人さらい
「やっぱ人、来ねーなー。」
と、由宇斗君が頭の後ろで腕を組みながら嘆く。
「まぁ、探偵事務所なんて、子供の遊びだと思われるからな…。
あったとしても来ないし、それに町が平和って事でいいんじゃない?
探偵事務所始めようなんて言ったの誰だっけ。」
と、いつものように由宇斗君の言葉に冷たく返す麗君。
それに対してムッとした顔で麗君を睨む由宇斗君と、それを見てクスッと微笑む光太君。
いつもの光景が私の目に映る。
ここは緑鳩探偵事務所。困ったことや事件、気になる事を解決して町の平和を守ったり、心のモヤモヤを晴らしてあげたりする場所だ。
だが未だに人が来たことはない。
この緑鳩県は、未だに政府に認められていない土地、、というか県。
皆知らなくて、今は東京の端の端にある(ほぼ埼玉県)田舎町の“緑鳩町”となっている。
だから実は日本は48都道府県、1都1道2府44県なのだ。
私は緑里コナラ。
コナラという名前は、私の赤子の頃の姿が愛らしいコナラの花に似ていたから、または亡くなったお母さんが経営する“Konalee”という洋服ブランドの名前と“コナラ”の響きが似ていたからだというのが由来だ。
今はその緑鳩探偵事務所のメンバーの1人。
「まぁまぁ、由宇斗君落ち着いて。プリン作ったから皆で食べよう。」
と片手にプリンが乗ったお盆を持ち、エプロンをつけた麻里子ちゃんが由宇斗君を宥める。
2人はカップルで、凄く仲がいいんだ。
2人だけで話すと、もう周りが見えなくなって完全に2人の世界になるくらい、仲良し。
そういう関係に、私はちょっと憧れる。
と、その時。
『ピーンポーン、ピーンポーン。』
玄関のチャイムが鳴った。
誰か来たみたい。
デリバリーの配達の人かな。
「誰かデリバリー頼んだ?」
そう言っても誰も知らないと言うので少し期待する。
依頼人さんかも。
そう思いながらドアを開けた。
「はーい」
そう言った瞬間、この人が依頼人さんだと確信した。
まぁ、私服だったし、みればすぐに分かるから。
なので1つ言葉を付け足してみた。
「こちら、緑鳩探偵事務所です。
今回は、どの様な依頼で。」
「私は個人でジャーナリストをしています、遠藤という者です。」
遠藤さんという40代半ばごろのその人は私達に名刺を渡した。
「ちょっと調べて欲しい事がありまして、緑鳩探偵事務所を訪ねました。」
はぁ…。
「ジャーナリストなら、自分で調べたらいいんじゃないですか?」
と、由宇斗君が突っ込む。
でも、その通りだ。
何故遠藤さんはジャーナリストなのに自分で調べようとしないで私達の所へ訪ねたのかな?
遠藤さんは話を続ける。
「それが、情報量が少な過ぎて…少なくても5個くらい情報がないと私も調査に行けないんです。それに、私の様な中年男性だと、体力的に…」
ふむふむ。
「情報は、どのくらい?」
麗君が眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら訊ねる。
「情報は1つしかないんです。」
ふむふむ。その情報とは?
「連続…」
連続?もしかして殺人事件?
「連続人さらいです。しかも子供を…。」
人さらい?しかも子供?
何の為に?
益々謎は深まるばかり。
うーん…
私達には無理かも。
情報が1つかぁ…。
その時、自信に満ちた光太君の声が聞こえた。
「その依頼、引き受けます。」
え⁉︎
だ、だ、だって情報が1つしか無いのにどうやって真相を探れば良いの⁉︎
私はこっそり皆の様子を見たが、やはり誰も「え⁉︎」と言わんばかりの表情だ。
「あ、ありがとうございます‼︎」
遠藤さんはそう言い、リサーチ料を払ってから外へ駆けていった。
リサーチ料って事件が解決してから出すんじゃないの?
私達は営業時間が終わるとそれぞれの家に帰った。
その帰り道に、私は見てしまった。
誰かの影が子供を連れさらうのを。