現代百物語 第18話 花盛り
「家で花見をしよう。夜桜なんてどうだ」
誘ってきたのは藤崎柊輔だった。
藤崎の実家には、大きな古い桜の木があるらしい。
酒好きなのは二人共同じだ。
「良いですね」
と珍しく二つ返事で谷本新也は藤崎の誘いに乗った。
まだ咲き初めの桜の時期だった。
外で、しかも夜に花見をするには寒い。
2人はコンビニで大量の酒を買い込んで、藤崎の家に向かっていた。
ビールに日本酒、缶チューハイやハイボール。
肴にも贅沢に高い缶詰や干物を買っていた。
川べりを2人で歩いている時だった。桜はまだ三分咲きだ。
わはは、という大声で新也は土手を見下ろした。藤崎も新也の影からひょいと河原を見る。
20人ほどの集団が、河原で少し早い花見をしていた。
ライトアップされた桜の下で、料理や酒を持ち寄って大騒ぎだ。
新也は楽しそうな集団にも関わらず、ゾクリとしたものを感じた。悪い予感ではないが、首筋がゾクゾクする。
「楽しそうだなあ」
藤崎がふらっと道を逸れる。
「あ、」
止める暇もなかった。
藤崎は、おーいと花見の集団に声をかける。花見の集団からも、おーいとご機嫌な声が返ってきた。
「先輩!」
新也は急いで藤崎を追いかけた。追いつき、腕を引いて土手の上へと引き戻そうとする。
「これは駄目です」
「何でだよ」
藤崎は不満そうだ。けれど、そうやってやり取りをしているうちに、酒盛りをしていた集団がこちらに注目してしまった。藤崎の声音を真似て、酔っ払った誰かが笑いながら返事する。
「何でだよお」
来いよ、と手招かれる。そうなるともう、新也には断ることができない。
「お邪魔します」
藤崎はニコニコと先に、青いビニールシートの上に膝を着く。
新也も習って、藤崎の横に滑り込んだ。
「どうぞ、どうぞ」
すぐさま、酒を手にした人々に囲まれた。老若男女いる。女性の何人かは着物を着て着飾っていたが、何の集団かまでは分からなかった。地域の催しか何かのように見えた。
藤崎は勧められるまま、空のコップを手渡されて酒を注がれそうになっている。
あっと新也は思った。思わず割って入る。
「自分たちで持ってきてるんで、大丈夫です!」
つい大声で止めてしまう。がさりとコンビニの袋を掲げてみせると、藤崎が不思議そうに振り返る。
「せっかくのご厚意だぞ、新也」
「良いですから。先輩はここは黙っていてください」
小声でやり取りする。
反対に、花見客達は新也が掲げた袋を物珍しそうに見ている。
新也ははっと気づき、一袋を集団に差し出した。
「お招きいただいた、お礼です」
新也がシートの上に置くと、わっと場が華やいだ。
「人間の酒だ!」
「人間の酒は美味いからなぁ」
と嬉しがる声がそこここからする。その頃に鳴ると、新也の目にはもう、その集団は普通の人間には見えなくなっていた。
角が生えたもの。
体が縮んで口だけになったもの。
異様な大男に、人面の牛。
種々様々な化物が正体も隠さずに、新也が持参した酒や肴に飛びついていた。
藤崎は呑気なもので、新也の対応に文句は言いつつも楽しげに輪の中に入り飲んでいる。
新也はそっと藤崎に近づいた。
ん、と振り返る耳元でささやく。
「良い所で抜けましょう……化物の酒盛りですよこれ」
小声で周囲を見渡す新也に比べて、ははっっと藤崎が笑う。
「お前が言うんならそうだろうが、俺には普通に見えるなあ。……彼等の酒やつまみを口に入れなければ良いんだろう?」
「はい……、あの世の食べ物を口にすれば、この世に戻ってくれなると言われているので」
新也は藤崎に注意をする。
藤崎は新也にささやき返した。
「大丈夫だ、どうせならこの状況を楽しもう」
ニッと笑う藤崎はいつもどおりの彼だった。
その笑顔に、はあっと新也はため息をついた。
今夜は帰して貰えそうになかった。
【end】