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2話

 安打……ヒットの方がなじみ深いかもしれない。打者が打ったボールがフェアボールになり、守備側がミスをしなくても、打った打者が1塁ベースに到達できる場合は安打となる。これを10打席中3打席実行出来れば、一流と言われる3割打者である。


 安打製造機……優れた打者の中でも、特にバットコントロールに秀でた中距離打者を称える時に使われる比喩表現の一種。MLBでは球聖と言われるあの人、引退されたかの日本人外野手が有名だろう。日本では年代や贔屓球団によって変わるが、一番は日曜日の喝の人が有名だと思われる。ちなみに、NPBで最初に安打製造機と呼ばれたのは喝の人でも打撃の神様でもなかったりする。


 アヘ単……アヘアヘ単打マンの略称。打率は打者の力量を示す重要な指標だが、ただ塁に出るのなら四球でも同じことである。ここから単打と四球を同価値と考え、そこに長打の概念を付け加えたのがopsである。長々と書いたが、誤解を恐れず言えば、ヒット打つなら二塁打以上じゃないと価値がないということである。

「ドラ2ドラ3が指名拒否とか昭和かいな。ファーwww」

 もう笑うしかない。しかしいつまで笑っているのか。柳生の目の焦点が合わなくなり、手足が軽く痙攣し始める。

「いや。どないしましょ。平田さん」

「それ以前にいきなり笑わないでくださいな。監督。着任早々発狂とか笑えませんよ」

 監督になって以降、重要な話から今朝の朝食まで話すようになった平田ヘッドコーチに助けを求めたが、逸らされた目とアンニュイな表情に柳生は何も言えなくなった。きっと柳生以上に笑いたいのが本音だろう。正気を失うくらいに。

「幸いドラ1小塚に拒否されなかったのが救いですかね。ドラ4花山、ドラ5深津もそんな素振りは見せてません」

 いや。救いも何も(即戦力が)もうないじゃん。

 その言葉を呑み込んで、今朝の騒動を思い出す。



 ドラフト会議翌日、1本の電話がコンドルス事務所にかかってきた。

「大変申し訳ありませんが、私、宮島寛人は指名を拒否させていただきます」

 2位指名、即戦力社会人右腕からの指名拒否の電話に事務所内は騒然となった。そこに追い打ちをかけるように指名3位からの断りの電話がかかれば、パニックになるのは当然だろう。情報の確認やら、聞きつけたマスコミへの対応やらで、てんやわんやの大騒ぎだ。

とは言っても柳生に出来るコトは現状皆無であり、気を利かせた平田が外に連れ出して今に至る。

「まずは今田に連絡を入れましょう。アイツは社会人チーム出身ですから、面識があってもおかしくありません」

 平田がスマホを操作して無料通話アプリを起動する。デフォルトの呼び出し音が微かに聞こえてくる。

「今田か。 ちょっと話せるか?」

 今田智樹。今年3年目の社会人野球出身のコンドルスレギュラーで、ポジションは主に一塁手。昨年の成績は130試合出場で打率2割8分3厘、本塁打11本、61打点、出塁率3割4分8厘。

大学時代は走攻守揃った好打者として有名だったが、4年時に右アキレス腱を断裂。復帰は絶望的と言われたが、社会人野球に進み3位指名されたという経歴を持つ。

 毎年助っ人外人にポジションを脅かされながらも、なんやかんやレギュラーとして一塁に立っているのが彼だ。

 確か得点圏打率は3割越えだったんやけど、単打が多くてあんま打点は稼いでなかったハズや。走塁も無理は出来へんし、させられない選手とも言われたな。あまり派閥が関係ない、チームの潤滑油やって。

 柳生がレポートを思い出していると、電話を切った平田が柳生に向き直る。

「今田本人はほぼ面識は無いようですが、後輩に頼んでみるとのことです。あとは黒沼と三沢ですね」

「ベテランと若手のまとめ役に電話するのは分かりますけど、榎田さんにはエエんですか?」

 コンドルス唯一のベストナイン及びゴールデングラブ賞選出者にして、オールスター出場者の名を出すと、平田は苦笑して

「この時間は多分自主練してますから電話には出ませんよ。メッセージを送っても既読がつくのに3日かかります」

「ほぇー。流石は球界随一の安打製造機。なんか仙人みたいやなぁ」

 新聞で『打撃職人』だとか『求道者』なんて書かれていたから、どんな人間かと思ったが、想像以上に浮世離れしていた。いくらマスコミに無愛想でも、チームを引っ張っていく中心選手だと思っていたのだが。

「だからアイツには期待出来ません。最後の交渉役としてはアリかもしれませんが」

「榎田さんがチームリーダーやってくれたらエエと思うとったんですけど」

「それが出来たらウチはもう少し戦えてますよ。そんなんだから誰も寄り付きませんし。それこそ現役では今田くらいですよ。榎田と口をきけるのは」

 言葉にはしないが、素晴らしい成績を残しながら、チームの蚊帳の外にいる榎田を哀れむ様な、呆れる様な顔をしていた。そんな平田を見て、柳生は「オカンみたいやな」と温度差のあることを考えていた。

 この時、チーム状況の整理で手一杯になり、指名拒否の件をすっかり忘れてしまった彼が、今田からの電話で再び大笑いするというオチが待っているのだがここでは割愛させていただく。それにしても全く役に立たない監督である。




 本拠地で迎えたドラグナーズ戦。

 先発角田が大量失点、打線も勢いを見せず惨敗だった。

 スタジアムに響くファンのため息、どこからか聞こえる「今年は100敗だな」の声。

 無言で帰り始める選手達の中、新監督の柳生は独りベンチで泣いていた。

 一昨年FAした外川が手にしている栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できるチームメイト・・・。

 それを今のコンドルスで得ることは殆ど不可能と言ってよかった。

「どうすりゃいいんだ・・・」

 柳生は悔し涙を流し続けた。

 どれくらい経ったろうか、柳生ははっと目覚めた。

 どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、漏らしたウンコの匂いが現実に引き戻した。

「やれやれ、帰ってステマをしなくちゃな」

 柳生は苦笑しながら呟いた。

 立ち上がって伸びをした時、柳生はふと気付いた。


「あれ・・・?ここは・・・?」

 柳生の目に飛び込んできたのは、空席が目立つ観客席だった

 チームに浴びせられる罵声に混じって、コンドルスの応援歌が小さく響いていた

 どういうことか分からずに呆然とする柳生の背中に、聞き覚えのない声が聞こえてきた

「カントク、サッカーしようぜ!早く行くぞ」

 声の方に振り返った柳生は目を疑った

「お・・・大屋さん?」

「なんですか外川さん、居眠りでもしてたんですか?」

「て・・寺野・・・お前はブルズじゃ・・・」

「なんだ外川、かってに寺野を移籍させやがって」

「銀城さん・・・」

 柳生は半分パニックになりながらスコアボードを見上げた

 1番:外川:2番:三沢3番:ハーマン4番:榎田5番:ミレッジ 6番:上園 7番:カスター 8番:文山9番:寺野



「ホンマどうすりゃエエんじゃー!」

 真っ先に目に入ったのは、青いユニフォームの選手が右手を掲げてベースを一周しているところだった。

 左手を見ればクシャクシャになったメモ用紙、引っ越しの時に買ったテレビには、録画されたコンドルスの試合が流れている。ちょうど中継ぎ投手がスリーランを浴びたらしい。

 あのあとアパートに戻り、少しは監督らしいことをしようと、メモをとっていたら寝落ちした。気分転換でもするかと思い冷蔵庫を開ける。

 しっかし、なんで夢の中でも負けなアカンねん。

 あの年の打線は首位打者級の選手を2人抱えての最下位、という中々芸術点の高いことをやった年だった。外川は実際に首位打者を獲得。榎田は3割20本を達成し初のベストナインに選ばれるという、躍進に十分な要素があったにも関わらずだ。

 まずは防御率4点台後半がデフォの投手陣をなんとかせなアカンのや。けど。

 肝心の指名した投手2人が指名拒否という、いきなりスーパーヒト○くん人形没収という由々しき事態に陥っている。このままだと今シーズン、ヤマもタニも無いわとか、ヒト○くん本人の運動能力を考えたら、本気でオファーを出すのはありではないか、とか考えながら、麦茶のボトルをラッパ飲みをしていると、アパートのチャイムが鳴った。軽くむせて麦茶が床にこぼれる。

 さっきの声……、デカすぎたな。

 口元をぬぐいながら玄関に向かい、ドアを開ける。

「すんまへん。うるさかった……、ん?」

 




 ランニングから戻るとちょうどスマホがなっていた。家族に勧められて買ったのだが、結局電話しか使っていない折りたためない携帯電話を耳に当てる。

「はい」

「やっと通じたか。俺だ。平田だ。マズイことになった」

 電話越しに憂鬱な気配を漂わせる平田。それを感じていない訳では無いのだろうが、眉一つ動かさず黙って話を聞く。

「ここまでまともな相槌も無いわけだが。榎田」

「それで平田さんはどうしろと」

「お前なぁ……。お前は何か意見はないのか」

 呆れるような声に、榎田はしばらく考え込む振りをして、

「俺は野球しか能が無いんです。野球以外のことを求められても困ります」

至ってまじめに答えた。

「そういう訳にゃいかないんだよ。榎田。お前がまとめなきゃ誰がウチのチームをまとめるんだ」

「黒沼さんも三沢のやつもいるでしょう。俺は必要ありません」

「お前、ホントにあいつら2人でまとめられていると思うのか?」

「ええ」

 その返答に、平田は指名拒否されたときよりも深く溜め息をついた。

「お前がチームリーダーに向いていないのは重々承知してる。でも今のこのチームを引っ張るには、怒って良い奴が怒るしか無いんだよ。お前の背中を見てるのは今田と古谷くらいだぞ」

 その言葉に暫く沈黙する。スマホ越しの無音の押し引き末にやっと、榎田は口を開く。

「あまり球団に迷惑をかける訳にはいきませんから」

 そう言って電話を切る。しばしの硬直のあとスマホを机に戻すと、バットを持って部屋を出た。

 チックとか畜一とか言われますが、右打者であの打率を残すのは異常。あれだけ打ってるのにチームが負けるとか、そりゃFAしますよ。ケデブは……、気持ちを押し殺して入団したからセーフ。

○? ノーコメントで。

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