プロローグ前編
某所で女性向けに投稿しようと思って書いてたものの明らかに違うなと思いやめました。でもまぁ消すのもあれなので
欲望にまみれた眠らない町、新宿歌舞伎町…酔ったサラリーマン風の男達、露出の高い服を着た女達、柄の悪い外国人達が、我が物顔で我が物顔で闊歩する。
夜ともなれば、光に群がる羽虫のように彼らはネオンに吸い寄せられ集まってくる。
でもここは、新宿でもなければ東京でもなかった。地方の駅前の繁華街だ。人はそこそこ、悪い人もそこそこ。でも悪い人より駄目な人の方が圧倒的に多かった。
「ねぇ、見るだけ! 見るだけでいいからさぁ! 」
繁華街の路地裏で、サラリーマン風のおっさんと、けばい化粧の水商売と思しき女が、何やら言い争っている。
人通りのそこそこ多い表通りとは裏腹に人影は2人しかなく、他にはネズミが数匹ゴミを漁っているだけだった。
「ええ、もうケンちゃんのエッチぃ。そんなこと言ってぇ信用できな~い」
「ほ、ほ、ほ、本当だよ。僕は君のパパだよ。パパはエッチなことしないよぉ~」
おっさんは必死だった。恥も外聞も捨て、女に土下座する。地べたに頭をこすりつけ勢い余って回転し始める。
「この通りだよぉ~触らないからさぁ~! 」
「すごぉ~いケンちゃん。ヘッドスピンしてるぅ~、タケコプターみたぁ~い」
おっさんはくるくると勢いを増して回転し始める。
例えるなら、それは舞だった。
極楽鳥がメスへのアピールで舞う求愛ダンスがごとく舞っているのだ。
「学生のころはブレイクダンスやってたんだヨォ~、ヨォ! ヨォ! 愛してるヨォ! 俺愛するお前、ひつじのふりして近づく俺、凄いテクニックもってる、中身は狼、必ず満足させられる抱かせてくれお前! 」
なんか変なラップまで刻み始める。
酔っているのにブレイクダンスのヘッドスピンなんかするから酔いがさらに回ったのだろうか? いや、たんに阿呆なのだろう。酔ったからといってヘッドスピンする人間がこの地球上にどれくらいいるだろう? ある意味おっさんは超レアなSSRなおっさんだった。何の役にも立たないSSRだったが。
「やだぁ~やっぱりやる気満々じゃな~い! 」
女は、いい加減付き合うのがうざくなってきたので適当にきり上げようとする。
「5万円だしますから! 」
「え!? 」
おっさんは財布の中からすっと5万円を差し出した。最後の手段だった。
勿論ヘッドスピンダンスはもうやめている。スピンの後遺症で数少ない頭部の髪がパラパラと抜け落ちていた。毛根にダメージを与えてまで舞ったブレイクダンスから、彼女と一発やりたいという真摯な思いが伝わってきた。
「なけなしの5万払う俺。本当は風俗行ったほうがいい分かってる俺。でもそれだけお前に夢中ってこと分かって欲しい俺。ヨォ、ヨォ、愛してるヨォ」
「もう、変なラップはいいから・・・」
女は呆れながらも、差し出された5万を前にしばし長考する。
風俗で5万も貰えば本番のエッチをしなくてはならない。見せるだけで5万はなかなかコスパがいいといえた。問題はこのおっさんがストーカー化しないかということだった。
世の中にはうまい話はない。どうでもいいことで破格のお金を使ってくるということは裏がある。裏にヤクザがいて後から脅してくるとか、女に免疫がないから適正価格が分からないとか。目の前のおっさんがヤクザがらみには見えないが恋愛経験は不足していそうだ。優しくしたら本当の恋人だと思い込んでストーカー化するかもしれない。
「本当に見るだけなの? 」
結局、迷ったすえ女は5万を選んだ。
おっさんとは今日初めて会っただけの間柄だ。連絡を取り合った連絡先も仮のものにすぎない。危なくなってしまえば連絡先を捨ててしまえばもう二度と会うこともないだろう。
女がそう思ってスカートの裾に手をかけた。そのときだった。
「ぐ、ぐあああ」
唐突におっさんが苦しみだす。
「ど、そうしたの? まさかわたしのあそこの臭いで・・・」
「うおえええええええ」
ゲロゲロゲロゲロ・・・
「ちょっとあんたいくらなんでもそんなわけないでしょう! ぶっ殺すわよ!? 」
しかし女のつっこみもむなしくおっさんは白目むいて倒れた。
「そんな・・・毎日ちゃんと洗ってるのに」
地味にショックな女だった。
「くっくっく。楽しい夢を見ていたようだな」
そんな女をあざ笑うかのように少女の声が響いた。
「だ、誰なの!? 」
女は男の手から5万円奪おうとしていた手をさっとひっこめる。だっておっさんは5万くれようとしてたし、自分は名誉を傷つけられてし、慰謝料だもの。私悪く無いもの。でも人に見られたら泥棒であるとは理解しているのでマッハの速さで手はひっこめた。確信犯だった。
「夢はいい。寝ている時の夢も将来の夢も同じ夢だ。それは英語でも変わらない。寝ている時もドリーム。将来のドリーム。異なる言語であるにもかかわらず異なる二つの事象を同じ言葉で言い表している」
カツン、カツンとハイヒールの音を響かせて、黒いゴスロリ服の少女が現れた。
歳のころは中学生くらいか。迷子か、それとも近くで地下アイドルのライブでもやっているのか。やけに大人びた余裕のある表情で2人を見下している。
「寝ている時の夢も将来の夢も、同じ夢。ならば寝ている時の夢を奪ったらなら、それは将来の夢を・・・生きる希望たる夢を奪うことに他ならない。お前もそうは思わないか? 」
「は、はぁ・・・」
電波だ電波女だ。危ない奴だ。女はドン引きしたが、幸い少女は彼女が5万盗もうとしていたことには気づいていないようだった。ふぅセフセフ。
しかしこの少女は何者だろう? 頭の奇怪しい可哀想な少女か? 中2病を拗らせた痛々しい少女か? どちらにしろ、普通に、一般的な常識で考えれば頭のかわいそうな子だろう。でも女はそうではないことを知っていた。少女の正体に察しがついていた。なぜならこの世界にはもう一つありえないはずの常識が存在しているからだ。
それは魔法少女。
「私は悪の魔法少女ダーク。人間から楽しい夢を奪い取り、しいては未来への希望を奪い去る。夢の源であるドリームジュェルを集める存在」
女の想像する通り少女は名乗った。やはり、魔法少女。この世界には魔法少女が実際に存在する。当たり前のように存在する。しかも沢山沢山存在する。世の中の少女の数だけ、否、女の数だけ存在している。ゆえに、頭の可笑しい変な女を見かけたら魔法少女と考えればまず間違いなかった。
そして頭がおかしい女と魔法少女を明確に分かつ物。それは力だ。いくら頭がおかしな主張をしようとも実際に力が備わっているのであれば無視することはできない。少女の意味不明な主張は重要な意味を持つこととなる。
ダークはおっさんに手をかざした。
おっさんの胸からキラキラとした宝石のようなものが浮かび上がった。これが少女の言うドリームジュエルなのだろう。
「あ、い、いやぁ・・・」
気絶していたはずのおっさんが甘ったるい声を出して身もだえする。宝石を触られるとなにやら快感を覚えているようだ。実に気持ち悪かった。
「気持ちいいだろう? ドリームジュエルは人の最も繊細な心に直結するもの。触れられた時に感じる快感は耳かきの300倍と言われている。そして、奪われたときの喪失感は耳かきで取れそうだった耳垢が耳の奥の方に行ってしまいとれなくなってしまったときの3000倍だ! 」
ダークは容赦なく、おっさんから宝石っぽいキラキラしたものを奪った。
「うがああああ! 耳垢があああああ! 」
おっさんはあまりの絶望に泡を吹いて倒れた。
「お前のドリームジュェル確かに貰ったぞ! 」