不可思議な現象
ようやくゆっくりできる。
かさかは心底安心しながら玄関を閉じてその場に座り込んだ。服に砂がついたが気にしなかった。
いったい自分が何をしたせいで、こんな訳のわからん今日が生まれたのか。なんて複雑なことを考えながら、彼女は憂鬱そうに動き部屋へとのっそり歩きだした。とりあえず寝たかった。夢に逃避したかったというのが正直なところではあるのだが。
ぱき。
が、なぜか背中で音がした。
背中は玄関。今まさに靴を脱ぎ廊下に足をあげたところ以外の何物でもない。
いるとしたら外に放置してきた見知らぬ不審人物だけ。考えて、かさかは怖いもの見たさと好奇心だけで振り返った。
そこには、確かに鍵をかけたはずの玄関を小さく開いて顔をのぞかせる先ほどの不審者だった。
「あの、お話だけでも良いんで聞いてくれませんか」
「やだ」
優しく、丁寧に、接客業ではとても大事なことを守って話しかけた彼の言葉を、かさかは一蹴した。コンマ一秒の狂いもなく、彼が言い終わった瞬間に。
「そんなあ! このままじゃぼくが怒られるんですよ!」
切実な感情をそのまま言葉に反映させながら、扉を開け放ち彼は言う。
「知らない関係ない無関係」
「そこまで言うことないじゃないですか、いくらなんでも酷いですよ!?」
「名も知らぬ不審者を叩き出さないだけありがたいと思え!」
気前よくかさかは蹴りを決めた。
予想していなかったためかそれとも完全に不意打ちを受けてしまったのか。
可哀想に不審者少年は頭を玄関の扉にぶつけ、なおかつ外に出てしまった。かなり強い音とともに。
「な、名前はさっき言ったじゃないですかぁ! ヒジリです、ヒ、ジ、リ! 昨日お電話もしました!」
打ち付けた頭を押さえながら、起き上がりつつヒジリと名乗る少年は懸命に訴える。
が、そんなことちっとも聞く耳持たない彼女は、さっさと玄関からリビングに移動し携帯で警察に連絡している真っ最中だった。
「あ、もしもし警察ですか、」
「うわああああ! やめてっ、やめて下さいいいいい!!」
悲痛な言葉だった。
「いやだ。やめない。私には権利があるはずなんだけど」
耳を押さえながら通話口を離して答えるが、どうやら電話を切るつもりはないらしく電源は切らない。
それを見ると残念そうに、ヒジリ少年は肩を落とす。
「ううう、すみませんカサカ様……。電話を切るまでの『流れ』を、すべて『削除』」
彼は空中に向けて上から下に線を引く動作をした。
一直線に下りたその動作を見ながら、かさかは目を細める。
一瞬。一瞬、あるはずのない見えない文字が消されるのが『視えた』から。
いや、んなわけないっか。すぐさま考えを打ち消す。
「あのー、不法侵入者なんですけど。もしもしー?」
電話に意識を戻すと、聞こえるのは味気ない通話終了の音だけだった。
「は? ちょ、切ってんじゃ……!」
あわてて携帯電話を見れば、かさかは自分の指で電源ボタンを押していた。
そんな記憶は一切どこを探してもメモリの中には存在しないのに。
その時に、悟る。
「お前のせいか。よし、わたしが許す。今すぐ謝れ土下座しろ切腹しろ介錯してやる私の目の前から消えろ」
「ええ!? いや、確かにぼくがしましたけそこまで怒られたくないっていうか言ってること横暴ですよ!」
「私は最高に素晴らしく素敵に機嫌が悪い」
一方的かつ迷惑気周りない言葉だった。
「と、とりあえず話を聞いてください! それから、ぼくを煮るなり焼くなり……うう、嫌ですけど追い出すなりしていいですから」
ここまで散々な言われ方をしたのに、心やさしい少年だった。
ほんの数秒だけ悩んで、かさかは玄関まで戻ってくると少年に手を伸ばした。
彼はまだ、開け放したドアの向こう側、奥様方の好奇の目にさらされた外だった。