腹ペコ魔法使いの解体作業③
21話
「やっと終わった……」
「終わったな……」
「終わりましたね……」
俺と兄さんとパウルの三人がかりでなんとか流氷グマの解体が終わった。午後の時間をめいいっぱい使って、日暮れまでには毛皮剥ぎと肉の解体作業も片付けることができた。
とは言ってもメインは毛皮剥ぎで肉の解体は大まかなブロックごとに切り分ける程度しかできなかった。頭は落として剥製に加工し、応接間か玄関ホールに飾りたいと兄さんが言ったのでそのまま兄さんに譲った。
毛皮や肉以外の素材はそれぞれ加工できるものは家で加工し、職人に頼むものは寄り分けておく。
流氷グマの爪や牙は取り外して武器や道具の素材に使う。
魔物の素材は武器などに加工すると魔物の魔法属性を引き継ぐことができる。流氷グマなら強力な氷属性を引き継げるので毛皮を防寒具に加工すれば最高級の寒冷地装備になるし、爪や牙はナイフに加工すると触れたものを凍らせる魔法が発動できる特殊な魔道具に変わる。
内蔵なども魔法薬に使う素材になるそうだけど今回は落とし穴においてきたので手元にない。また今度取りに行こう。
とにかくいちばん大事な毛皮の処理を終えてから取り掛かった大量の肉は部位ごとに切り分けていった。ある程度の大きさに切り分けた肉を油紙に包み、更に麻布で包んだものを雪を詰めた桶に詰めて上から更に雪を重ねる。途中で桶が足りなくなり、追加でありったけの樽や木箱を持ってきてやっとすべての肉が保存できた。
もう疲労困憊でクタクタだったけど最後にまだ大仕事が残っている。剥いだ流氷グマの毛皮の鞣し作業をある程度進めておかないといけないのだ。
「肉の加工はエレナ達に任せるとして……毛皮だけはやっておくか」
「そうしよう兄さん……」
剥いだ流氷グマの毛皮の処理だけは丁寧にやらないといけないから解体道具の片づけをパウルに頼み、まず兄さんと二人でそりをひっくり返して底板に毛が生えている面を裏側にして毛皮を伸ばして打ち付ける処理をしておく。毛皮の裏面はまだ細かい肉片がこびりついていたり、分厚かった脂肪の残りなども取りきれていない。なのでまず残っている肉片と脂肪を削り取っていく。刃先が丸くなっている特殊なナイフで丁寧に何度も削り取って行く作業は兄さんと二人がかりでもなかなか進まない。
「これだけ大きいと毛皮に残る肉と脂もすごい量になるな」
「毛皮を剥ぐときになるべく取り残さないようにしたけど、どうしてもね。それにナイフも脂で滑ってうまく削げないや」
脂肪で白く濁り、切れ味が鈍るたびに麻布で拭ってはまた脂と肉片を削ぎ取る。もくもくと作業に取り組み、どうにか脂肪と肉片を削り取ってきれいな真っ白な皮膚にする。それでもほんの少しだけ取れなかった部分はこのまま薬液に漬け込んでしまえば溶けてなくなるだろうから手作業で除去するのはここまででいいだろう。
今度はソリの内側に雪を敷き詰めて水をかけてから俺が魔法で凍らせる。そうして巨大な氷の平たい桶のようなものを作るとその中に毛皮をなるべく重ならないように広げながら入れる。
「ウォル、漬け込み液はこの樽に入ってるやつか?」
「うん。全体に回しかけてほしい。その上から俺は雪を混ぜるから」
広げた毛皮の表面にとある植物を灰になるまで焼いてから鉱物を入れておいた水に溶かして作った特殊な薬液をまんべんなく振りかける。そのまま追加の雪を混ぜながら薬液が毛皮を完全に覆うまで氷の桶を液体で満たし、毛皮が浮いてこないように重しを乗せる。
基本的な毛皮の処理とやり方は変わらないけど流氷グマの場合は漬け込む薬液の温度が重要で必ず低温でないといけない。だから薬液自体に雪を混ぜたり、そもそも桶自体を氷で作ることで温度管理が楽になるようにしたのだ。この領地では春になっても気温は5℃をきることが多いからこうしておけば薬液が凍りつく寸前で漬け込みができるだろう。
「とりあえず毛皮の処理はこれくらいでいいか」
「そうだね。あとの作業は漬け込みが終わったあとにしよう」
この薬液につける期間は大体一週間ほど。漬け込みが終わったら何度か冷たい流水で洗って、丸一晩冷たい水に晒す。その後またソリの裏側によく伸ばして貼り付ける。このとき引っ張りながら伸ばし、よく乾燥させる。これは乾燥させる過程で毛皮がかなり強い力で縮むので毛皮が歪むのを防ぐ目的もある。最後に毛皮を柔らかくするために硬い石斧の背でよく叩いたあと、揉み込むという作業を繰り返す。まぁそのあたりの作業は漬け込みが終わってからだ。今日はとにかく疲れた……。
取れた肉は部位ごとに仕分け、大きいものは備蓄倉庫に入れて比較的すぐに食べられそうな肉の塊だけ台所の裏口まで運んでおく。
この肉を保存食などに加工するのは他の使用人や姉さんたちに任せてとりあえず俺たちは疲れ切った体に鞭をうってとにかく全身にこびりついてしまった血や脂を落とし、遅い夕食を取って早々に寝た。
それからしばらくは肉に困らない生活だった。流氷グマまるまる1匹分の肉なんていったい何キロあるんだろうか。肉を詰めた大樽が倉庫にいっぱい詰め込まれていて俺がお腹いっぱい食べてもしばらく持ちそうなくらいだった。すぐに食べるにはまだ肉が硬いから少し熟成が必要だったけど美味しい肉を食べるためには我慢だ。でも調理をうまくすれば今の段階の肉でも美味しく食べられる。赤身が多めの部分を一塊貰って森の奥の作業場でたっぷり食べることにした。
「いってきます!」
「気をつけてね、ウォル。無理はしないように」
「わかったよフェルナ姉さん」
「あ、そうだ。これも持っていきなさいな。冬の備蓄を整理してたら出てきたの。家族の分まではないからウォルが食べちゃっていいわよ」
出かける前に台所にいたフェルナ姉さんに声をかけると姉さんはちょっと戸棚を探したあと俺にカブの酢漬け瓶を差し出した。カブの酢漬けはベリー酢を使ったのかうっすらとピンク色に染まっている。貰った瓶の大きさは俺の片手に収まるくらいのサイズで確かに家族の夕食に出すには確かに量が足りなさそうだった。
「ありがとう姉さん。またなにか森で採ってくるね」
「ええ、お願いね。だけど怪我には気をつけて。無事に帰ってくるのよ」
姉さんにお礼を言って森の奥へ向かう。川辺の作業場に向かう道中で調理に使えそうなハーブや野草を摘んでいく。帰りには家で食べられる植物を採って帰ろう。途中でブルフロッグの牧場によって様子を見る。
「あ、もう起きてるのが何匹かいるな」
この間流氷グマを掘り起こしたときに冬眠明け用の準備をしておいたけどあのときやっておいてよかったようだ。牧場の沼地には何匹かのブルフロッグたちが埋まっていた泥の中から這い出して水たまりや、干し草の側でうずくまっていた。ついでに水を追加で流し、干し草の山も増やしておく。牧場での作業を終えてから本来の目的地に向かった。
作業場にたどり着いてからまずは小屋の中に野草やハーブ類をしまう。乾燥させたほうがいい植物は茎を束ねて紐に吊るしておく。塩の壺の残りが少なくなっていたので今日持ってきた分を追加して、木箱の中にはカブの酢漬けの瓶を入れておく。今日はせっかく大量の肉があるので外で焼き肉にしよう。
小屋の外で簡易かまどを組み、焚き火を起こす。俺が両手で抱えてもなお余るような大きな塊肉を新鮮なうちに手のひらと同じくらいの大きさで厚みは指の太さくらいの幅に切り分けてから塩を振り、三つずつ串に打って焚き火でじっくり炙って食べるシンプルな焼き肉。じっくりと炙ったおかげで脂身の部分は歯を立てると表面がザクリと音を立てるほどにカリカリに、赤身の部分は断面から滝のように溢れ出る透明な肉汁が口の中に広がる。
「うまい!」
こんがり焼き上がった熊肉串はかぶりつくと口の中を火傷するくらい熱々の肉汁が弾ける。何十本とある熊肉串を俺はどんどんと平らげていった。
大変長らく更新が途絶えてしまい申し訳ありません。今後の予定では月曜日と金曜日に投稿するつもりですが遅れる場合もあります。その時はご了承ください。




