伝説の水上先生
電車は各駅停車でそろそろと走る。まぁ当然だ。透達も乗り遅れたら次の駅まで走るつもりだったのだから。それを乗り遅れたらまた次の駅、それも乗り遅れたらまた次の駅と、最悪学校まで20分間フルマラソンするつもりだった。それでも一応間に合うのだ。朝から20分走り続けるなど絶対にしたくなかったけれど。
「おはよう! 透ちゃん! 」
そんなわけで駅には次々と知り合いが乗り込んでくるのだった。
透に負けず劣らず元気に挨拶するのは赤四辻奈月。透よりちょっと背が高くてお姉さんに見えるが同い年だ。ツインテールが元気に揺れる。
「おはよう! 奈月ちゃん! 」
返事を返す透の後ろで忍も小さくおはようという。
透も忍に挨拶はちゃんとしたほうがいいと思うのだけど、忍は透にだけ懐いてる特別な子なのでそういう特別な関係を失いたくないという思いもあってあやふやなままにしていた。忍ちゃんは気が弱いから急いではいけない。そういうことにしておこう!
「忍ちゃんもおはよう! 」
一応忍の声も聞こえたらしい。奈月は透にも挨拶する。ええ子や。これは優しい世界。
「ねぇねぇ聞いた聞いた透ちゃん? 3組の大谷ちゃん魔法少女になったんだって! 」
「ええ!? 大谷ちゃんが? 」
「しかもロボットと合体する、魔法少女とロボットの二刀流なんだって! 魔法少女オオタニ・サン。イッツアショータイム! ちなみにオオタニ・サンのサンは太陽のサンね!」
奈月がオオタニ・サンの真似をして決めポーズを決めてみせる。
「すごーい! 」
中学生ともなると全学年の半分以上が魔法少女に覚醒している。
統計によると小学生で3割が魔法少女になり、中学生で4割、高校生で2割が魔法少女になるというデータがある。ちなみに最後の1割は大学生…だったらいいのだが、三十路魔法少女とか熟女魔法少女とか昼下がりの人妻魔法少女とかネタ枠が大半だったりる。むしろ大学生まで行ったらネタ枠に割り振られていると考えたほうがいい。
「ああ、私も速く魔法少女になりたいな。伝説の水上先生みたいになりたくないよぉ」
水上先生は10年前に実在したという伝説の魔法少女で、そのネタ枠だった。保険の先生となって就任し、全校生徒の前でスピーチしているまさにその瞬間に魔法少女として覚醒したという。コスチュームは勿論ムチムチのエロエロだった。だって保険の先生だもの。エロい理由はそれだけで十分だ。人前でエロエロ姿に変身した水上先生はその後すぐに引きこもりになり、先生になることを諦めて実家に帰ってしまった。そうして彼女は伝説となり10年たった今も語り継がれている。なんという悲劇。子供は正直だからね。仕方ないね。
特に透のクラスは早熟でありクラスで魔法少女になったことがないのは透だけった。なんと、忍ちゃんも小学生の頃魔法少女だったことがあるという。ガッデム! なんてこったい!
ただ忍の話によると物語の途中で別の魔法少女がやってきて敵を代わりにやっつけてしまったらしい。忍はほっとしていたようだがこれは実は酷い話だった。もう既に物語を終えてしまった魔法少女が現役の魔法少女の敵を倒すと言うのは社会問題となっている。そうしてちゃんと物語を終えられなかった少女たちは心に傷を負うと言われていた。もしかしたら忍ちゃんがこんな健気で守ってあげたいオーラを醸し出すよわよわな女の子になったのはそのせいかもしれない。もしそうならお礼を言わなくては…じゃなくて、それは許せないことだ。もし自分の魔法少女の物語が始まったら忍も一緒に交えてあげようと密かに思っている透だった。そうしたら忍ちゃんの心の傷が回復してみんなとも仲良くなれるかもしれない。自分だけ仲良くしてくれる今の関係も気持ちよかったりするけれど、きっとそれは忍ちゃんにとっては良くないなことなのだから。
「うう、忍ちゃんもいつかお嫁に行くんだね」
「き、急にどうしたの? 透ちゃん? 」
奈月が戸惑う。
透は自分から巣立ってお嫁にいく忍を想像してさめざめと泣いた。
「? 」
当の忍がきょとんとした表情で透達を見ていた。