たぶん日本最初の一騎討ち
日本神話で読んでみたいエピソードがあればと募集したところ、オーダーがありましたので、それに合わせて書いてみます。
○オーダー。
: 葦原中津国平定の際、タケくん(タケミカヅチ)が片手を失ったエピソード。
(作者返答) : 「国譲り」の際の、 タケミカヅチ と タケミナカタ の無手 (素手)での決闘と思われます。
今回は、残酷な描写があります。
一騎討ち。
戦争状態にある戦場において戦士同士が一対一を原則として決着をつける戦闘手法である。一騎打ち(いっきうち)とも表記される。
日本においては、大将同士(あるいは、腕自慢の兵)の一騎討ちにて戦闘の勝敗を決めることは一般的な時代もあったようですね。
それは、誰の手柄かはっきりさせるためのものでもあったとか。
日本神話においても、この一騎討ちの様子が記されているようです。
その様子を書く前に、事前状況の整理をしますね。
素戔男尊 (スサノオノミコト)が葦原中津国に降り、難事を解決し敵対勢力を斬り伏せ、妻を娶り根の国(黄泉の国)へ向かった後、葦原中津国は治める王が不在の状態になります。
そのため、再び乱世の様相を見せ始めた頃、一柱の若きイケメンが根の国を訪れます。
そのイケメンの名は、大己貴命 (おおなむち)。 スサノオ の子孫にあたる若き神です。
スサノオ はその青年を自らの子孫と見抜き、また、自身の娘である須勢理毘売命(注1)とそのイケメンが互いに一目惚れしたこともあって、イケメンの求めに応じる条件として様々な難事を課したといいます。
父である スサノオ としては面白くないものの、到底一人では成し遂げられないような難事を、一目惚れしあった若き男女が手を取り合い難事に挑み解決する姿を見て、 スサノオ は腹を決めます。
娘と共に、渡せるものは託してしまおう。と。
と、いうのも、葦原中津国は一度平定したし、その際活躍した神剣「天叢雲剣」は、離れてからずっと気になっていた姉である アマテラス に献上してしまい、手元には大したものがないからです。
そこで スサノオ 、一計を案じます。
自身の神力を込めて願掛けした名を、娘を連れていく若き才能に贈ることで、成功と繁栄の一助になれ。と。
「どうせなら、大きな国を造れ。そして、その国の主となるのだ。そのための名を託そう」
その名こそ、「大国主 (オオクニヌシ)」。
やがて、葦原中津国を一つにまとめる傑物の名となります。
根の国から帰還した大己貴命 (おおなむち)、改め、大国主 (オオクニヌシ)。
運命に引かれ巡りあった親友 少名毘古那神 (スクナビコナ)と共に葦原中津国をまとめあげ、国家として運営します。
さて、長い前振りでしたが、いつも通り小話を。
親友スクナビコナの助力もあり、たくさんの妻との子も産まれ、育ったことで、オオクニヌシの築き上げた国家は安定していきます。
それはそれで良いのですが、スサノオ には、ちょっと面白くない連絡が入ります。
それは、若いイケメンに嫁いだ娘の スセリヒメ が、夫が相手をしてくれないと。たくさんの妻と子が次々とできるのに、私とは子をもうけてくれない。との嘆きです。
…… スサノオ くん、ちょっとプッツンします。
せっかく手間ひまかけて難事という名のブートキャンプで鍛え上げてやっただけでなく、生太刀 (いくたち)・生弓矢 (いくゆみや)という秘宝(医療技術とも)の他にも、娘や名まで与えてやったのに、愛娘のことは放置してよそに女をこさえるのか。そうかそうか。
「もしもし、こちらは根の国の スサノオ だ。(挨拶の定型文、略) アマテラス お姉ちゃ……んんっ! アマテラス さまに取り次いでもらえないだろうか」
高天ヶ原では分かりづらい地上(葦原中津国)の様子を、細かいところまでぶちまける スサノオ くん。
もちろん、娘がイケメン夫からほっとかれてることもうっかりを装ってポロリします。
大事な弟くんの娘さんを、雑に扱われていると思った アマテラス お姉ちゃん。
……ちょっとキレます。
その様子を隠し、建御雷神 (タケミカヅチ)ことタケくんと、経津主神 (フツヌシ)ことフツくんに、葦原中津国の様子を見てきてほしいとお願いします。
その際には、天鳥船 (アメノトリフネ)という天津神にして空を翔る船の使用許可を出します。(注2)
その代わりとして、連れていく人員は最低限にされましたが。(注3)
……さて、カガセオ さんをぶっ飛ばしたタケくんとフツくんですが、平静を装った アマテラス お姉ちゃんのキレ具合に身震いします。
どこのバカが怒らせたのだろうか? と。
わりと急なタイミングだとは思ったものの、事前の準備はしっかりしているし気がかりなこともなくなりましたから、命令に否やはありません。
出立の日まで情報を集めるタケくんとフツくん。
それにより、だんだん分かってくることが……。
「ヤるか?」
「ヤっちまうか?」
「ド派手にいくか」
「だな」
そんな言葉を交わしたとか。
さて、出立の日です。
一部の神から見送られて、空を翔る船 アメノトリフネ に乗り込み葦原中津国へと向かうタケくんとフツくん。
地上には大きな都が建造されていました。
「いざ、参る」
アメノトリフネ から、神力を纏って飛び降りるタケくん。
それは、一条の雷となり、海に着水。
雷の高熱で周囲を干上がらせ、着地の衝撃で大きなクレーターを作り、落雷の轟音と共に都の主に告げます。
「我は雷神! タケミカヅチ である! この国の主よ、その座を明け渡すがよい!!」
雷鳴のように轟く声に驚いて、都の主 オオクニヌシ が姿を現します。
海にできたクレーター、蒸発する海水の蒸気、雷を纏う神の姿。
かつて、根の国で出会ったかの神に勝るとも劣らない威圧感。これは、とても敵わないと、すぐさま降伏します。
「分かりました。この国は明け渡しましょう。ただ、二柱の息子が応じたならば」
その二柱の息子、 タケミナカタ と ヒトコトヌシ に全てを託します。
タケミナカタ は、巨大な岩(注4)を片手で引きずり、その場に参じます。
「親父ぃ、こんなヤロウに国を明け渡すなんざ、馬鹿げてるぜぇ。こいつはオレがノしてやんよぉっ!」
素手で帯剣する武神に挑もうとする若き神。
父 オオクニヌシ は、嫌な汗が止まりません。
「その意気やよし! なれば、我も応えねば無礼というもの。……かかってくるがいい!」
(注5)
力自慢の若き神による、ぶちかまし。
そこから、組み付いて一気にねじ伏せてやろうと腕を伸ばす タケミナカタ 。
しかし、ついうっかり体から放電する タケミカヅチ 。
放電に怯んだ タケミナカタ の片腕を掴み、握りつぶす タケミカヅチ 。
勝負は決しました。 タケミカヅチ の圧勝です。
その様子を見ていることしかできなかった父 オオクニヌシ は、泣きわめきながら逃げ出す タケミナカタ を追うタケミカヅチを止めることもできず、空を翔る船 アメノトリフネ の上から問う フツヌシ に、もう一人の息子 ヒトコトヌシ の所在を教えてしまいます。
迫られた ヒトコトヌシ は、ただ一言。
「了!」(注6)
と。
逃げて隠れた タケミナカタ も、すぐに追い付かれて見つけられます。
「はっはっは、どこへ行こうというのだ?」
背後から迫る落雷。逃げても逃げても追いかけられ、命からがら建物に逃げ込みましたが……。
「見ぃつけたあ」
「ひぃっ!? 許してください。殺さないでください。国は明け渡します。私はここから出ません。だからどうか、命ばかりは……」
なんかもう、命の危険から、いろんなものを漏らしてしまっている若き神を見て、
(……ちょっと、やり過ぎたか……?)
と思ったものの、神がそう宣言したのだから、「国譲り」は成り、後に天孫たる ニニギノミコト が訪れることになりましたとさ。
…… オオクニヌシ とともに、国家樹立と運営に心血を注いできた スクナビコナ は、あっさり明け渡した オオクニヌシ とは違い、最後の最後まで抵抗したといいますが、それはまた別のお話。
拙い仮説にお付きあいくださり、ありがとうございました。
(注1) : オオクニヌシ はたくさんの妻と子を持ちますが、最初の妻(のように見える) スセリヒメ との間には子をもうけてはいないように見えます。少なくとも、Wikipediaさんにはスセリヒメとの子は描写されていないように見えました。
そのため、スサノオの掛けた願は、違う方へ転じたようにも思えます。
(注2) : フツヌシ、アメノトリフネなどは文献により描写が異なるものの、役割や行動は同じものとされ、同一の神ともいわれています。
(注3) : 前回「星占い」参照。
アメノカガセオを撃退した際、大惨事になった罰として。
(注4) : この時引きずって来た岩は、千引きの岩といわれ、千人でようやく引くことができるほどの巨大な岩とか。
黄泉比良坂を区切る巨大な岩の千曳の岩とは別物と思われます。
そんなことやったら、黄泉津戦、つまりは黄泉の国の軍勢が押し寄せてくることになりますし。
(注5) : この時の素手による対決が、相撲の起源になったとされています。
(注6) : ヒトコトヌシ は、名付けの神、山彦の化身ともいわれますが、何でも一言で言い表す神でもあるそうです。
どちらかというと、すぐに服従したのでまつろわぬ神ではないと思われます。