プロローグ後編
「キャー! 」
見るからに怪しい自称魔法少女の奇行に、女が悲鳴を上げる。
「怖がらなくてもすぐにお前も仲間に…」
「人気のない路地裏、周囲に人影もなく、助けも来ない、これは命の危機を伴うピンチ! 」
しかし何故か女は妙に嬉しそうにはしゃいでいるように見えた。
「これは魔法少女法第4項、物語が終了した魔法少女が生命の危険に瀕した際、再び魔法少女になることを認めるという条項にあたるわ! 当たるわよね? 」
「いや、私にそんなこと聞かれても…」
頭大丈夫かこいつと女を見るダーク。
だいたい魔法少女って、目の前にいる女はどう見ても20代を超えている。少女という年齢ではない。無理するなよおばさんとダークは思った。
「魔法少女ラブリーピリンセス、レジェンドアップ! 」
だが、女は変身した。
「くっ、この女やりやがった」
なんかこう、キラキラしたものを発しつつ変身を開始する。リボン的なもので際どい部分を隠しつつ変身する様はやはり年齢的に厳しいものがあった。
「魔法少女ラブリーエリカ。別に、って感じで登場よ! 」
「しかもネタが古い! 大丈夫かこいつ!? 」
ダークは戦慄した。女の年齢は20代に見えるが化粧で誤魔化しているだけで実は30代かもしれない。
だが、敵の魔法使いが現れたという事実は事実だった。ならば悪の魔法少女としては受けて立たなくてはならない。
「ま、まぁいい。私は悪の魔法少女プリキュラダーク」
「あ、あんたもたいがいやばい名前ね」
戦慄し返すラブリーエリカ。
方向性は違うものの、お互いのやばさを認識し合い身動きの取れなくなる2人の魔法少女。なにはともあれ正義と悪の魔法少女が対峙する結果になった。
「…ところで、お前は正義の魔法少女ってことでよいのだな? 」
「勿論よ! 」
エリカは胸を張る。
「でも、さっきあのおっさんと売春しようとしてなかったか? 」
ダークはドリームジュェルを奪われぶっ倒れているおっさんを指す。正義の魔法少女は売春などしてはいけない。
「売春じゃないわ! パパ活よ! 」
「それは正義の魔法少女がやることなのか? 」
「私にも生活があるのよ! ヘルタースケルターR15ストラーッシュ! 」
エリカから赤い閃光がほとばしる。不意打ちだった。一応正義の魔法少女だけど最初に手を出したのはエリカの方だった。すんでのところで回避するダーク。
「不意打ちとは卑怯な! 」
「まだまだぁ! イムジン河水清くヘルコリア日韓友好大断裂スラーッシュ! 」
ダークの指摘などものともせず技を繰り出すエリカ。10代の小娘とはくぐってきた修羅場が違うのだ。世の中は綺麗ごとだけでは生きてはいけない。エリカだって10代のころは純粋な夢と希望を信じる少女だった。パパ活なんて馬鹿げたことだと思っていた。でも、卒業から10年近くたっても大学の奨学金まだ払い終えていない。これではもうアラサーだというのに結婚もできない。これが世知辛い現実だった。
「正義だから勝つのではない! 勝ったものが正義なのよ! だから私は勝たなくてはいけない! クローズドノート何のメッセージ性があるわけでもないし、別にってディスったら干されてしまったわスペシャル! 」
「ちぃ! こいつ道徳的に踏み外していて年齢的に30を超えていそうだが、強い! 」
一発一発の技の重みに驚愕するダーク。
「ふふ、当たり前よ。私はもう既に魔法少女として1度最後まで戦い抜いているの。言わば最終回で2回ぐらいパワーアップ済みの魔法少女のなのよ! 途中で仲間になってパワーアップしそうな、初期段階の貴方とはレベルが違うのよ! 」
「私が正義の魔法少女の仲間にだと? 私を愚弄する気か!? 」
怒りに震えるダークだったが、エリカの言う通り実力差は明らかだった。次第に追い詰められていく。
「くっ、私がこんな年増に」
「若ければいいってものじゃぁないのよ。確かに私は若さを失った。でもそれにも勝るテクニックを手に入れたのよ」
不敵に笑うエリカ。胸の谷間からさくらんぼを取り出すと、口の中でさくらんぼの茎を舌で結んで見せる。一体何のテクニックなんですかね?
「とどめよ! 麒麟降板で芸能界引退したけどべイエックスのマネジメント契約は継続してるから復帰ワンチャン心からお待ちしておりますアタッーク! 」
「くっ…」
凄まじいエネルギーの奔流がダークを襲う。今までの技の数々をよけてはいたがその余波はすさまじくもはやダークは動く力すら残されていなかった。
「ここまでか」
しかしその時だった。彼女の前にさっそうと現れる人影。エネルギー派を簡単にはじき返した。
「そんな!? 私の最高の必殺技、麒麟降板で芸能界引退したけどべイエックスのマネジメント契約は継続してるから復帰ワンチャン心からお待ちしておりますアタックが・・・」
「ふん・・・」
ダークを守ったのもまた別の魔法少女だった。どこかの戦闘民族が着ていそうな戦闘服風の衣装に、どこかの戦闘民族がつけていそうな片目だけ覆う眼鏡のような機械をつけている。謎の魔法少女はその機械を弄りながらダークを見た。
「魔法少女力たったの5か。ゴミめ」
そうして彼女は地べたにつばを吐き捨てた。
「あ、貴方は! 魔法少女ドラゴンポール、どうしてここに!? 」
エリカが後ずさる。ポールはエリカのように国内人気だけではない。その人気はワールドワイド。原作終了に各関連企業の上層部が集まり会議を開くという異常事態に発展した伝説の存在。魔法少女達を統率する魔法少女の中の魔法少女。魔法少女委員会四天王の1人だった。
「よぉ? ラブリーエリカ。別の人間の物語に干渉するのはおめぇ、規約違反じゃねぇか? おら、ちょっとトサカにきちまったよ…」
「ひ、ひぇ…」
あまりの威圧感に気押されするエリカ。
「し、しかし私はそいつに命を狙われて仕方なく…」
「それが事実でも、とどめを刺すのは規約違反じゃねぇか? だいたいこいつの魔法少女力はたったの5だ。命にかかわる問題を起こすような力はねぇ」
見ればおっさんはスピースピーといびきをかいて眠っている。
「そ、そんな、彼はドリームジュエルを奪われて白目向いてたはず」
「ドリームジュェル? どうやら人の良い夢を形にしたエネルギーみてぇだな」
ポールはいつの間にか回収したドリームジュェルを眺めると、ポイッとダークに返した。
「えっ…!? いいのか? 」
ズザー。とダイビングキャッチして回収するダーク。
「まぁいいんじゃねぇか? 一回悪夢を見るくらい可愛い物だろう。現にあのおっさんも悪夢が終わって安らかに眠ってる。一回の夢を見る時間は何秒かって話だし、一回眠っても夢は数回見るって話だ。大したことねぇよ」
そして今度はエリカに向き直るポール。
「こんな小物相手にみっともえぇぞエリカ。後で始末書だな。だいたい夢と希望の魔法少女がパパ活とは何事だ。恥を知れは恥を」
「小者とは何だ! 私は人から大切な夢を奪う悪の魔法少女なのだぞ! 」
ダークがいくら喚いても小者と分かったからには誰も相手をしてくれなかった。
「で、でも、夢と希望じゃ…生活できない。奨学金の返済もままならない…」
絞り出すようにエリカは答えた。
そうだ、エリカもかつては夢と希望を信じていた。でもそれだけでは現実では生きていけないのだ。
「借りた金は返す。地道に汗水たらして働く。人を騙さない貶めない馬鹿にしない。それが人間として当然の事じゃねぇか。人間として当然のことができずに何が魔法少女だ。おら本気で呆れちまったよ」
ポールは諭すようにエリカに問いかけた。
「で、でもあんたもニートなん…ぐはぁ! 」
エリカの突っ込みはポールの腹パンで沈められた。
「ニートじゃねぇ。地球を守るのがオラの仕事だ」
「ひ、ひぇ…」
ダークがビビッてペタリと尻もちをつく。
ポールは戦意を失ったエリカを回収すると最後にそんなダークを一瞥する。
「じゃあな。物語の中で成長して強くなったら勝負しようぜ! 」
「いえ、結構です」
ダークの答えを聞いて聞かずか、ポールはなんか青いオーラを放出して飛び立っていった…
西暦20XX年魔法少女は増え続けていた。
女性の社会進出が進み女の子の夢が叶う時代、夢見る少女の増加に伴い魔法少女もまた増加の一途をたどっていた。魔法少女は特別な存在ではなくなり誰もが魔法少女になれる時代へ、一家に一台魔法少女時代の到来である。
「魔法少女の呼吸1の型…」
あの子も魔法少女
「魔法少女は全て殲滅する! 」
この子も魔法少女
「あの魔法少女は私のお母さんになってくれるかもしれない人だったのだ! 」
「エゴだよそれは! 」
「時が見えるわ…」
みんな魔法少女。
魔法とは心のエネルギー。エネルギーとは即ち資源。彼女達の放出する魔法は石油や太陽光発電を過去のものとする次世代のエネルギーと注目されていた。
しかし物事には終わりが存在する。物語を終えた魔法少女は大抵は力を失うが中には力を持ったまま物語を終えるものも存在していた。そしてそんな魔法少女が他人の物語に介入して事件を解決してしまうことが社会問題となっていた。
そんな魔法少女達を縛るのが魔法少女法であり魔法少女委員会だった。これはそんな夢見る魔法少女と魔法少女を引退した元魔法少女達が織り成す夢と希望の物語である。たぶん。




