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なにごともほどほどに

 ポリポリポリ。

「うみゃ!」

 ありゅとがあがりこを食べる音を聞いて、なんだか思い出してきました。

 あれは、そう。

 キノモリさんが、この『ひまわり荘』に住み始めて、まもない頃……。



 ********



 ただいまー、と言いながら、キノモリさんはドアを開けました。

「ますたー! おかえりだじぇー!」

「ますたー、おかえりなしゃーい!」

 二匹の可愛い同居うさぎの姿を確認すると、キノモリさんの頬はほころびます。

ああ、やっぱり二人ともすごく可愛いなぁ。この部屋にして、本当によかった。

「ますたー! あがりこたべたいじぇ」

「いいよー! 食べよう、食べよう!」

 キノモリさんは持っていたスーパーの袋をがさごそと開き、中からあがりこを取り出しました。

 ガルビーのあがりこ。ありゅとの大好物です。

 もう一つ、マスタードーナツの袋をがさごそしまして、中身をぴのに差し出します。

「ぴのには、ポンザリングねー」

「ありがとうございましゅー!」

 カリポリカリポリ。

 もっしゅもっしゅもっしゅもっしゅ。

「きょうもうみゃかったじぇー!」

「はあぁ、おいしかったでしゅー」

 キノモリさんと二匹、このところ、食べるものって言ったらこの二つです。

 でも、美味しいし。

 慣れない暮らしで、台所に立つのも億劫だし。

 まぁ、生きてるからいいよね。

 キノモリさん、お恥ずかしながら、そんなふうに思っていました。

 そう、あの日までは。



**********



「なんか……調子悪い……」

 キノモリさんは身体の不調を訴え、生まれて初めて、お仕事を休みました。

「ますたー……だいじょうぶだじぇ? あがりこくえばなおるじぇ?」

「なんかたいへんそうでしゅね。ぽくのぽんざりんぐたべましゅか?」

 こみろんらびっと二匹が、自分たちの大切な食べ物を勧めてくれます。

 これは心配かけちゃいけないな。

 そう思ったキノモリさんは、にっこり笑って、それぞれ一つずつ、頂くことにしました。

 その途端。

 ぐるり。

 世界が回って、キノモリさんはその場にパタリ、と倒れました。

 あれ、あれれ。

 力が出ない。

「ますたー!」

「ますたー!」

 二匹がキノモリさんに駆け寄って、すがりつきます。

「うわぁぁぁぁん! ますたー! しんじゃやだじぇー!」

「いやでしゅー! ますたー! しんじゃやでしゅよー!」

 その声が聞こえたのでしょう。

 マスターキーを使って、大家さんのヨシノさんが飛び込んできました。

「き、キノモリさんっ? どうしましたっ?」

「いきなり、ますたーがたおれちゃったんだじぇー!」

「ますたーをたすけてくだしゃい、よしのしゃーん!」

 ぴぃぴぃ鳴く二匹と、倒れているキノモリさんを見たヨシノさん、大慌てです。

「き、救急車、救急車!」



 **********



「で、言い訳は?」

「ありません……」

 ベッドで点滴を打っているキノモリさんは、申し訳なさそうに目を瞑り、ぷふぅ、と息を吐きました。

「お菓子だけで栄養偏らないと思ってたのですか? そんなこと思っちゃいけませんよ」

「で、でもねっ。あがりこはサラダ味を主に食べてたから、野菜は摂れてましたし、ポンザリングもいろんな味のを食べてて……」

「だまらっしゃい」

 お医者さんが一喝します。

 しゅん。

 キノモリさんは頭をうなだれました。

「同居人たちは大丈夫だったんです……」

「ご同居の方々はよっぽど身体が丈夫な方々なんでしょう。普通、こんな生活をここまで続けてたら、あなたみたいになります」

 はい。

 キノモリさんが素直に返事をしますと、お医者さんはボールペンを持ってカルテを叩きました。

「三食きちんと作りなさい。ご同居の方々だって、ご飯を食べたほうが身体にいいし、美味しいご飯は会話も弾みますよ」

 そうか。

 キノモリさんははっとしました。

 あのコたちは、お菓子のほうが好きかと思ってたし、楽だからってそんな食生活を続けていたけれど、自分の作った食事、一度も食べさせたことなかった。

 自分の作ったもので、食卓を囲めたら、きっともっと楽しい!

 あのコたちの好きなもの、嫌いなもの、いろいろな面、もっと知れるし、もっともっと仲良くなれるはずだ!

「先生」

 キノモリさんがにっこり笑います。

「ありがとうございます。目が醒めました」

「ん、頑張ってください」



 **********



 治療を終えて家に帰ると、二匹が出迎えてくれました。

「ますたー、もういいんだじぇ?」

「うん、すっかり大丈夫だよ。心配かけてごめんね、二人とも」

「よかったでしゅよ、ますたー!」

「うん。ありがとう、二人とも。今、ご飯作るから待っててね」

 キノモリさんは久しぶりにエプロンをつけ、持っていたスーパーの袋から野菜やお肉を取り出して、調理を始めました。

「ますたー、おりょうりつくれたんだじぇ?」

「うん、趣味で結構作ってたんだ」

 趣味で作ってた、と言うだけあって、キノモリさんの手際は意外にもよく、あっという間にいい香りが漂ってきます。

「たのしみでしゅねー」

 ぴのがヨダレをじゅるり、と垂らしました。ありゅとがそれをごしごしと拭ってあげます。

「よし、出来たよ。ミルクスープ」

 みんなの分を分けまして、テーブルに着きます。

「いただきますしようか」

「いただきますだじぇー!」

 ありゅとがスプーンを振りかざします。

「いただきますでしゅよー」

 ぴのはお行儀よく、手を合わせました。

「いただきます」

 キノモリさんも手を合わせ、一礼して、スープを飲み始めました。

「うみゃ!」

「おいしいでしゅねー」

 二匹の顔がほころびます。

「ホント? 嬉しい!」

 キノモリさんは、スープを飲みながら、にこにこが止まりません。

「ますたー! もうないんだじぇ! おかわり!」

「ぽくもでしゅよー。もっとのみたいでしゅよー」

 あらららら。

 でも、もうないんです。

 それを伝えると、二匹は顔を見合わせ、それからこう言いました。

「じゃあ、あがりこくうじぇ!」

「じゃあ、ぽんざりんぐでしゅ」

 あ、いや。

 キノモリさんは苦笑いして、答えました。

「その二つは、もう、当分、いらない……かな」

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