明日嶺透ちゃんの日常
「お兄ちゃん! 遅刻しちゃう! 」
ポニーテールをふわりと揺らし、活発そうな少女が勢いよく飛び出してくる。
朝の8時。占いコーナーが終わってから登校するのが彼女の日課だったが、今日は少し遅れてしまった。
歳のころは小学生くらいのように見えるが、制服から中学生だと分かる。ちょっといろいろと未発達だったが、かろうじて標準の範囲内といえるだろう。実際彼女の背はクラスで5番目。まだ小さい子は4人もいる。ちなみに胸囲はクラスで4番目に小さかった。
なんで背は5番目なのに胸囲は4番目かと言うと、1人はロリ巨乳だから…ではなくたんにポッチャリ体系だったからだ。はい! 残念でした!
「透、先に行っていいって言っただろう? 」
次いで現れたのは兄の相馬。イケメンだった。背も妹の透とは対照的にすらりと高い。魔法少女のお兄ちゃんキャラと言ったらそういうものだからね。仕方ないね。
2人はフェニックス通りという、かつての商店街を駆け抜け駅に向かう。
駅と言っても路面電車だ。老朽化したそれは雨の日なんかバチバチとショートして電気を散らしてたりしているが、地方で暮らす彼らにとっては貴重な交通手段だった。
学校の間に合う最後の電車は8時10分。間に合うかどうかはぎりぎりだ。これに乗り遅れたら走って次の駅を目指すことになる。電車は真っすぐ学校に向かうわけではないので学校までの最短距離を突っ走ればまだ電車に乗れるチャンスはあるのだが、できれば無駄な体力は使いたくない。それは最後の手段だった。それに透はいつも駅で友達と待ち合わせしていたのでできれば遅れたくなかった。
都会の商店街は未だに現役のようだが、地方の商店街は錆びれて久しい。透達は商店街がにぎわっていたことのことを全く知らなかった。賑わっていたのは両親の子供のころにまでさかのぼる。当然のことながらフェニックス通りも今は閑散としていた。それでも両親の子供のころからの、いやそれ以上前からのお客さんのために数店が店を開いているという状況だった。
閉まってしまったお店の裏側を通って駅までの道をショートカットして、2人は駅を目指した。
むき出しの駅のホームに、透の友達が待っているのが見えた。
他の生徒達とは離れて、ぽつんと1人身を小さくしている黒髪のロングヘアー。表情はうかなくじっと下を見つめている。
「忍ちゃん! 」
透は忍に大きく手を振った。
声に気付いた忍が振り向き、その顔がぱっと輝いた。
小原忍、彼女は透より背が低い4人の内の1人であり、透の大親友。全身から守ってあげたいオーラをダダ流しにしている、大人しそうな少女だった。
「ぬぉおおおお!!! 」
透は忍の顔を見るとラストスパートとばかりに速度を上げる。速く、速く忍ちゃんのところに行かないと! 忍ちゃんはあまり友達が多くない、というかおそらく多分失礼でなければ透しか友達がいないので1人にしておくわけにはいけないのだ。げに尊きは必要とされる喜び。
透は駅のホームに滑り込んだ。ヘッドスライディングである。そのまま一塁ベースを駆け抜けたらセーフだったと思います。実はそんなに効果はないと言われるヘッドスライディングだったが、そこは気持ちの問題だった。
「ぜはぁぜはぁ…遅れてごめんね…」
「ううん。そんなこといいけど、大丈夫? 」
心配そうな忍は、優しく透の背中を擦ってくれた。
「いつもすまないねぇ」
「私がせき込んだ時、透ちゃんもそうしてくれたから」
「やだなぁ忍ちゃん。そこは「それは言わない約束でしょ」って返すところだよ? 」
「? 」
真面目な忍は冗談が通じないので目を白黒させている。
「それ以前にそのネタ古いぞ」
相馬が透に軽いチョップをくらわす。
「こんにちは忍ちゃん」
「あ、こんにちは相馬さん」
相馬も透と駅までの道を走っていたはずだが息1つ切らしていなかった。透と並走するため手加減して走っていたらしい。
「ヤダ、あの人格好良く無い? 」
「何言ってるのよ今更。相馬さんを知らないだなんてどこのモグリなの? 」
「し、しょうがないでしょ。いつも朝練でもっと前の電車なんだから」
「いい事覚えておきなさい。あのお方こそが名北学園において3年連続抱かれたい男ナンバー1に輝いた明日嶺相馬さん…いえ、相馬様よ! 」
ヒソヒソと周りの生徒達が相馬を噂し合い、色目を使っている。
ちなみに名北学園は小中高一貫だったが、相馬は中学受験組である。そして在籍してからの中学3年間の間ずっと抱かれたい男1位に輝いていた。生きるレジェンドだった。ちなみに現在は高1である。
透は基本的にお兄ちゃん子なのでそんな彼女たちの会話にイラッとする。
みんな外面ばかり見て、お兄ちゃんの良いところはそんなところじゃないのに!
「あ…おはようございます…」
忍は相馬にぺこりとお辞儀をするが、またすぐに透の介抱に戻る。忍は相馬には全く興味がなく透だけを見てくれるのも、透が忍の事を大好きな理由だった。