夏休み約束編⑰~ジブラルタル山脈総力戦~(谷屋花蓮視点)
ご興味を持っていただきありがとうございます。
9月12日に書籍第一巻が発売になります。
タイトルを改名して【ネトゲ廃人の異世界転生記】となっております。
アマゾン等で予約が始まっているので、よろしくお願いします。
私は山を降ってくるヤングコングというモンスターに向かって全力で剣を振るっている。
本当なら今日は一也と海でデートをする予定だったのに、なぜか海外の山でモンスターと戦っていた。
それも、相手は今まで戦ってきたモンスターとは違い、武器を使って連携して攻撃をしてきている。
私の死角を突くようにヤングコングが迫ってきている気配がするが、それはすぐに止められていた。
心から信頼のおけるパートナーが私の背中を守ってくれている。
「一也!」
「後ろは任せてください。このまま登ります!」
「わかったわ! 遅れないでよ!」
想像していたデートとは程遠い行為をしているものの、私の心は満たされる。
(こんな風に一也と並んで戦えることが嬉しい)
しかし、一也はあくまでも私のペースに合わせてくれているので、肩を並べて戦っているとは言うことはできない。
それが悔しいので、一也が徳島へ遊びに行っている間に真央さんと一緒に訓練を行なっていた。
(なのに差が広がるなんて……)
天音ちゃんが言っていたが、一也は世界を救う人として神様たちに選ばれているらしい。
今も一也にしか使えないという武器でとても大きなワイルドコングをなぎ倒している。
(信じられない……素手で地面をえぐって、石をミサイルのように飛ばしてくる相手なのに……)
ワイルドコングの身体能力は高く、手で岩盤をえぐり、石を貫通弾のように飛ばして攻撃をしてきていた。
そんな相手へメイス1本で立ち向かい、なおかつ攻撃から私を守ってくれている。
私はできることを行うため、ヤングコングを1体でも多く倒すようにアダマンタイトの剣を振るい続けた。
戦いが始まってから数時間が経った頃、何体倒したのか分からないほどモンスターを倒し続けてようやく頂上を目前にする。
周囲を警戒してもモンスターの姿はなく、気配もしない。
ただ、この山の頂上には【ヒュドラ】と呼ばれる9つの首を持った青い水蛇がいると知っていたので、最後の戦いに備えるために立ち止まった。
私の後ろにいる一也は平気そうな顔をして頂上へ登っている。
「一也、もう行くの?」
「頂上に着いて風景でも眺めましょう」
「待って! 頂上にはヒュドラがいるのよ!?」
一也は頂上にいる巨大モンスターのことを知らないのか、武器を肩で担ぎながら歩いている。
オーラを使用せずに普通に歩いているので、呼び止めるために一也に近づくと大きなモンスターと目が合ってしまった。
「あ……」
私が9つあるうちの1つの頭にある目が合うと、強張ったように体が緊張して動かなくなる。
直感で私よりもはるかに強いと察し、下手に行動できなくなってしまった。
「ああ、いたいた。おーい!」
そんな相手に対して、一也くんは大きく手を振りながら笑顔で近づいていく。
(何してんの!!??)
私の心配をよそに、一也はワイルドコングよりも大きなヒュドラの足元に立ち、武器を地面に向ける。
すると、ヒュドラの頭がすべて一也に向けられるので、私は緊張から解放された。
それと同時に私の意思とは関係なく、膝が崩れて地面へ座り込んでしまう。
放心状態になりながらも一也の行動を追って、何をしているのか観察する。
私には一方的に話しかけているようにしかみえないが、おそらくポセイドンの時と同じようにヒュドラと話をしているように見えた。
(天音ちゃんから聞いていたけど……モンスターとも話ができるんだ……)
一也は特別な力はいらないが、言葉を勉強するのが嫌だという理由で、どんな人とも言葉を交わせるようになっているらしい。
その様子を呆然と眺め、一也が私の手の届かないところへ行ってしまうのではないかと錯覚してしまった。
(私は彼の横に立つんだ!!)
震えている膝を抑え込んで、足に力を込めて立ち上がる。
愛する人の隣に立って戦うという夢を叶え、自分も一也と一緒に世界を救う人になりたい。
剣を杖のように使い、一也とヒュドラへ近づくために足を進める。
近づいていくと一也の独り言のような会話が聞こえてきた。
「それじゃあ、俺とあの人をオリンポスの間へ送ってくれますか?」
一也が私へ指を向けて、どこかへ転送してもらおうとしている。
ポセイドンにはダンジョンの入り口へ運んでもらったことがあるので、山の麓まで降ろしてもらうのだろうと理解した。
「花蓮さん、これからボスモンスターと戦いますが、休憩しますか?」
「え!? 帰るんじゃないの!?」
「このダンジョンを攻略していないのに帰るわけがないですよ」
あれだけモンスターと戦った後に、当たり前のようにまだ続けるという一也の思考が読めない。
けれど、こんな戦闘狂の一也だからこそ、世界を救うなんてことを任せられたのだろう。
(そんな人の横に立ちたいんだから、私も強くならないと……)
そう思うと自然に膝の震えが消えて、戦うために気持ちを入れ替える。
「わかったわ。どんな相手かわかっているの?」
「うーん……行かないとわからないです」
今の言葉が信じられず、私は思わず一也の方へ顔を向ける。
一也の口から【わからない】という言葉を聞くことが初めてなので、確認をしてしまう。
「一也でもわからないことがあるのね」
「まあ……」
珍しく一也がダンジョンについてのことで歯切れの悪い返事をしていた。
私が顔を見ているのが分かったのか、一也が戸惑いながらも笑顔を向けてくる。
「それで、どうすればいいの?」
「えっと……もう大丈夫なら合図をします」
「いいわ。行きましょう」
一也が分からないという相手に会いたいため、私は一也の言葉にうなずいた。
私の返答を聞いて、一也がヒュドラへ頼むと伝えている。
ヒュドラの9本ある首が上に伸びると、白い光が私と一也の足元から溢れ始めた。
次の瞬間、私はワープしたかのように周りから風景が消える。
「なにここ……何もない……」
白い光が体を包んだと思ったら、私は何もない白い空間に立っていた。
周りを見ても一也の姿はなく、私だけがここにいるようにしか見えない。
「一也!! どこにいるの!?」
私の叫びが一也へ届くことはなく、姿を現してくれなかった。
どうなっているのか分からず走り出そうとした時、目の前に黒い人のような形をした塊が生まれる。
「なんなの!?」
私はその塊から距離を取り、いつでも攻撃ができるように剣を構えた。
黒い人型の塊が揺らめくように動き、私へ近づいてくる。
「汝、何を求める?」
「何を?」
塊が私へ接近しながら何か質問のようなことを聞いてきているが、何を聞きたいのかわからない。
じりじりと近づいてくるので、塊と距離を保つために後退しようとしたら、後ろへ進めなくなっていた。
「嘘!? なにもないのに!!」
「汝、これの寵愛を求めるか?」
塊が激しく揺れると、黒い人影の中から焦るように一也が飛び出してくる。
宙に放り出された一也は、テレポートで着地し、私を見つけて笑顔を向けてくれた。
「花蓮さん、無事だったんですね。外れたので不安でした」
「一也! ここはどこなの!?」
「わかりません。でも、花蓮さんが無事でよかった」
一也はそう言いながら心配そうに私の頭をなでてくれている。
突然触れられて驚いてしまったが、本気で一也から心配されて嬉しいと思ってしまった。
ただ、こんな意味の分からない塊が出現するところでじっとしているわけにはいかない。
「一也、ここから出られる? 1度外へ出ましょう」
「そうですね。何が起こるかわからないので、麓のホテルへワープしましょうか」
そう言いながら一也が私の手をにぎり、微笑んでくれている。
その行動に違和感を覚えたので、私は一也へ質問をすることにした。
「ねえ、一也。このダンジョンのボスを倒さなくてもいいの?」
「大切な花蓮さんに危ない思いをさせたくないので、俺が倒しておきますよ」
「……そう」
一也が私へかけてくれた言葉を頭の中で繰り返し、一瞬でもこれに対してときめいた自分を恥じて、唇を噛み締めてしまう。
「お前は一也なんかじゃない!!」
にぎられていた手を振り払い、両手で剣を振り上げて、一也の姿をしたものに一刀両断を行う。
それは切られながらも不気味に笑い、一也の姿で私へ言葉を投げかけてくる。
「どうして抗う? これはお前が望んでいる未来だろう?」
「違う!! 私は一也に甘えるだけの存在じゃない!! 一緒に戦うんだ!!」
力任せにスキルを使用して全力で腕を振るうと、地面に剣が当たって刀身が折れてしまった。
柄の部分だけを握りしめて、一也の形をしたものに向ける。
一也だったものが黒い人型に戻り、揺らめいていた。
「それでは、汝、何を求める?」
「剣よ!! どんなモンスターが相手でも一也の道を切り開ける、大きくて丈夫な剣!!」
よくわからないものへ大声で叫ぶように言い切ると、この空間全体から光が満ち溢れ始める。
私は、最後まで黒い塊に対して柄を向け続けていた。
ご覧いただきありがとうございました。
もしよければ、感想、ブクマ、評価、待ってますので、よろしくお願いいたします。
特に広告の下にある評価ボタンを押していただけると、大変励みになります。