お嬢様の日常
駅に向かってかけていく兄妹を人影から見守る影があった。
黒いリムジンから双眼鏡で2人を追っている。
「おいたわしや相馬様…でもご安心ください。もし電車に乗り遅れても空子がお車で送って差し上げます」
ゴージャスなドレス姿の見るからにどこぞの御令嬢といういでたちの少女だった。サラサラの黒い髪にモデルのような完璧なプロポーション。芸能人も顔負けの美貌。勿論頭脳明晰、スポーツ万能、IQは300を超え、飛び級で既にハーバード大学を卒業して博士号を取得している。人間は平等ではない。遺伝子と環境で能力の差は決まってしまう。親ガチャを体現するかのような存在、それが彼女、尊護・メラニー・空子だった。
「そうだわ。今から声をかける練習をしておかなくては…「おはようございます。相馬さん、奇遇ですね? 」いえ、これでは少し堅苦しいかしら。もっとフレンドリーに「Good morning 相馬! How is everything? 」いえ、これでは単に変な人だわ」
しかし悲しいかな空子は頭がいいがお馬鹿だった。人生をショートカットしまくって最短距離で大学まで行った結果、いろいろと一般常識が欠如していた。親しい友人もおらず、恋人もおらず、結果現在では引きこもりのような生活を送っている。そんな空子の唯一の心の支えが相馬だった。
相馬と空子は家がお隣同士の幼馴染だった。ちなみに彼女の家は見た目通りお金持ちなので凄まじく広大であり、隣接する家は数十軒ある。家が隣通しの幼馴染も相馬を含めて数人いるのだが、空子的に幼馴染は相馬だけだった。だってイケメンだもん。他は眼中にない。
暇な時は一日中相馬の家を監視して、彼が出かけるときはストーキング。それが空子の日課だった。
「そうはいってもお嬢様。実際相馬様が電車に乗り遅れても声をかけれた試しがございません。もっと勇気を出してアタックしてみては? 」
運転手のセバスチャンが突っ込むが空子は聞こえないふりをした。
実際のところ、自分から声をかけるだなんてそんなはしたないこと生粋のお嬢様である空子にはできるはずもなかった。それ以前に引きこもりだしね。相馬が気づいてくれるのを待ってひたすらリムジンを並走するのが精いっぱいだった。
「こんな目立つリムジンなのに、どうして気づいてくれないのかしら? 」
「それは私たちが後ろから付けているからでしょう。前を走っていれば気づかれるかもしれません」
「!? どうしてもっと速く指摘してくれないの!? 」
目から鱗の指摘である。
「それは前を走るより後ろを追いかける方が運転が簡単だからです。前を走ると後ろの相馬様達を確認しながら走らなくてはなりませんから非常に危険です」
「確かに…」
ぐうの音も出ない空子だった。
「そうだわ! 次からはセバスチャンを2人雇って1人は運転、1人は相馬様を確認しつつ指示を出せばいいんだわ! グッドアイディーア! 今度こそは偶然を装って誘って見せましょう! 」
「いや、自分で指示をだいたらいかがですかお嬢様? 」
気を取り直して決意を新たにする空子だったが、頑張って相馬に偶然を装ってリムジンを寄せるのは全部セバスチャンの役目らしい。他力本願だ。
「やれやれ、そんなことではもう一人のお嬢様に相馬様を取られてしまいますよ」
「もう一人のお嬢様? 」
セバスチャンの意味深な言葉に首をかしげる空子だったが、すぐにその意味を理解し急いで一度双眼鏡をのぞき込んだ。
「まさか…伊佐子!? 」
思った通り、双眼鏡の向こう側では忌まわしきヤンキーが相馬に付きまとっているところだった。
「私から生まれた不良品の分際で」
ぐしゃりと、双眼鏡を破壊する空子。怒りの青白いオーラが空子から迸る。
「落ち着いてください! こんなところで意味もなく変身しては魔法少女を束ねる執行委員としての名が泣きますよ? 」
「くっ…」
すんでのところで怒りを抑える空子。
空子もまた、かつて魔法少女として活躍して物語を終えた。そして今は魔法少女がルールを守って正しく魔法少女するための執行委員の1人だった。引きこもっていたのにも理由があるのだ。魔法少女監視委員として拘束されているため、アメリカで研究に残ることができなかった。まぁ、アメリカには相馬がいないため初めから残るつもりもなかったが。
伊佐子はかつて空子の魔法少女の中に生まれた登場人物であり宿敵だった。紆余曲折を経てお約束通り一緒にラスボスを倒して大団円を迎えたまでは良かったのだが、もとの世界に戻らずこちらの世界に住み着いてしまったのだった。
実際のところ敵対した悪の魔法少女が仲間になりこの世界に残る例はよくあった。昔はそういう別の世界の仲間達とは離れ離れになるパターンが多かったのだが、最近はみんな仲良くずっと一緒が主流だ。その例にもれず伊佐子もこの世界にとどまったのだが…ただ、伊佐子と空子は元々そんなに仲が良く無かった。伊佐子が残ったのは相馬目当てであることは明白であり、目障りこの上ない百害あって一利ないダニそのものだった。
「忌々しい」
「ですがお嬢様。伊佐子様は元々お嬢様の物語から生まれた存在。つまりもう一人のお嬢様なのです。だからお嬢様が素直になれない代わりにああして積極的に押し倒して貞操を奪おうと」
「て、貞操を奪うですって!? 」
空子は慌てて双眼鏡を除こうとするが自分のは壊してしまったので、セバスチャンのを奪い取る。
「ああ…なんてことを」
「お嬢様鼻血がでています」
「くっ…許せないはずなのに、目が離せない。悔しい、でも感じちゃう。これがNTRってやつなの!? 私才能あるのかしら…」
「お嬢様…微妙にアウトな表現が混じっています」
今すぐ止めに向かいたい空子だったが、空このままではまともに相馬と会話ができない。まともに会話するには魔法少女に変身して別の自分にならなくてはならない。しかし魔法少女を取り締まるものとしてむやみに魔法少女に変身することもできない。
「私はどうすれば…」
「まずは変身せずに話しかける所からでしょうね」
空子は相馬の事を幼馴染と認識しているし、なんなら将来を誓い合った仲だと思っているが、果たして相馬にその認識があるかどうか。なにせ空子は天才だったからあっという間に飛び級してアメリカに行ってしまった。もしかしたら相馬は空子の事を覚えてすらいないかもしれない。
「私の相馬様が! 」
「私のとか言う以前にまずはお知り合いになることからですよ。お嬢様…」
セバスチャンが冷静に突っ込んだ。
とかなんとかしているうちに透のお陰で相馬は危機を乗り切りなんとか貞操を守り切ったのだった。