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不幸な日

 最低だった。最悪だった。朝から人生で一番ついてない日だと思う。すべてが自分の神経を逆なでするような仕組みになってるに違いない。むしろ世界自体が敵だ。

 バイトから帰宅を果たした彼女は、自宅に入ることもままならず天を仰いだ。神はどこまでSなのだ。十九歳の春、彼女は初めて信じていない神様を呪った。

 朝から夕方の現在までに、すでにとことん精神的に破壊度メーター(自己申告)がぶっちぎってレッドラインを超えちゃっていた彼女は、それでもまだ直接的攻撃に出ないだけの理性と落ち着きがあった。

 そして自宅の玄関先で寝ている不審人物、藍色に近いショートカットの髪をした男だか女だか見分けづらい人物に向かってあらん限りの八つ当たりをする余裕も、あった。

「すいませんけどそこで寝ている不審人物さん、そこわたしの家なんですが。ああそれとも酔っぱらいさんですかそうですかすみません。真昼間から世を儚むくらいならわたしの知らないとこでやってくださいってかやりやがれ。迷惑だ。ああそれとも迷惑しかかけられない新人類ですか、科学も進歩しましたね。さっさと立って出て行け警察呼ぶぞつーか消え去れ塵と化せこっちはイライラしてるんです」

 しかし言ってる途中でだんだんイライラの容量があふれたのか足元のコンクリートをこれでもかというぐらいにつま先でけり始め、最後には周囲のおばさま方が「あらやだ警察呼ぼうかしら」「やめなさいよ巻き込まれちゃうわ」「あそこの娘さんたら怖いんですのね」なんてひそひそと囁き合う始末。

 高く結んだポニーテイルが彼女の動きに合わせて悲しげに揺らめいている。

 ついに耐えられなくなったのかストレスが大解放されてしまった彼女は、あらん限りの殺意と悪意と敵意をもって、夕暮れにてらされながらぐーすか寝ている不審者に持っていたコンビニの袋を投げつけた。中身は八十八円のカップラーメン、今日の夕食予定のものだった。

「ああもういい加減にして!! 今日は最悪だったんだからイライラしてんの汲み取れ読み取れ悟れ気づけ!! 正座してわたしに謝れーッ!!!」

 それは腹式呼吸の偉大さを伝えるには十分すぎるほどの声量だった。鳥たちはあわてて逃げて行き、盗み見していた奥様おばさま方はそそくさと家へと逃げ帰る。通行人は関わりたくないとばかりに進行方向を急転回させた。

 肩で息をしながら、それでも若干ぷちキレ状態を維持している彼女は、投げつけた袋とようやく目を覚まして訳も分からず正座して土下座している不審者を睨みつけた。

「すみませんんんんんんん!! まさかまさか寝てしまうなんてほんっとうすみません申し訳ありませんごめんなさい許してくださいすみませんでした!! ほんとに寝るつもりなんてなくて待ってる間に寝ちゃったとかそういう話でしてわざとでも悪気でもなかったんですぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 ものすごい謝った。もしかしたら人生で生きていてこんなに本気で謝ったことなんてあっただろうかと思うくらいに謝った。ちなみにこんなに謝ったことなんて初めてだ。

「赤坂かさか様ですよねっ? 昨日お電話したヒジリです! 決して怪しいものじゃないんです! だからその振りかぶったナイフは下ろしてくださいィィィィ!!」

 それでも彼女の怒りは解けなかった。

 彼女、もとい赤坂かさか十九歳は、重ねて言うが、朝から人生で一番ついてない日だったのだ。

 寝坊したわけでもないのに、ちょっとした親切心から助けた老人に時間を取られバイト先に遅れ説教を受け、お客様からは無関係なのに野菜が高いと文句を言われ、たまたま目があったという理由だけで店内を走り回っていた子供の母親にいちゃもんつけられ、あげく休憩に入ったとたんエスカレーターから転落し買った昼食がぱあになり、さらにエレベーターに乗れば故障して地下一階で一時間ほど停止し休憩時間がなくなり、そして店長にはクビを申し渡された。

 ホントはもっとあるのだが、言い連ねるときりがないというか言い足りないというか、とりあえず思い出しただけでも怒りが戻ってきてしまうので割愛することにする。

 振りかぶったナイフはよくある護身用の刃渡り五センチ程度のものだが、やっぱりナイフなのでよく切れる。不審者はざかざかと玄関先から離れた。

 だが振り下ろすこともせず、かさかはナイフをくるりと手の中でまわしてポケットにしまった。ジーンズのパンツにそんな危険物を常駐させないでほしいものだが、最近の治安を考慮するとそんなことはいえないので、さしもの侵入者たる人物も口をつぐみほっと息をつくにとどめた。

「はぁ。それより、近所迷惑だからかえってくれます? むしろこれから夕飯食べるんですプライベートタイムなんです邪魔されたくないんですというわけでさようなら」

 玄関先にスペースができたことをいいことに、かさかは言いたいことだけ言うとさっさと転がった袋を回収して鍵をはずし扉を開けた。

 彼女はとにかく、はやく一人を満喫したかった。

「あ、あの! ぼくも入っていいですか?」

 控え目に告げられたその言葉は静かに無視され、ばたりと無情にも扉は閉じられた。

 一人称から少年かと思われる彼は、閉じられた扉を困ったように見つめた。



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