1話
ドラフト会議
新人選手選択会議。12球団で行われる壮大なはないちもんめ。ただし勝負はじゃんけんではなく、交渉と謀略と金である。過去に空白の一日があったり、ドラフト外での入団があったり、逆指名があったり、何だか色々あった。
ウェーバー方式
指名方法の一種。端的に言えば弱いチームから好きな選手を取って良いというやり方。逆ウェーバー方式は文字通りその逆。日本では1位を抽選で指名。偶数順位ウェーバー方式、奇数順位を逆ウェーバー方式で指名する。
鳥達
コンドルスリリーフ陣の別称。状況次第では焼き鳥と呼ばれることも。
10月半ば。
合格通知を受け球団との打ち合わせを終えて3日後、柳生の部屋には珍しく客がいた。それも3人。
「これがスカウトさんが出してきたドラフト候補のリスト? 実物なんて初めて見たよ」
1番小柄な男が興味深げにページをめくる。コタツの上に広げられた資料を真っ先に手に取ったのは原住民生だった。愛称は原ちゃん。1歳年下だが、この中では一番柳生と付き合いが長い。小学校から高校まで野球部の先輩後輩としてよくつるんでいた。体格こそ恵まれなかったが、俊敏な動きと丁寧なグラブ捌き、何より愛嬌でチームを影から支えていた。今はその小ぶりで黒目がちな目を忙しなく動かして、知的好奇心を存分に満たしている。
「流石に有名どころは抑えてあるんだ! あ! 東陽大の茶山も載ってるんだ!」
名前を見て一々反応しているのはポジくんこと星陽人。こちらは柳生の同級生で陽気なムードメーカー。しょうも無いエラー、ボーンヘッドも多かったが、練習には真面目に取り組んでいたし、パンチ力のある打撃でクリーンナップを打つこともしばしば。高校3年の夏には3番を打っていた。常に半開きの口は誰に尋ねられる訳もなく、雑誌から仕入れた情報を早口でまくし立てている。
「ふーん。津々浦々、いろんな所調べてるね。うちの母校の選手は……流石にいないか……」
ボソボソと呟くのはやたら高い鉤鼻とデカイ目が特徴の根賀島男だ。口数が少なく常にローテンションで、ネガシマなどと呼ばれていたが、当時は豪快な打撃と堅実な守備でチームを引っ張っていた。そんな彼だが、同じクラスで性格が真逆のポジとはなぜか仲が良く、会社は違うくせに、営業部署のせいかよく顔を合わせるという何とも奇妙な縁で結ばれている。
「ちなみに一応機密やから口外するなよ。したらお前らの家の前でウ○コするで」
しかも入念に腹を冷やしてからのスプレッドショットな。
言うまでもなく全員が神妙な顔で頷いた。おおよそ常人には出来ない最低な脅しだが、やると言ったらやるのだ。この男は。
「で。誰を指名する気なの? 野球の兄ちゃん」
「原ちゃんはいつまでワイをそれで呼ぶねん。まぁ。ホンマは機密なんやけど」
茶番は置いといてと原住。特に引っ張る気も無かった柳生はこいつやと、手元の資料を3人の前に差し出す。
「小塚一颯……。って誰? 多分甲子園には出てないよね。スカウトさんからはAランク付けられてるけど。それにカッコ書きで特Aって書いてある」
「確か今年の大阪大会で決勝で負けたとこのショート。1年生の時からベンチに入ってて、高校No.1ショートなんて書いてた雑誌もあったけど、結局全国で観れたのはその1年生の時だけだよ。しかもその時はピッチャー」
まるで野球名鑑を読み上げるような口調のポジに一同が驚愕する。実際スカウトレポートにはその旨が書かれていた。元々投手と兼任だったが、怪我が原因で1年冬に野手に専念し始めたと。
「ポジ、お前ホンマ何でそんなに詳しいねん。原ちゃんは最早呆れとるで」
「今も野球ボーイは買ってるんだ! 夏前の特集号に載ってたよ?」
いつもの半笑いのポジだったが、付き合いの長い3人には僅かな言葉の刺を感じ取っていた。
「いや。野球ボーイって。……もうちょいマシなネーミングはなかったんか自分……」
最近は専らスポーツ新聞ばかりで情報が偏っていたようだ。専門誌なら確かに載っているだろう。強豪校やから取材も多いやろうし。
言外に、監督なんだからもうちょいアンテナを高くしろと言っている。
「でもいくら素養があるとはいえ高卒でしょ。今のコンドルスに欲しいのは即戦力。何より投手の駒が足りてないから大卒、社会人あたりの実績を残しているのが良いんじゃない?」
「ネガシマの言うことはもっともやが……、色々あるんや。それに今年は野手の一本釣りを狙いやすい年やからな」
パラパラと資料をめくる柳生の手元に三人の視線が重なる。
「なるほど。今年は比較的投手の出来も良いけど、来年は怪物こと中原弘道がいたね……」
開かれたページにはスカウトの報告だけでなく、雑誌の記事の切り抜きまで添付してあった。見出しは「新世代の怪物」という文字が躍っている。
「それにそこに書いてあるとおり、小塚は1年生の夏の後、肘をやっとる。今は完治しとるという話やが、本来1位で指名するには少々リスクがデカいっちゅう訳や。特Aに括弧が付いているのはそういうこっちゃ」
そしてペラッと紙を一枚見せて
「それを踏まえてのウチの指名予定や。1位小塚はほぼ決定。2位、3位に投手。4位以降は、当たり前やが素材型の選手を狙う」
「無難じゃないかな。ウェイバー方式的に2位までは即戦力が狙えるだろうし。でもやっぱり面白いのは下位指名だよね」
あくまでドラフトは現在の評価だし。
資料を読むのも一段落したのか、原住が両手を床に着けて天井を見上げる。
主に報道されるのはドラフト1位2位、場合によっては3位までであり、下位指名者にスポットライトが当たることはあまりない。だが下位指名こそ、各球団首脳陣、スカウトの腕の見せ所と言われている。
「1位は他球団との化かし合いもあるし、各チームの方針、体質が見えるのはむしろそっちだからね」
「新監督殿はどうなのかな?」
ネガシマとポジの好奇の視線に晒され、言ってしまおうかと思ったが、球団に説明されたことを思い出した。
「生憎1位はともかく、それ以降は言えへんで。それに監督は意見は言えても人事権は与えられてないんよ。精々一軍の登録選手の変更が関の山。こういう選手が欲しいと言っても、編成部がNoと言ったら引き下がるしかないんや」
今まで出来たバカ話が出来ないことに、ばつが悪くなって視線を外した。
「そっか。難儀だね-。野球が好きだからなったのに」
「仕事ってそういうものやろ。常人は好きなものを仕事にするもんやないで。ホンマ」
思わず溜め息が漏れる。
「傍から見たら贅沢な悩みだと思うけどね。「3位雲足だぁ!!ふざけんなゴルァ!!!!!!」がなつかしいよ」
ポジがチクリと呟いた。
「うっさいわボケ。ポジ、お前だって即戦力外ドラフトやったろ」
それは正直懐かしさより恥ずかしさの方が上回る過去だった。5年後には全員首だと散々煽ったドラフトが、5年後ほぼ全員一軍の戦力として活躍するとはおもわなんだ。沼者こと終身名誉俺達総帥が1位指名だったが、大事な試合で中継ぎ陣が炎上するのは、最早あのチームの伝統芸能なのでカウントに含めないこととする。ちなみに最近はビハインドだろうがよく燃える僕達化が進んでいる。
ビハインドやオープン戦での登板で信頼を積み重ね、接戦時や大量リードの場面で先発の勝ち星ごと燃やし尽くすからこその「俺達」なのだ。時速150キロを越える直球と、鋭いスライダーという素晴らしい素質を持ちながら、プレッシャーに負けて本来の力を出せないノミの心臓こそ「俺達」の証であって、ただの力不足の投手には与えられないのがミソである。
「さて一通り資料も読み終わったし、久しぶりに麻雀でもしない?」
いつの間にかマットと雀牌を準備していたネガシマの提案に全員が賛成した。これ以上過去を振り返っても、ただの「クソさ自慢」にしかならないことを身をもって経験していたからである。
「ヤマナシオカナシの半荘3回勝負。総合最下位は全裸で自撮りや」
そう思いながらも、こうやってその「クソな過去」をセルフサービスで供給しているのだが、当人達は一切気にしていない。数々の黒歴史を共有する成人男性の悲しい集まりがここにあった。
なお、イカサマが跋扈するその不毛な争いを野球の神様が見ていたのかは定かではない。定かではないが。
20xx年度新人選手選択会議。コンドルス指名者5名。内、春季キャンプ参加者3名。
ちなみに沼者とか俺達総帥とバカにされた言い方をされますが、素質もさることながら貴重なロングリリーフ要員としてかなり重宝された選手でした。ぶっちゃけ今いたら欲しい球団はそこそこいると思います。




