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やっぱりはなまる商店街

「ひーまー、ひーまー、ひまひまひーまー」

 ありゅとはどこで覚えたのか、昔懐かしい胡散臭いマーチのメロディーで暇を連呼します。

「うりゅ~。てれび、おもしろくないよぅ」

 ぴのも、ワイドショーばかりのTVに飽きたのか、頬をぷーっと膨らまします。

「うぅーん……。そうは言ってもねぇ……」

 キノモリさんが冷蔵庫を覗きながら言いました。冷蔵庫からの冷気は今の時期には少し寒く、キノモリさんは少し身を、ふるり、と震わせます。

 冷蔵庫はほとんど空。常備しているウーロン茶さえ、一口分を残すのみ。このウーロン茶はペットボトルの割には香りが高く、甘みが強いので、キノモリさんのお気に入りなのです。

 キノモリさんはウーロン茶を取り出して飲み干すと、二匹に向かって言いました。

「……ぴの、ありゅと。オストコ行く?」

「おすとこって、なに?」

「うーん。大きなスーパーみたいなもの」

「おりぇ、いきたいじぇ」

 キノモリさんがポッケ付きの上着を着ます。

「はい、入って」

 キノモリさんはそう言うと、二匹を両手で掬い上げ、右のポッケにありゅと、左のポッケにぴのを入れました。そして、オストコのロゴが入ったショッピングバッグを手に持ち、TVを消します。

 玄関を出て、鍵を閉めて、普段と同じ道を歩いていきます。

 キノモリさんはてくてくてくてく、歩いていきます。住宅街を抜け、お気に入りの喫茶店の横を通り、公園の横を通り、商店街を抜けて、大通りを渡り……。

 10分くらい歩いたところで、やっとその大きな倉庫型店舗が見えてきました。オストコです。

 キノモリさんはカード入れから会員証を出し、入り口の人に見せると、中に入っていきました。

「わぁ、しゅごい!」

「しゅごいじぇ~!」

 ポッケから顔を出して、二匹がわきゃわきゃと騒ぎます。

「試食もいっぱいあるんだよ」

 キノモリさんが歩きながら二匹に言いました。ふと足を止めると、早速試食をやっています。ヴルストです。

「ますたー、ますたー、たべたい、たべたい」

「うおー、ますたー。たべたすぎるじぇー!」

 二匹はもう辛抱ならないのか、ポッケから落ちそうです。特にありゅとが。

「今取ってあげるから、二人とも我慢。我慢しなさい」

 キノモリさんは苦笑いしながら、試食のヴルストを一人前取りました。そして、ポッケにいる二匹に、公平に分けます。

「はふはふ。おいしー!」

「うみゃすぎるじぇー!」

 ヴルストはあっという間に二匹のお腹の中。こんなにおいしそうに頂いてるので、ヴルストになった豚さんも浮かばれることでしょう。

 さて、二人も気に入ったみたいだし、このヴルスト買おうかな。

 キノモリさんが品定めをしている、そのときでした。

「ママー、見て! ミドリとムラサキのうさぎさん!」

 子供が、キノモリさんたちを指差して大きな声で叫びました。

「こら、指差しちゃいけません。……あら、ホントね」

 周りの人が、わいわいがやがや集まってきます。

 ちくちく、視線が痛いです。

 そこに、騒ぎを聞きつけたお店の偉い人が駆けつけました。

「スミマセン、お客さま。ペットを連れてのご来店はご遠慮ください」

「ぺ、ペット……?」

「ペットですよね、そのうさぎたち」

 ペット。

 キノモリさんは今まで、そんなこと思ってもいませんでした。自分には、同居人が二人いる。それだけの認識でした。

 それをペット。ペットだなんて。

 でも、否定しても、この子たちはうさぎにしか見えません。この子たちもこの子たちで、自らを『コミロンラビット』と名乗っていますし、きっとうさぎなのでしょう。

 そうしたら、ペットと言われても、仕方ないじゃありませんか。

「そうですね、はい……」

 キノモリさんは小さく呟いて、とぼとぼと店を後にしました。

 帰り道をとぼとぼと歩きます。

 ぴのは、ポッケの奥深くに潜って出てきません。ありゅとも、顔は出しているものの、大きな耳がだらーっと垂れています。元気がない証拠です。

 商店街の中央に差し掛かったところで、キノモリさんはいつもの温かい声に呼び止められました。

「あら、あんた! 肩落としてどうしたの!」

 お肉屋さん『おにくばたけ』のおばちゃんです。

「……あ、おばさん」

「なんだい、辛気臭いねぇ。……ありゅとちゃんも、どうしたんだい。可愛いお耳がぺたんとなって! ぴのちゃんは? どこだい?」

「ここでしゅ……」

 ぴのがポッケからぴょこっ、と顔を出しました。

「なんだいなんだいあんたたち。みんな揃って、やーだねぇ」

 おばちゃんは笑って、キノモリさんの肩を叩きます。

「おばさん……この子たち、ペットに見えます?」

 キノモリさんが泣きそうになりながら訊きました。

 おばちゃんはその言葉と、キノモリさんの持っているオストコのショッピングバッグで全てを悟ったのでしょう。にっこり微笑んで、いいや、と答えます。

「ぴのちゃんとありゅとちゃんは、そんなんじゃないよ。少なくとも、あんたにとってはそうさね。あたしにとってもそうだよ。安心おし」

 そして、キノモリさんの手を引っ張って言いました。

「メンチカツ、揚げたてのをご馳走してやろうかねぇ。今日はあたしの奢りだよ。さあさ、寄ってっとくれ!」

 キノモリさんはいざなわれるまま、自動ドアをくぐり、テーブルに付きます。

「ちょっと待ってておくれよ」

 奥でジュワワ~ッといい音がした数分後、揚げたての、まるのまんまのメンチカツ一個、一口大に切ったメンチカツ山盛りを持って、おばちゃんが現れました。

「さあ、お食べ」

 ぴのとありゅとはテーブルに登ると、一口大に切ったメンチカツをお口いっぱいに頬張りました。じゅわっと広がる優しいお味に、ぴのとありゅとはぽろぽろと涙をこぼします。

「うぇっく……。おばちゃん、ひっく。おいしいよぅ!」

「ふえええ……。おばちゃん、うっく。おいしいでしゅ」

「どんどんお食べ、二人とも。ほら、あんたも熱いうちにお食べってば!」

 おばちゃんに言われて、キノモリさんは彼女の顔をじっと見ました。

「ぴのちゃんとありゅとちゃんは商店街のアイドルなんだからね! あんな大型店舗に良さが判ってたまるかってんだい。今度からはどんどん連れておいで! あたしたちゃ、それを心待ちにしてるんだからね!」

 彼女の心強い言葉を胸に、キノモリさんもメンチカツを頬張ります。

 久しぶりに食べたメンチカツは、ちょっぴり涙の味がしました。

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