、秘しているつもりでも思わぬところで聞き耳を立てられているということはよくある。とくにこの宮には人が多い。部下同士の会話を、第三者が耳にする可能性が皆無なわけではない。些細なことからも状況を合わせれば、答えにたどりつくことは重々考えられるだろう。・・・まして、外部に優秀な頭脳が控えているとしたら?」

「カナス様・・・ご見当がお付きですか?」

「まあな。・・・女というのは思わぬところから情報を得るもんだ」


カナスの言葉に、はっと全員の顔つきが変わった。


「あいつらは知っていたな。“今日は執務がもうないと聞いた”と。それは、誰から聞いた?もしくは、どこでそれを聞いたか」

「なるほど。御高貴なご身分の彼女たちならば、衛兵も無下にはできませんね。私たちが話していることを聞いた者が、尋ねられ、それを考えなく伝えてしまった可能性もありましょう。未だに彼女たちのことを誤解をしている者もおりますし」

「それに、だ。これは俺のミスだが、あいつらの前でシェーナと話した。“祭り”と、口にした。俺が出かけられるなど日帰りに決まっている。一日で往復できて、祭りをやっている街は一つに絞られるだろう。伝書の鳥でも飛ばせば、馬車よりも速いだろう。そこでもともと近くに待機させていた暗殺者を向かわせる。その“待機させていた”、という部分もどういうことか怪しいけどな」

「なるほど。一番筋が通っていますね」

「では、あの暗殺者は本当にシェーナ様を狙っていたということでしょうか?」


姫君たちが欲しいのは、カナスの後ろ盾。

その彼を殺してしまっては、逆に王宮から追い出されることになってしまう。

むしろ考えられるのは、目障りなシェーナを消すということだ。

しかし、血相を変えたグィンにカナスは「違う」と憤りを含んだ視線を向けた。


「あいつは、俺が気づくのを待っていやがった。本当にシェーナだけを狙ったのならば、俺と目を合わせる前に飛び出していたはずだ。一流の暗殺者はそんなミスを犯さない。あいつは、シェーナを狙えば俺が無防備にかばうのを見越して、あのタイミングで出てきたんだ。俺に真正面からくるよりも確率の高いほうを選びやがった」


怒りは、無関係なシェーナを巻き添えにしようとしたことに向けられていた。

一歩遅れれば、本当にシェーナが死んでいたのだ。

あちら側にしてみればそれでも結果的にはよかったのかもしれないが、いずれにせよ腸が煮えくり返る。


「姫君の中に、カナス様のお命を狙っている人間がいるということですか?」

「そういうことだな。外に共犯者がいて、内部の情報を漏らす役割なんだろう。さすがにそれが全員とは思えないが」

「あの4方の中のどなたかが・・・」


グィンは唇を噛んだ。この騒ぎの大元の原因は、王宮に彼女たちを連れてきてしまった自分にあるからだ。


「まあ、こんな事態になるとは俺も想像していなかった。そこは不問にしておいてやる」


こういうときだけカナスは寛大だ。

普段容赦なくこき使い、殴り倒してくるが、乳兄弟のグィンを側に置いておくことを基本的に希望しているのだ。


「とはいえ、このままじゃ危なっかしいな。適当な理由をつけてあいつらをここから隔離・・・」

「いえ、このまま泳がせておきましょう」


しかしカナスの提案に意を唱えたのはラビネだった。


「事は国王陛下暗殺未遂という重罪です。ここで、わが王に倒れられるわけには行きません。不穏の根を摘むためにも、このまま彼女たちを泳がせておいてその黒幕を引きずり出すべきです」

「馬鹿言え、そんなことを承服できるか!わかってんだろ、あいつらが次にやり始めることは!」

「ええ。シェーナ様を狙うでしょうね」


カナスの怒りに触れても、さらりとラビネは返した。


「本日は半信半疑だったとしても、シェーナ様があなたの弱点ということはもはや白日の下にさらされたようなもの。でしたら、次は確実にシェーナ様に照準をつけるでしょう」

「わかっていて・・・、シェーナを囮にするつもりか?!」

「やむを得ません。黒幕を探し出すことが先決です。それに、シェーナ様を単独で狙うということは意味がありませんからしませんでしょう。その間に、彼女たちの動向を調べあげましょう」

「駄目だ!」


カナスはラビネを思い切りにらんだ。まるで敵でもあるかのように。

すると、ラビネがふっと息を吐く。


「私とてこのようなことは言いたくはありません。しかし、ここで根を摘み取らねば、またシェーナ様も危険にさらされることになります。姫君たちを隔離し、相手に警戒されてしまえば捕まえることはかなり困難でしょう。証拠が見つからなければ、スパイ込みでまた彼女たちを受け入れざるを得ません。そのほうが、あちらも用意周到になり危険でしょう」

「・・・・・くそ!」


ラビネの分析は正しい。けれど、感情がそれを許そうとしない。

自分だけならいいが、シェーナを危険な状況に置くのは絶対に嫌だった。


「カナス様。どうか、信じてください。シェーナ様の御身は必ず彼女たちが守りましょう」


いつまでも頷かないカナスにラビネはそう言って、続き部屋のドアに手をかけた。

するとそこにはジュシェとニーシェの跪頭した姿があった。


「お前ら・・・」


そちらのバルコニーに面した窓が僅かにあいているので、そこから忍び込んできたのだろう。

いくらシェーナの部屋が隣とはいえ、4階のバルコニーを伝ったのかとカナスは呆れる。

さすが、イリヤと同じ身体能力に恵まれたルナード族だ。


「カナスさま、私どもがシェーナさまには指一本触れさせないようにお守りいたします」

「ルナード族の誇りにかけて、シェーナさまをお守りすることを誓います」

「女の宮において、この二人に敵う者はいないでしょう。これでも安心していただけませんか?」


確かに双子は、何よりシェーナを主君として大切にしている。

全力で守ることだろう。

しかも双子にはラビネの期待に応えるという私情もあるから、そのやる気はもう限界を超えている状態だ。


「・・・わかった。お前の言うとおりにしよう」


結局、カナスが折れた。


「双子、何があってもシェーナから目を離すなよ」

「「御意にございます。この命に賭けて」」

「イリヤ、王宮内に暗行御使の配置を。些細な情報を見逃すな」

「御意」

「これはこの場限りの話だ。下手に警戒心をもたれるような無様な真似はするなよ」

「はっ」


特にグィンに念押しをすると、彼は深々と頭を下げた。


「よく、決断なさいました」

「うるさい。これで上手くいかなかったらお前、更迭するぞ」

「甘んじて受けましょう。わが国王陛下のご期待に必ず応えてみせましょうとも」


苛立ち混じりに言うと、ラビネも恭しく頭を垂れる。

皆をそれぞれの役割に戻させ、一人頬杖をついたカナスはふーっと深くため息をこぼした。


(・・・頼むから、シェーナだけは・・・)


あのか弱い少女が傷つくようなことだけは、何もないようにと願った。


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