夏休み約束編⑳~真っ暗なリビングにて~
ご興味を持っていただきありがとうございます。
本作のタイトルを改名した【ネトゲ廃人の異世界転生記】が発売中です。
アマゾン等で全国の書店にてお買い求めできるので、よろしくお願いします。
部屋を明るくするために暗視で見えているスイッチを入れた。
ライトが点灯するとレべ天はまぶしそうに目を細めて、力なく笑いかけてくる。
「あ、一也さん……おかえりなさい」
「ただいま……天音、何があったんだ?」
見たことがないレべ天の様子に戸惑い、抱きかかえていたマロンを押さえていた腕の力が弱まってしまう。
マロンは床に着地して、レべ天に寄り添って心配するように何度も頭をこすりつけている。
「マロンごめんね。お腹すいたよね……」
レべ天が壁に手を添えながら立ち上がろうとしていたが、歩こうとした瞬間によろけて転びそうになった。
倒れそうなレべ天の腕をつかみ、倒れないように受け止める。
体を打たないように床へレべ天を座らせて、マロンのご飯を用意するためにリビングへ向かう。
「いい。俺がやるから休んでいろ」
「ありがとう……ございます」
返事をしたレべ天がうつむくように視線を床に向けるので、マロンのご飯が保管してある場所へ行こうとした。
しかし、当のマロンは再び俺のズボンの裾へ噛み付いて、動けないようにさせてくる。
「キュー!! キュー!!」
「なんだよ。ここに居ろってことか?」
「キュ!」
俺は立ち止まってから膝を折り、ズボンから口を離してくれたマロンの頭を撫でた。
マロンは自らリビングへ向かいながら、俺がここから動いていないか時折振り向いてくる。
(マロンに心配されているのか……)
マロンはかしこいので、レべ天が弱っていることが分かっているのだろう。
ため息をつきながら俺も床に座って、レべ天の頭を撫でる。
「どうしたんだよ天音。話してみろ」
「……今日、シューちゃんが死んじゃったんです」
「シューちゃんって、騎乗部で飼っている馬だっけ?」
レべ天と花蓮さんが部活の話をしている時によく耳にし、真央さんや絵蓮さんもその名前を知っていた。
絵蓮さんがとても大人しく、初心者に優しい馬だという。
「そうです……」
「そっか……」
レべ天も初めて乗ったのがその馬なので、思い入れがあり悲しんでいるのだろうと予想した。
飼育している動物が亡くなる話を初めて聞くので、余計に落ち込んでしまったのだろう。
落ち着かせるために頭を撫でていた手を背中へ移動させる。
「どうして死んじゃったのか知っているのか?」
「老衰って獣医さんが診断したって、先生が教えてくれました」
「歳はいくつだっけ?」
「28歳です……長生きしたって……言っていました……うっ……」
シューちゃんのことを説明してくれていたレべ天は、涙を流し始める。
泣いている女性の慰め方は予習していたが、レべ天相手に使うとは微塵も思わなかった。
泣いている女性がレべ天でも、優しく抱きしめる。
「シューちゃんのために泣いてやれ、我慢しなくてもいいんだ」
「うわぁああん!」
レべ天は堰を切ったように声を出して泣き、涙と共に感情を溢れさせる。
静かな部屋にレべ天の泣き声だけが響き続けた。
「落ち着いたか?」
「グスン……取り乱してすみません……」
気にするなと言いつつ俺の肩に頭を預けるレべ天を軽くポンポンと叩いたら、まだ顔に残っている涙を服で拭かれる。
戦闘やレべ天のせいで汚れた服を替えたくなったので、早く部屋へ戻りたい。
「いいよ。明日の――今日の朝は5時に出発らしいから、寝過ごすなよ」
「はい――」
時計を見たら0時を回っていたので、後5時間も眠れる余裕がある。
レべ天が返事をしたので体を放そうとしたら、俺へ倒れかかってきた。
一応心が弱っているレべ天に気遣い、ゆっくりと床に寝かせると小さく寝息を立てている。
そのまま床に寝かせて帰ろうと後ろを振り向くと、キッチンの陰からマロンがじっとこちらを見ていた。
「キュ」
レべ天を起こさないためか、小さく鳴くマロンの訴えるような目に負けて、ため息をつく。
「引きずったら怒るよな……」
寝かせているレべ天の肩と膝の下から腕をまわして、ゆっくりと持ち上げる。
俺の腕の中に収められたレべ天はすっきりとした表情で寝ていたので、落とさないように抱き寄せた。
(普通に良いやつなのがむかつく)
飼育している動物が死んで心の底から悲しんでいるレべ天をぞんざいに扱う気にはなれない。
俺に抱きかかえられながら寝るやつがもっと冷たく、非協力的ならこんなことをする気にはならないだろう。
(心の底から善人だからここで放っておいたら俺が悪人になる)
リビングを出ようとしたら、両手が塞がって扉が開けられない。
足で開けようとしたとき、反対側から音を立てないようにドアノブが動かされる。
廊下には空の守護者であるアイテールさんがいて、声を出すことなく先導するように歩き始めた。
レべ天の部屋の扉を開けてくれたアイテールさんは手で、俺に部屋へ入るように促してくる。
部屋の中にはディーさんがベッドをきれいに整えて待っており、レべ天を寝かせられるように布団をめくってくれた。
ベッドへレべ天を降ろしてから布団をかけて部屋を出ると、2人が深く頭を下げる。
「私たちでは守護神様の心の傷に触れることができませんでした。申し訳ありません」
アイテールさんが頭を上げずに悔しそうな声を絞り出していた。
ディーさんも同じなのか、唇を噛んで手を握りしめている。
「後はよろしくお願いします。5時に出発するので、天音を起こしてやってください」
快く返事をしてくれた2人にレべ天のことを任せて、自分の家へワープをした。
荷物の片付けをしていたら、終業式の日に渡された大量の宿題が机に積まれている。
(学校……どうしようかな……)
夏休み後に学校へ通うよりも、世界中にあるダンジョンやフィールドでモンスターと戦いたい。
着実に【拳王】へ近づいている自分の力を遺憾なく発揮し、《最上級》への道を切り開く。
(ただ……それには準備が必要だな……)
最上級職へ上がるためには、とある【壁】を越えなくてはならない。
それがこの世界でも適用されているのか確認する必要がある。
俺は5時前に起きられるようにアラームをセットして、ベッドへ横になった。
(神器を……本格的に集めに行こうか)
右腕に付けられたブレスレットや神石のメイスといった装備は世界各地に存在している。
ゲーム内ではほとんど手にすることができなかったそれらを花蓮さんたちに渡して、戦力の増強をするのも悪くない。
(花蓮さんも神器級の剣を手に入れていたし、やることが増えたな!)
ベッドに入ったものの、PTメンバーである夏美ちゃんや真央さんたちに使ってもらいたい神器のことを考えていたらなかなか寝ることができない。
(まずは、アイギス……神の盾を取りに行こう)
俺は寝るのをあきらめて、椅子に座り、ノートを広げて神器の情報についてまとめ始めた。
ご覧いただきありがとうございました。
もしよければ、感想、ブクマ、評価、待ってますので、よろしくお願いいたします。
特に広告の下にある評価ボタンを押していただけると、大変励みになります。