夏休み約束編⑩~ホテル脱出~
ご興味を持っていただきありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
恐る恐る俺からスマホを受け取って話を始める支配人の人が話をしていると、ひたいから冷汗がにじみ出ていた。
「佐藤様、スマートフォンをお返しいたします」
「どうも」
話が終わったのか、通話状態のまま両手で丁寧にスマホを返された。
スマホが返されたので、最終的にどうするのか様子をうかがっていたら、支配人の人がまた頭を下げている。
「賠償金の件ですが、佐藤様の気持ちで結構でございます」
「そうですか……それなら、モンスターによる渦の影響でお客さんがこなくて大変かと思いますので、応援も兼ねて30億送らせていただきます。振り込みでいいですか?」
「ありがとうございます!」
驚愕しながらも支配人の人が嬉しそうにまた俺に向かって頭を下げる。
俺は晴美さんに頼んで、支配人の人から教えてもらった振込先へ送金してもらった。
その手続きが終わってからホテルを出ようとしたら、出口のところを数十人の警察官が通らせないように壁を作っている。
その中から数人の屈強な体格の男性が近づいてきていた。
「佐藤一也くんだね? このホテルで行われた器物損害や傷害事件について話を聞きたいんだが、大人しくついてきてくれるかな?」
「ちょっと待ってください」
俺は数人の警察官に険しい顔で見下ろされながら、後ろにいる田中先生へ手を差し出した。
「田中先生、夏美ちゃんから夜の様子を撮影したと聞きました。この場で皆さんに見てもらってもいいですか?」
「え、ええ……ちょっと待って……」
俺へ話しかけてきていた警察の男性が、後ろで待機をしていた人を制止していた。
田中先生から渡されたスマホに流れる動画を警察官へ見せながら、俺の主張をする。
「器物損害についてはホテルの方と示談が済んでおります。また、傷害については、こんな環境を放置した弓道協会から人を救い出しただけなので、正当防衛です」
動画では、必死に扉を押さえて田中先生が怯えているような悲鳴のような声と、廊下から扉がなんどもガンガンと殴られながら聞くに堪えない言葉が浴びせている様子が撮影されていた。
「この通り、本当に逮捕すべきはあちらにいる集団かと思うのですが、どうでしょうか? この動画は証拠のためにご提供させていただきます。後で被害届でも出せばいいですか?」
田中先生のスマホを警察の人へ渡して、動向を見守る。
俺と話をしている警官の人が、隣の人へ声をかけて、カウンターへ向かっていった。
カウンターに着いた警官が支配人と話を始め、言葉を交わし始める。
話が終わると、俺の前にいる人に向かってうなずいていた。
それを見た俺の前にいる警察官は、頭を下げて微笑んでくれた。
「そういうことなら、2人を保護させてほしいんだが……」
「不要です。それよりも、このままだとこの騒動を起こした人たちがホテルから出ちゃいますけど、無力化するのをお手伝いしましょうか?」
「それこそ不要だ。後はこちらで対処する」
そう言い切ると、俺と話をしていた人が背を向けて、入り口を固めている警察官の集団を見回している。
その男性が大きく息を吸い込み、指示を出そうとしていた。
「弓道協会全員の証言を聞く! 総員確保!!」
その言葉と同時に、俺へ強気な言葉を放っていた老人が警察官に床へ組み伏せられて確保されている。
老人は泣きそうな顔で俺と田中先生を見上げていた。
「頼む、先の短い命なんだ。助けてくれ」
「不義理な集団にかける情けなど持っていない!! 大人しく捕まっていろ!!」
俺はそう言い切って後ろ髪を引かれることもなく、ホテルから出る。
ホテルの外に出てから、田中先生が眠れていない様子で疲れていたので、荷物を持たせてもらった。
荷物を預かりながら、偉そうに話をしていた老人が何者なのか気になっていたので聞いてみる。
「そういえば、あの老人たちって何者だったんですか?」
「……真ん中にいたのが弓道協会の会長で、両隣にいたのは副会長よ」
「全員捕まっちゃいましたね」
「笑い事じゃないわよ……」
いつの間にか笑ってしまっていたようで、田中先生が呆れるように頭をかかえて俺のことを見ていた。
「佐藤さん! 待ってください!」
後ろから若い警察官の人が入って俺たちに向かって必死に走ってきている。
待っていたら、田中先生のスマホを差し出された。
「動画データをいただいたので、こちらはお返しします。それと、あのホテルにいた弓道協会の方は全員確保しました」
「ありがとうございます。俺に何かお手伝いできることがあれば、静岡県ギルドへ連絡をください」
「ご協力ありがとうございました」
その人が敬礼をしてくれたので、お辞儀を返してその場を後にする。
「初めて目の前で敬礼されたわ……」
「貴重な体験でしたね。これどうぞ」
「ありがとう」
田中先生へスマホを渡すと、苦笑いをしながら受け取っていた。
顔色が悪い田中先生を連れて霊山寺に着き、多宝塔の近くで日陰の場所を探す。
木陰になっているところを発見したので、リュックからレジャーシートを出して広げる。
「田中先生、ここで夏美ちゃんを待ちましょう」
「本当に夏美はお遍路を走っているの?」
「ええ、たぶんモンスターと戦いながら走っていると思いますよ」
「お遍路のモンスターってけち火ってやつでしょ? 倒せないって聞いたけど」
「だから修業になるんですよ……それより、帰ってきたら起こすので、少し休んでください」
田中先生がレジャーシートへ座るが、上半身をふらふらと揺らしていたので、タオルで枕を作って渡した。
丸められたタオルを受け取り、田中先生が謝りながら横になる。
「気をつかわせてごめんね」
「俺はぼーっと待っているので、気にしないでください」
「ありがとう……お休みなさい……」
横になったら1分も経たないうちに田中先生が寝息を立てはじめた。
本当に疲れていたんだと感じ、軽く手で扇いで風を送ってあげる。
手に魔力を込めてワイドアタックを行い、多重攻撃の効果で手をひらひら動かすだけでもそよ風が生まれた。
数時間後、夏美ちゃんが服をいたるところ焦がして戻ってくる。
夏美ちゃんは1周目からけち火と戦いながら走っているようだった。
俺と寝ている田中先生を見つけた夏美ちゃんは、足音をひそませながら近づいてくる。
「一也くん、真さんを助けてくれてありがとう」
「これくらい大したことないよ。それより、お遍路巡りはどう?」
「けち火って倒せないの? いくら矢を当てても消えないんだけど……休憩時間は10分みたい」
夏美ちゃんは俺と話をしている最中に、多宝塔から指示を受けたようだった。
短い休憩時間で少しでも強くなれるように夏美ちゃんへアドバイスを行う。
「夏美ちゃんも拳が武器として使えると思うから、矢を置いて素手でけち火を殴ってみたら?」
「……私も素手を使うの? 火傷しない?」
「魔力を込めたら大丈夫だし、熟練度を上げたら魔力を放出できるようになるよ」
夏美ちゃんは考えるようにあごに手を当てて、持っていた弓を眺めている。
数分経ってから、決意したように弓を俺へ渡してきた。
「じゃあ、素手で戦ってみるよ。行ってきます」
「あと2周ファイト」
「ありがとう」
夏美ちゃんが武器を持たずに静かに離れて、霊山寺を後にする。
その姿を見送り、俺の横で【狸寝入り】をしている田中先生へ声をかけた。
「先生、もう夏美ちゃん行っちゃいましたよ?」
「気がついていたの?」
「気配には敏感なんで」
まだ眠そうに目をこすりながら田中先生がこちらを向いていた。
ご覧いただきありがとうございました。
もしよければ、感想、ブクマ、評価、待ってますので、よろしくお願いいたします。
特に広告の下にある評価ボタンを押していただけると、大変励みになります。