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プロローグ2

 コンドルス

 3年連続最下位。10年連続Bクラスの弱小球団。かつては「4球団によるAクラス争い」の面子に含まれており、シリーズ2連覇の輝かしい黄金期もあったが、最近は「熾烈な5位争い」、「破竹の2連勝」でポジれる暗黒時代真っ只中。

 「コンドルスのエースは負け越してなんぼ」「首位打者より勝率が低い」「タイタンズの3軍」と酷い言われようである。

 あ~。腹痛い。何であんなヤケクソの解答用紙出して一次試験受かっとるんや。

 ここはコンドルス球団事務所のトイレ。そこで柳生大好は、15分程腹痛と下痢の連合軍と熱戦を繰り広げていた。 もっと言えば、下痢の波状攻撃で肛門がヒリヒリしている。

「う~やっと出し切ったでぇ……。これでウ○コしてて面接受けられんかったら、当分は洒落にならへんって」

 久しぶりに着たスーツのベルトを締めて手を洗う。時計を見ると時刻は面接時間まであと10分だった。顔をはたいて気合を入れる。

 なるようになれや。まっ。やるだけやったるで。どうせ落ちたも同然や。

 玉砕覚悟で爪痕を残そうと決意してトイレを出る。

「おっと。すいません」

「こっちこそすんません」

 丁度、入れ違いで清掃員が入ってきた。互いに頭を下げてすれ違う。扉が閉じる寸前、チラリとその背中を見て、

 ……監督は無理でも球団職員として雇ってもろたりできへんかなぁ……。二次試験まできたんやし、お願いしたらいけるんちゃうか。

 妥協妥協アンド妥協。そして世間を甘く見過ぎである。



「ぅおっ! 何だこの飛び散り方ァ!」

 そして簡単に仕事を増やす。このあたりにニートがニートたる所以を感じずにはいられない。




「で。問題は次ですな」

「君がわざわざ枠に入れたんだ。期待させてもらう」

 コンドルス球団事務所、面接室。いつもは客間になっているのだが。ここにいるのは球団代表と編成部長。そして

「えぇ。退屈はしないと思いますよ」

 来シーズンから一軍ヘッドコーチを務める平田伸之が座っている。

平田伸之。社会人からこのチームに入って、以来14年間コンドルス一筋でやってきた生え抜きである。現役時代は、セカンドをメインにピッチャー、キャッチャー以外のポジションをこなすユーティリティプレイヤーとして活躍。打撃も小技が上手く、。そして、最終盤とはいえ、コンドルス黄金期を知るメンバーの一人である。

通算打率2割6分8厘 1011安打 106盗塁。ゴールデングラブ賞1回。タイトルではないが、規定到達での3割を2回記録、2桁本塁打を打った年もあった。

 今回彼は現場代表として、コンドルス監督試験の面接官として出向いている。そんな彼が、一度話をしてみたいと、直々に指名した人間の1人が次の受験者だ。

 その実、フロント側2人と、現場の平田には若干の隔たりがある。あくまで今回の試験をポーズとして考えている前者と、現状を何とか変えようとしている後者。御しやすく、比較的金がかからない人間を欲するか、多少問題があっても、エネルギーのある人材を探しているかの違いである。

 更に言えば、一次試験を通った人間のほとんどが、球団代表と編成部長のどちらかの知り合いだ。しかも、互いに自陣営の人間を採用しようと、それとなく相手を牽制し、平田に同意を得ようとしている。それを察し、微妙に距離を取りつつ、素知らぬふりでめぼしい人間を面接にねじ込む平田も平田なのだが。

 天秤の両サイドは既に決まっているが、真ん中の支柱は未だに定まらず。力の大小はあれど、この3人は均衡状態にあった。

 そうして腹の探り合いをしている最中。コンコンコンと控えめに三度、ノックが聞こえてきた。この部屋で不穏なシーソーゲームが行われているとはつゆ知らず、扉の前に男が立っている。

「どうぞ」

 入室を促すとスーツ姿の男が、挨拶とともに緊張した面持ちで入ってきて、椅子の横に立つ。

 この時、三人が思ったのは

 なんか……ちょっとウ○コ臭くね?

 内心牽制し合っていた3人が、今日初めて心の声を一致させた瞬間だった。

 フロントの思うとおりにはさせまい、そう考えていた彼にとっても、これは予想外だった。まさに大事の前の小事。ウ○コの前に余計な小細工は不要なのである。

「あの……。何か気になることでもありますか?」

「い、いや。すまない。今日は出突っ張りだったからね。少し疲れてしまったようだ。どうか座ってくれ」

「失礼します」

 それでも動揺したのはものの数秒。後は真意を悟らせないいつもの薄笑いを浮かべる球団社長。残り2人も、至って柔和そうな表情で受験者を見る。

「では受験番号と名前、生年月日を言ってくれるかな」

「はい。受験番号114514番。柳生大好。誕生日は年19XX年8月10日です」

「それでは早速ですが質問です。一次試験の解答用紙を見させていただきましたが、これはどういうことでしょうか」

 質問と同時に、編成部長の目が細まる。彼自身、予想はしていたのだろう。だが迷いに迷い「そうやろな……。いかんのか? いや。いかんでしょ」と小声で自問自答しつつもハッキリと口を開く。

「そのまま受け取ってもろうて結構です。ワイが監督をしたところでこのチームは勝てません」




扉を後ろ手で閉めないよう気をつけながら部屋を出る。

「いや~言うたな-。他人にこんな滅茶苦茶したのガキの頃以来やで」

思わず口走ったが、流石に、終わってすぐこれはあかんやろと思い、口をつぐんで廊下を足早に歩く。これで採用の可能性は0になった。あわよくば球団職員でも、と思ったがこれもないだろう。誰とすれ違うこともなく、あっという間に玄関だ。ここから一歩でも出れば夢は覚める。

「ありがとうございました」

 外に出て頭を下げた。ためらいはなかった。



「どう思いますか。社長」

 最後の受験生が部屋を出て行って、しばらく無音だった部屋に編成部長の声が響く。

「厳しいね。うん。厳しい」

 苦笑いを浮かべながらペットボトル飲料を口に含んだ。

「正直球団を預かっている身としては、耳が痛い話だった。思わず怒鳴りつけるところだったよ」

「私もですよ。この若造がと、何度思ったか」

 2人の目が合う。考えていることは同じだった。

「平田くんの思惑通りというわけかい? ちょっと面白くないな」

「いえ。そういうわけではありません。 私としては、現場が一番やりやすそうな人を推したつもりです」

 無言を貫いていた平田に、社長が水を向ける。

「そうか。では君は彼を推すというのだね?」

「はい。ここに来て小細工は不要でしょう。後はお二人にお任せします」

「ほう? 君の意見が通るとは限らないよ?」

 編成部長がわざとらしく疑問を投げかけた。平田は困った様に笑うと

「私はただのコーチです。与えられた条件でベストを尽くすだけです」

「模範解答だ。職務には忠実な平田くんらしい」

 組んだ指を口元に当てて、忍び笑いをしながら社長が呟く。 「職務にはって何ですか。職務にはって」「君。世間が思ってるほど清廉潔白じゃないだろうに」 

 そりゃ多少はありますよ。人間ですから。そもそも社長が言えるんですか? 内心毒づくが、ムリを言ってる手前、この程度の小言に腹を立てる訳にはいかない。

「分かった。オーナーとは我々が話しをする。期待はしないように」

「ありがとうございます」

「さて、しばらくは安眠出来そうにないな」

「恐れ入ります。では、私は来季の計画立てなくてはいけないので失礼します」

 席を立って面接室を出る。その顔は既に戦う人間の顔だった。



「マッマ。今日の新聞はどこにあるんや」

「まだ郵便受けよ。取ってきてちょうだい」

「あいわかったで。ふああ。眠い」

 試験が終わって2週間。大好は相変わらずの半ニート生活を送っていた。変わった所は以前よりハロワに行く頻度が増えたくらいか。それもいつまで続くか分からないが。

「ん? これは……」

 ポストに新聞と一緒に入っていたのは、柳生大好様と書かれた封筒。コンドルス球団事務所からの手紙だった。角2の封筒に、住所と名前がかなりの達筆で書かれている。

 ああ。きたんやな。

 どうせ不合格やし、中身確認したら記念に取っとこ。新聞を脇に抱え、何の気なしに厳重にのり付けされた封筒を開ける。白の上質紙にはこう書いてあった。。


 拝啓。柳生大好様。この度コンドルス監督試験に合格いたしましたので、別紙のとおり通知させていただきます。つきましては、下記の日付に打ち合わせを行いますので、必ずご出席なさりますよう、よろしくお願いいたします。


 脇に抱えていた新聞を落とした。だが体はブルブル震えるだけで動かない。

「……ファッ!?」

 やっとのことで声が出た。何度も何度も文面を見る。どう見ても、どう解釈しても、それはただのまごう事なき合格通知だった。

「ファーーーwww」

「大好何時までそこにいるの! いい加減にしなさい」

「すまん! マッマ! 今行くで!」

 夢はまだこれからのようだった。

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