部活決め
沢城先生が前のドアから出ていく、と同時に忍にするりと近づく透。
「忍ちゃん! 部活決めた? 」
「ううん。本当はピアノができるところがあればよかったんだけど」
「忍ちゃんピアノ上手いもんね! 」
でもそれだと透はピアノが得意じゃないから同じ部活にはなれない。絶対忍と同じ部活になろうと思っていた透はちょっとがっかりした。
「でも吹奏楽部も軽音楽部もピアノはないって」
「ええ? そうなの」
忍には悪いけどちょっとラッキー。これで忍と同じ部活になれるかもしれない。希望を持つ透。
「透ちゃんは何にするの? 」
「私? 私は…」
「それは私も聴きたいなぁ」
「!? 菜月ちゃん? 」
いつの間にか菜月が背後に立っている。
くっ…こいつ気配もなく。できるな。
ふふふ、お主もまだクンフーが足りんな。少々なまったのではないかな? 昔のお前はもっとぎらついた野獣の瞳をしていたぞ。
「なんていっても透ちゃんは山猿の透の異名を持つフィジカルエリートだからね。できれば同じ部活にスカウトしたいのさ」
「その名は捨てた名前だよ…」
「で、テニス部とかどう? 」
「テニス部かぁ」
透はちらりと忍を見る。忍ちゃんは体が弱いからなるべく運動部は控えたいんだよね。
透が気のりでないと気づいた菜月が小首をかしげる。
「お兄ちゃん剣道部だよね? 剣道部に入るの? 」
「なんでお兄ちゃんが…」
こいつもお兄ちゃん狙いか? と少し警戒する透。でも菜月はそんな気は欠片もないみたいであっけらかんとしている。
「透ちゃんお兄ちゃん子だから」
「いくらお兄ちゃん子でも部活は別だよ」
特に相馬は部活でも大会に出て優勝するような有望株だ。そんなところに入ったら絶対比べられる。期待されてしまう。でも、透の剣道の腕前は駄目のダメダメの駄目ちゃんだった。
「じゃあやっぱりテニス部とかどう? 私のライバルになれるのは透ちゃんだけだよ。私にはわかるんだ。透ちゃんの中の山猿はまだ錆びついてないって」
「いやいや、私の中の山猿はもう死んだから」
それに忍ちゃんと同じ部活になるって決めてるし。
「あんまり激しい運動はしないでおこうって思ってるんだ。やっぱり私は乙女だし、お淑やかじゃないとね」
「い、一体何を言っているの透ちゃん? 」
ガビーンという効果音が聞こえてきそうだ。菜月が顔面蒼白になる。
「ドッジボール男女混合1対10の絶望的状況から男子10人全員を沈めたあの透ちゃんは何処に行ってしまったの? お淑やかなんて、そんなの私の透ちゃんじゃない! 」
「私のって…」
何菜月ちゃんもしかしてレズッ気があるの? 透はちょっとだけひいた。
「ああ…そういえばそんなこともあったね」
「あの時から透ちゃんは私のヒーローなんだよ!? 」
「菜月ちゃん…人は変わるんだよ」
「その目…その目は男だね! あんた男ができたんだ! この裏切者ー! 」
なんか泣きわめく菜月を置いて透は逃げ出すことにした。
「忍ちゃん行こう! 」
「ええ、でも」
「いいからいいから。あれは冗談だから」
たぶん。
菜月を心配する忍を強引に連れだす。部活は何も決まってないがまぁすぐに決めなくてもいいだろう。まだ時間はあるし。
明日は明日の風が吹くのだ。透は面倒なことを棚上げして逃げることにした。教室を飛び出し下駄箱のところまで一気に逃げる。
「透ちゃんは…本当は何部にするつもりだったの? 」
靴を履き替えながら忍が聞いてきた。何やら思いつめた顔をしている。
「私とは関係なく」
おやおや、透が忍に合わせようとしているのがばれてしまっている? これはいけない。真面目な忍ちゃんはそれを良しとはしないだろう。部活はお互い好きなことをした方がいいとか真面目なことを考えているに違いない。仲のいい友達と一緒な部活に入って一緒に楽しむことだって十分大切なことだと透は思うのだけれども。
これは真面目に答えなくてはいけない。とはいえ透も本当にやりたい部活があるわけでもなかった。
「う~ん、野球かな」
「透ちゃん野球が好きだったの? 」
「せやで! 」
正確には野球ではないけれど。
「でも中学には女子野球部はないよ。ソフトボール部ならあるけど」
「ガーン! ならピンポン野球部もないの? 」
「ピンポン野球って何? 」
頭にクエスチョンマークをいっぱい浮かべて首をかしげる忍。
「野球のボールの代わりにピンポンを投げて手もしくはうち履きもしくはラケットをバットにして撃つやつだよ。小学校の時に休み時間によく遊んでたんだけど」
「ないと…思うよ? 」
忍が困惑した表情で答える。というかラケットでピンポン玉をうつならそれはもう卓球なのでは?
昔は雑巾野球とか言って雑巾をボールにして箒で撃つみたいな遊びがあったと聞くが、それよりもさらにマニアックな遊びをしている。
「えっと…ソフトボール部に入るの? 」
「う~ん…どうしようかな。ソフトボールじゃフォークボール投げれないし」
ピンポンだと変化球が投げ放題だから楽しかったらしい。当たってもいたくないしね!
「なら卓球部に入る、とか? 」
「う~ん。それもありかもしれない」
「…」
「忍ちゃん? 」
忍が意を決したように顔を上げる。
「私も、ピアノ部がないのなら透ちゃんと同じ部活に入りたい。でも私に合わせなくていいから、私も卓球部に入る」
「忍ちゃん! 」
心の友よ! てなもんで忍に抱き着く透。
透は忍の事が好きだけど、忍は透の事を頼ってくれているけれど、忍が透の事を好きなのかどうかははっきりと言葉で言ってくれたことはない。まぁ言わなくてもわかるけど、でも時々透の独りよがりになってるかもしれないと思う時もあるわけで、こうやって心が通い合っているのを実感できるのは嬉しい。
そうだね!お互い好きな部活に入ることがいいことだと思っていたけれど、2人で決めるのも大事だよね!
「でも、私も卓球部に入りたいわけじゃないからちょっと待ってね」
とりあえず明日は一緒に部活を見て回ることになった。




