たぶん日本最初の引きこもり
オーダーがありました。
……と、いいますか、ちょっとした呟きを拾ってみました。
調べものは、Wikipediaさんで。
引きこもり。
仕事や学校に行けず家に籠り、家族以外と交流がない(社会関係資本を持たない)状況またはそうした生活をしている人を指す。
だ、そうです。
神話に名を連ねる神様はというと、どいつもこいつも一癖二癖あるものです。
ですが、引きこもりをする神様はというと、ちょっと記憶にありません。
…… アマテラス お姉ちゃんが引きこもった、天の岩戸事件?(注1)
あれは、一時的なことです。
困り果てた重臣たちの奸計によって誘い出されてからは、わりと真面目にお仕事してます。
それとは違い、基本的にずっと引きこもっている神様がいました。
……ちょっと驚きです。
さてさて、その神様はなんという神かといいますと……?
阿曇磯良 (あづみのいそら)
あぐも いそよし さんじゃあありません。
安曇野あずみの とかありますよね。
神の時代から人の時代に移り変わり現代までの長い年月を経てもなお、その名を残す、神道の神にして海の神、さらには、安曇氏の祖神でもあるそうです。
また、阿度部磯良 (あとべのいそら) や磯武良 (いそたけら) などと呼ばれたりもしているようですが、名前が複数あるのも日本神話の常ですね。
では、どういった神様だったのでしょう?
小話を絡めながら解説していきますね。
日本書紀や古事記にも載っているとされる古い時代。
古き神 (スサノオ くんとか)が去り、高天ヶ原より都へと降った新しき世代の神(注2)の血族によって、芦原中津国は平和と繁栄を享受……しているわけではなかったようです。
有力な豪族はなかなか従わず、さりとて、叩き潰してしまうのは問題がある。
そんな感じで頭を悩ませていた時の権力者に、天啓が降ったようです。
『国内の闘争が終わらないなら、金銀財宝で懐柔すりゃあいんじゃね?』
……権力者さん、その天啓に、??? っと、首をかしげます。
どこにそんな金銀財宝があるのでしょう?
『国内に無いなら、よその国からもってくりゃあいんじゃね? 海を渡った西の方とか』
天啓……天啓?
…………それ、悪魔の囁きといいません?
他国に攻め込み金品を強奪するなど、そんな非道なことはできない。国内のことは国内で納めるべし。
権力者さんは、誘惑に負けない強い心でもって、天啓? をはねのけたといいます。
……が、天啓、つまり、神の意思(暫定)をはねのけたことで、呪いをかけられたのか。
心強き権力者さん、ほどなく、息を引き取ったそうです。(注3)
その後を継いだのは、神功皇后。
先代の権力者さんが得た天啓? を実行するべく、神事を執り行い、たくさんの神様を招きます。
目的は、隣国出兵の際の、海上交通の安全祈願です。
神事により集まった神々の一部が、よせばいいのに余計なことをいいます。
『なんか、引きこもりの神が一柱来てないんだけど』
神功皇后は、すぐさま未出席の神が誰なのか突き止めます。
……で、額に青筋浮かべながら、自らが神事を執り行ったにもかかわらず、出てこないままの神を引きずり出すべく行動します。
……なんで、そこまでするのでしょう?
たくさんの神々を呼び出しておきながら、なおも召喚しようとするとは。
しかも、住吉神という、イザナギが根の国から帰還した際の禊によって産まれた、古き神の力を借りてまで、呼び出しをします。
海の底で引きこもっていた阿曇磯良 (あづみのいそら)は、なんせ海の底にいましたので、神事の願いが伝わっていません。
だというのに、上位の神の力を借りて舞を奉納されてしまったので、姿を見せる他ありません。
ここで姿を現さないと、神としての沽券に関わるので、仕方がありません。
……ぶっちゃけ、別部署の(立場上は)上司からの呼び出しですので、嫌々ながら応じます。
その際には、『顔に岩ガキとかくっついててみっともないから……』と、女性……女神……として、醜さを理由にして神功皇后に納得させる強かさもあったようですが。
(注4)
さて、姿を現した阿曇磯良ですが、神功皇后側の要求は、海上交通の安全。
ぶっちゃけ、畑違いです。
先に呼び出されていた神々を見ます。
……皆、引きこもりのことなど知らんぷり。
そちらに専門家がいるにもかかわらず、矛先を向けられた阿曇磯良は困ってしまいます。
普段の引きこもりが祟り、孤立無援です。
さっさと自分の住み処に戻りたいヒキニート……阿曇磯良は、呼び出されたにもかかわらず役に立たない諸神を放置して、熟考の末に、手順を確認して竜宮へと赴きます。
そこで、必要な手続きを済ませて、神器たる「潮盈珠 (しおみつたま)」と「潮乾珠 (しおふるたま)」を借り受け、神功皇后へと渡してしまいます。
役目を果たしたヒキニート……阿曇磯良は、自分の住み処である海底へと帰っていきます。
居心地のよい海底で、思う存分引きこもるために。
……そのおこないが、どのような結果をもたらしたかを、確認することもなく。
(注1) : 天の岩戸事件に関しては、本作品第5部分「パワハラ&アルハラ」参照
(注2) : 天孫降臨のこと。第1部分「婚約破棄&ザマァ」および第11部分「悪役令嬢」参照。
(注3) : その後を継いで出兵にこぎつけた神功皇后による暗殺ではないかと推測します。
天啓は、夢に出てきた~、などという描写ではないものの、権力者が寝ている時に、誰かが神を装い天啓……を騙ったのではないかと。
(注4) : 阿曇磯良 (あづみのいそら)は、顔に貝が張り付くなどとあるので、海底の岩の化身ではないかと。
権能としては、魚介類の住居として、つまりは、海のゆりかごであったと思われます。養殖という概念があったならば、そちらだったかもしれません。
あるいは、日本海溝やマリアナ海溝のような海底の裂け目や深海が、古代に概念として理解されていたなら、そちらの方ではないかと。
どちらにせよ、海の底に引きこもっている神なので、海上における波や潮流、海風などの制御といった、海上交通の安全に寄与する力はなかったと思われます。




